第3章 帰らずの迷宮

第3章 帰らずの迷宮 1

 多くの貴族たちが集まった大広間に光の花火が打ち上がる。

 色とりどりの光の花が咲いて、ある者は歓声を上げ、ある者はため息を吐いた。


 この一時は誰もが天井を見上げ、光の描く幻想に見入っている。


 っていうか楽団の皆さんも手が止まっちゃってますよ。

 リハーサル無しだったからね。仕方ないね。


 それまでホールを包んでいた音楽が止んで、人々の喧騒だけが耳に届く。


 そんな中、俺はただただ一心に花火をコントロールすることに集中していた。


 さすがにこの規模の花火の幻想を作り出すのは一苦労だ。

 だが最後に光で“新年おめでとう”と描き出すまでなんとかやりきった。


 胸に手を当てて一礼すると、立ち並ぶ貴族たちから惜しみない拍手が贈られる。


 なんとか魔法の初お目見えは大成功と言ったところだ。



 さてここは王城の大広間だ。

 一年前にリディアーヌに約束させられた新年パーティの場でもある。


 約束通りネージュを連れてやってきた俺は、国王やリディアーヌから余興をせがまれ、こうして魔法をお披露目することになったのである。


 やっぱりこういう場では花火が鉄板だね。

 しかも光の幻想にすぎないので室内に投影できるのが素晴らしい。


 これは前の世界では味わえなかった新しい娯楽ですわ。

 やってるほうは結構大変なんだけどね。


 お役御免となった俺はネージュと合流しようと思ったが、その前に貴族たちに取り囲まれる。

 学園の教室でやったときと同じだ。

 質問も似たようなものだし、俺の返答も変わらない。


 ふたつほど違うのは俺を青田買いしようとする貴族がいることと、娘を押し付けようとする貴族がいることだ。


 どちらも丁重にお断りさせていただいた。

 いずれは貴族のお抱え魔法使いとは思っていても、今から囲われるつもりはない。

 結婚関係は言うまでもないですね。


 そうやってなんとか貴族たちの囲みを脱して、ネージュのところに向かおうとすると、ネージュも囲まれておりました。

 さすが貴族、学園生とは一味違うぜ。


 言葉少なに、はい、と、いいえ、だけで返事している様子は完全にコミュ障なんだが、貴族たちにはかえって受けがいいようだ。

 深窓の令嬢みたいに映るのかな。


「アンリっ!」


 貴族たちの輪の外にいた俺をどうやって見つけたのか、ネージュはその輪を割って俺の元に駆け寄ってくる。

 女の子がこんな場で走るのはちょっとはしたないですよ。


「私、アンリと結婚、しますから」


 ネージュは自分を取り囲んでいた貴族たちに向かってそう言う。

 是非とも息子の嫁にという声も多かったからね。

 釘を差しておくのも必要だろう。

 だけど相手が俺じゃちょっと印象弱いんじゃないかな?


「ううむ、竜殺しの魔法使いか」


「これはうちの息子では相手になりませんな」


 あら、意外とあっさり引いてくれるのね。

 どうしてもエルフを嫁に、という感じでもなかったらしい。


 まあ、それもそうか。

 異種族だもんな。


 少なくとも第一夫人の座に据えようとまでは思うまい。

 自分の跡継ぎになる孫がハーフエルフとか貴族としてあんまり印象良くないもんな。


 そう言えばハーフエルフって存在するのか?

 ネージュに確認して分かるものなのかな?

 まあ、後で聞いてみよう。


 しかしネージュがこうやってお見合いを断るなら、俺もネージュを理由にすれば良かった。

 リディアーヌとのことは言えないから、言葉を濁すしかなかったんだよね。


 その後はネージュとがっちりタッグを組んで、貴族たちのお誘いを躱していった。

 こりゃ楽ですわ。


 それにしても国王やリディアーヌたち王族は次々と挨拶に来る貴族たちの応対で大変そうだ。

 俺とネージュも挨拶に行ったほうがいいんだよな。

 でも列が出来ててあれに並ぶのも大変だなあ。


 そんなことを思っているとシルヴィにばったりと遭遇した。

 そりゃ新年パーティには来てますよね。


「アンリ様、ネージュ様、新年明けましておめでとうございます」


「シルヴィさんこそ、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いしますね」


「こちらこそよろしくお願い致しますわ。お父様、お母様、こちらが魔法使いのアンリ様、学園では親しくさせていただいておりますのよ」


 さすがのシルヴィもこの場で両親の前とあらば猫を被るのも当然だ。

 こっちだって猫被ってるしな。にゃんにゃん。


「アンリ様、ネージュ様、私の父と母ですわ」


「まさか噂の竜殺し殿を娘から紹介されるとは思わなかったな。初めまして、アンリくん、学園で娘が迷惑をかけていないかね?」


「とんでもありません。シルヴィさんにはいつもお世話になっております。特に成績が近いこともあって、競い合わせて頂いています」


「勉強嫌いだったこの子が最近は優秀な成績を上げていると思ったら、アンリくんのおかげだったのか。これは私が礼を言わなければならないな」


「お父様!」


「ははは、本当のことじゃないか。しかしそんなに仲がいいのであれば、どうだね、将来はシルヴィと」


「お父様!」


 シルヴィが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 そんなに反応されちゃうと、俺まで照れちゃうね。


「おやおや、どちらも満更でもないようじゃないか。見合いの話を片っ端から断っていると思ったら、こういうわけなのかい?」


「お父様!」


 さっきからシルヴィ、それしか言ってませんね。


「ははは、ネージュさんのような美人が傍にいると大変だな。しかしアンリくん、将来、後を継がせる子どもを得るためにはヒトの奥方も必要であろう。シルヴィのこと真面目に考えてみてくれないかな?」


「しかし私は伯爵家の養子に過ぎません。将来爵位を得られる見込みもまだ分からない身です。大事なお嬢様の嫁ぎ先としては見劣りするのでは?」


「国王陛下が君のことを逃すものか。必ず爵位を与えて国に留まらせようとするさ。ふむ……、ははあ、さては君、すでに王族から婚姻を持ちかけられているのではないかい?」


「それは……」


 いきなり言い当てられて誤魔化しの言葉が出ない。流石侯爵というところか。鋭いな。


「とすればお相手はリディアーヌ王女殿下だな。その顔を見ると当たっているようだね。そうなると流石にシルヴィが割って入る隙間は無いのかな」


「そんなことは、その、シルヴィさんはリディアーヌ殿下に負けないほど魅力的な女性だと思っています。ですが、私にはまだ結婚の話はよく分からなくて」


「だ、そうだよ。シルヴィ。良かったじゃないか。アンリくんもそんなに真面目に答えることはないのさ。こういう話は親であるストラーニ伯爵を通してくださいと言えばおしまいなんだよ」


 その躱し方は目からウロコだった。伯爵ならリディアーヌとのことも知っているし、今後は使わせてもらうとしよう。


「ありがとうございます。今後はそうさせていただきます」


「ははは、だけどシルヴィのことは考えてやってくれないか? まあ、親としては魔法使いに嫁がせたいという打算もあるわけだけど、それを本人も望んでいるとなればこんなにいい話はないじゃないか」


「お父様! 私は別に!」


「なら他の見合いの話を受けるかい?」


「うっ……」


 赤らんだ顔でシルヴィが俺のことを上目遣いに見つめてくる。

 恥ずかしくてどうしていいか分からないって様子だ。


「侯爵様、卒業までとは言いません。一年だけ待っていただけませんか? シルヴィさんとちゃんと向き合う時間が欲しいのです」


「まあ、王女殿下とのこともあるだろうし、それくらいなら仕方ないかな。色好い返事を期待しているよ。来年のこの席で聞かせてもらうからね」


 そう言って侯爵は奥方とシルヴィを連れて俺たちのところから離れていく。


 ふはー、緊張した。

 こんなんほとんど娘さんを下さい。って言ったようなもんやん。


 そしてネージュに脇腹をつねられるのを待ち構えていると、ネージュは脇腹ではなく、俺の手に手を合わせた。


「アンリ、私のこと好き?」


「好きだし、愛してるよ……」


 滅茶苦茶恥ずかしかったが、ここで言い淀むわけにもいかなかった。


 そりゃ目の前で別の女の子との結婚話進められたら不安にもなるよね。


「こんなの不誠実かな?」


 ネージュは首を横に振る。


「皆がアンリのことを好きになるのは仕方ないし、アンリが精一杯それに応えようとしてくれてるの分かるから。でもシルヴィのことはなんだか不安になる」


 それはきっとシルヴィが俺にとっての特別だからだろう。

 だけどネージュだって特別だ。

 ただ方向性が少し違うだけで。


「ネージュが俺を見限らない限り、俺はずっとネージュの傍にいるよ」


「じゃあずっと一緒」


「ああ、そうだね」


 そう言いつつもネージュに対してはどこか一歩踏み出せない自分がいる。

 彼女が長命種であろうことも関係しているのだと思う。


 例え一生を添い遂げたとしても俺は彼女の人生から去っていく。

 だからあまり依存し合わない方がいい。


 そんなことを真面目に考えてしまう。


 俺のこんなところもネージュは敏感に感じ取っているのかもしれない。


「ほら、そろそろ国王陛下たちに挨拶に行こう」


 俺は誤魔化すためにネージュの手を引いた。




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第3章「帰らずの迷宮」編、開幕です。


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