第2章 魂喰らい 5

 恐れていた時がついに来た。


 学園生活が始まると決まった時に、いつかこの瞬間が訪れるのだということは分かっていた。

 だから俺はその時に備えて準備をしておくつもりだったのだ。

 だがなんの成果も得られないまま、ついにこの時を迎えてしまった。


 今、死刑執行人は教卓の前に立ち、断頭台へと誘うべくその口を開いた。


「はい、それじゃ好きに班を作って下さい」


 うわああああああああああ!


 俺は素早く教室内に目を走らせた。

 友達の居ない俺としてはスピードと見極めが勝負だ。

 規定人数は5~6人。

 つまりネージュを数に入れると、3人か4人のグループが欠員を埋める前に滑り込むことこそが肝要だ。


 さらに言えば男子のグループがいい。

 今だけはネージュが餌だ。

 というわけで早速手近に居た男子3人のグループに交渉を申し入れる。


「いや、でも、ほら、アンリさんには王女殿下がいらっしゃるし」


 なんで“さん”付けなのぉ!?

 凄い距離を感じる。


 クラスメイトでしょ、俺ら。

 ほら、これをきっかけに男同士の友情でも深めようじゃないか。

 今ならネージュもついてくるよ。


「いや、ネージュ様は僕らには恐れ多いというか……」


 だからネージュはお姫様でもなんでもないんだって!

 ちょっと、いや、かなりとっつきにくい印象かも知れないけど、これでもお茶目なところもあるんですよ。

 大体君らだって貴族の子息でしょぉ!


「ごめん。あっちに友達がいるから」


 声を掛けていた男子グループはそそくさと別の男子グループと合流していく。


 なんてこった。

 初動をミスった間に教室内では着々とグループが完成していく。

 ヤバい。

 このままでは屈辱の「誰かアンリさんをグループに入れてあげて下さい」発言を聞くことになる。


 おろおろと教室内をネージュを連れて彷徨うが結果は思わしくない。

 男子は大体グループ固まっちゃいましたね。

 こうなりゃ女子グループでもいい。


 などと思っていると、事の始まりから俺の行いを満面の笑みで眺めていたリディアーヌがついに動いた。


「アンリ様、ネージュ様、私の班にいらっしゃいませんか?」


 はい、こうなると断れませんよね。

 知ってた。

 既定路線ですわ。


 シルヴィが断れ断れと必死に視線を送ってきているが、王女殿下の誘いは断れません。

 というか、リディアーヌ、今の今まで俺が狼狽してる様を楽しんで見てたよね。


「リディアーヌ殿下のお誘いとあらば喜んで」


「まあ、嬉しい。私たちはいつも4人ですから、どうしようかと思っていたのです。アンリ様とネージュ様がご一緒してくださるのでしたら心強いですわ」


 まあ、ただの校外学習なんですけどね。

 しかも庶民の生活の視察の名目の元に、町に繰り出すだけだ。

 しかも護衛がついてくる。


 流石貴族だぜ。

 俺がいて心強い要素がどこにもない。


 あ、平民出身ってところですかね。

 村育ちの田舎者なんで、王都の一般庶民のことなんてなにも知りませんよ。


「せいぜいリディアーヌ様の邪魔にならないように後ろから付いてきなさいよね!」


 シルヴィさんは今日も絶好調だ。

 ちなみにこの人の絶好調とは俺の少し下を指すので、絶好調では足りてない。


「あら、シルヴィ、せっかくのおでかけですもの。みんなで仲良く歩きましょう」


「リディアーヌ様がそう仰るのであれば……」


 この通りである。

 というか、この子、リディアーヌからまったく飴を貰えていない気がするのだが、それでいいんだろうか。

 不憫な子。


「当日が楽しみですわ」


 あなたは本当に楽しそうでいいっすね。




 そんなこんなで校外学習の当日になった。

 教室で班ごとに分かれ、校庭で護衛の騎士たちと合流。


 学校行事に騎士が出てくるとは、ご苦労さまです。


「後輩たちと交流が持てるのは嬉しいよ。町の巡視にもなるしね」


 イケメンに見えるけど俺の班についたのは女性騎士3人だ。


 王女殿下の護衛ですもんね。

 そりゃ学園も気を使いますわ。


 おかげさまでこのグループ、女性が8人、男が1人です。

 肩身が狭すぎる。


「あはは、両手に花なんてもんじゃないね。でも君も花に見えるなあ」


 女性を口説くような文句は勘弁して下さい。

 これでも一応男なんで。


 などと女騎士のひとりと談笑をしていると、ネージュに脇腹を抓られた。

 いや、この人、女っぽくなくて話しやすいってだけですよ。


「これはこれは、エルフのお姫様。貴女のような美しい方をお守りできるとは騎士の光栄。どうか今日はよろしくお願いします」


 この人、なんか女好きっぽいなあ。

 粉かけるならリディアーヌにしてくんないかしら?

 でもリディアーヌとは相性悪そうだよね。

 物事に動じないタイプというか。


 リディアーヌが好きなのは動じまくるタイプだ。シルヴィみたいな。

 後、ネージュもクールビューティに見えて意外に分かりやすい。


 でも今は分かりにくいモードだ。

 女騎士さんの言葉に顎を引いてわずかに頷く。


 そうしてると本当にお姫様みたいだ。

 班の中には本物のお姫様もいるんだけどね。


「今日はよろしくね、ジャンヌ。まあ、アンリ様がいらっしゃるから貴女たちの出番は無いでしょうけれど」


 本物のお姫様がイケメン女騎士さんにそう挨拶する。


 リディアーヌさん、俺の魔法は町中でぶっぱできるようなもんじゃないですよー。


「では彼が例の竜殺しですか。一度お手合わせ願いたいものです」


 ジャンヌと呼ばれたイケメン女騎士さんの目の色が変わる。

 女ながらに騎士をやっているだけあって脳筋思考だ。


 止めて!

 剣の勝負でも、魔法を使っても勝負にならないよ。

 勝ち負けはそれぞれ別だけど。


「しかし町ではこのところ不審な人物の目撃証言が度々あります。どうぞこの身を盾としてお使いいただければ騎士の誉れかと」


「まあ、なにがあったのかしら?」


「特に被害があったわけではありませんが、夜に町をうろつく黒いマントの男がいる、と。庶民は黒マントと恐れ、夜はあまり出歩きません」


 見るからに怪しい奴だな。

 だが被害が出ていないのであれば単なる噂ということもありうる。

 それに王都とは言え、夜は暗い。

 街灯のある現代日本とは違うのだ。

 マントさえ着ていれば黒く見えるかも知れない。


「まあ怖い。でも今は昼ですし、もし何かあっても、アンリ様、私を守ってくださいますわよね?」


「もちろんです。リディアーヌ殿下」


 俺の前でリディアーヌに何かあれば国王に殺されかねないからな。

 ネージュの次くらいの優先度で守るつもりだ。


「あはは、可愛い成りでも立派な騎士の心を持っているわけだ。王女殿下をよろしく頼んだよ。小さな騎士クン」


 可愛いのと小さいのは余計です。




 そうして俺たちは護衛の騎士3名を連れて町に繰り出した。


 流石に王都ということもあってオルタンシアは栄えている。

 人も多ければ活気もある。

 アドニス村にいた頃は活気のある村だなんて考えていたけれど、王都とは比べ物にならない。


 比較対象が間違ってますかね。

 ピサンリも活気のある町だったが、やはり王都には劣る。

 それにピサンリは大氾濫で打撃を受けた北方辺境都市シクラメンに援助物資を送る中継地点として、いつもより活気があったという側面がある。

 シクラメンが援助物資を必要としなくなるまで結局3年の月日がかかった。


 帝国と国境を接しているということもあって、王国も復旧を急いだんだけどね。

 駐留する軍を倍に増やしたこともあって、援助物資の半分が軍の食い扶持に消えていったのだと言う。

 領主は俺をひとり出張させれば済む話なんだがなと言って笑っていたが止めて欲しい。

 人間を魔法で吹き飛ばす覚悟はまだできていませんよ。


 そのような大氾濫の後処理で国庫に大打撃を受けた王国だったが、税は復興税を少し上乗せしたくらいで済ませたらしい。

 おかげで王都に住む人々の表情は暗くない。

 太っている人を度々見かけるのは、王都の民が食うのに困っていない証拠だ。


「食べ物の値段は安定しているのですか?」


「そうだね。今は収穫を終えた時期だし、穀物が値下がりしているけど、大幅な変動などはないかな」


「食うに困った人などはいないのでしょうか?」


「いないということはないよ。案内はできないけど王都には貧民街などもあるからね。ただ教会が頻繁に炊き出しを行っているから、餓死者などは聞いたことがないよ」


 聖光教会か。

 王都でも慈善活動に精を出しているみたいだ。

 以前に王都に来たときに神の御子認定されて、お布施を渡しただけで、詳しい話などは聞けなかった。


 ピサンリの支部みたく借金してなければいいんだけど。

 でも借金があったりしませんか? なんて聞けないしなあ。


「やはり教会は孤児院の経営なども?」


「ああ、よく知っているね。それから平民の子ども向けに学校のようなものを開催していたりもする。平民の子どもが読み書きや計算を学べる場はなかなか無いから盛況なんだよ」


「なるほど。是非とも一度拝見したいですね」


「それは良い考えだと思うよ。ただ今日は遠慮してもらいたいかな。平民の子どもたちに群がられては、私たちの仕事がやりにくい。どうだろう? アンリくんと休日が合えば案内するんだけど」


「まあ、ジャンヌ。アンリ様とデートの約束?」


 リディアーヌが耳聡く俺たちの会話を聞きつけてくる。


「とんでもございません。アンリ様は実に熱心に視察を行われているというお話ですよ」


「まあ! 私たちだって熱心ですわよ。例えば平民の方々の衣服ですけれど、新しいものこそ少ないものの破れたりしているものは少ないですわよね。衣服に回せるお金があるということは裕福ということですわ」


「ご明察です。さすがは姫殿下」


 やはり女の子は見ているところが違う。

 俺は民衆が着ている服とかには目が行ってなかった。


 衣食とくれば後は住環境かな?

 いや、それも貧民街があるという話を聞いたばかりだ。

 こうして護衛に囲まれて歩く町は裕福そうに見えるが、これは王都の光の部分ということなのだろう。

 もっとも校外学習として求められているのはその光の部分の視察だ。


 町の闇をレポートする10歳児なんてやだなあ。


 その後、喫茶店のような店でケーキを食べ、民衆にも甘味を楽しむ余裕があることを知り、民衆の流行りを知るという名目で服屋にも行った。

 というか、女子が服屋に吸い込まれた。

 やっぱり女の子はお洒落好きだよね。


 貴族の子女ということもあって、平民の着るような服には興味が無いかと思ったが、そんなことはなかった。

 女の子の買い物は長いと聞いていたが、買わなくても長い。


 待って、俺を巻き込まないで! これ女物やん!


 シルヴィが女物の服を合わせられている俺を見て、頬を膨らませて笑いを堪えている。

 リディアーヌさんはちょっとガチですよね。

 試着までさせようとしてくるんだもん。

 目が笑ってないですよ。


 なんとか試着は避けて、女の子たちは騒ぐだけ騒いで服屋を後にした。


 買い物しなくて申し訳ない。

 そう思っていたが店主は最後までニコニコと笑っていた。

 ジャンヌさんによれば、王女殿下が立ち寄った店というだけで宣伝効果があるらしい。

 さすがは転んでも只では起きない商売人というわけだ。


 それから俺の希望で教会にも立ち寄る。

 昼間ということもあって礼拝堂にはお年寄りの姿しか無い。

 最近神様や天使さまにお祈りしていなかったので、ご無沙汰の分も含めてお祈りしておく。


 しかし王都の教会はピサンリの支部と比べるとものすごく豪華だ。

 ピサンリで期待してた大聖堂みたいな建物もあるし、こりゃ借金はありませんわ。


「これはこれは、リディアーヌ王女殿下に、神の御子アンリ様まで。本日はどうされましたかな?」


 俺のお祈りが終わるタイミングを待っていたのか、大司教が挨拶をしてくる。

 というか、大司教ともあろう人がわざわざ出てきたのか。

 こんな人がほいほい出て来るんじゃ気軽に教会に足を運べない。


「お邪魔しております。大司教様。学園の校外学習で町を見て回っているのです」


「邪魔だなんてとんでもない。さすがはアンリ様、その信仰の深さを神も喜んでおいででしょう」


 信じる信じない以前に天使さまに直で会ってますからね。


「大司教様のお手を煩わせるほどのことでもありませんが、是非とも教会の慈善活動について教えていただければ、と」


「煩わしいなんてことはありませんよ。貴族の方々が慈善活動に興味を持って頂けるとはありがたい話です。ではお話させていただきましょう。どうぞお座り下さい」


 そして大司教が語ったところは、だいたいピサンリでの慈善活動と同じだった。

 貧しい人たちへの炊き出し、病人の治療、孤児院の経営、教室の開催、などなど。

 慣れた語り口は大司教が慈善活動の内容をよく把握していることを示している。


 満足のいく話を聞けたところで、俺は班の皆に許しを貰って病人の治療に行くことにする。

 ネージュが付いてくると言うとリディアーヌが同調して、それに伴い取り巻きの3名も付いてくることになった。


 病室に押しかけるにしては大所帯じゃないですかね?


 まあ、静かにしてるんならいいだろう。

 どうせ回復魔法での治療は時間のかかるものではない。


 俺にしてみればもう慣れたところのある病室の光景だが、取り巻き3人にはきつい臭いと光景だったようだ。


 ネージュは顔には出てないが不安を感じたのだろう。

 俺の手をぎゅっと握ってくる。


 リディアーヌはちっとも動揺していませんね。

 ただ空気を読んでいつもの笑顔ではなく真顔だ。


 浄化魔法で臭いを消し、範囲回復魔法で治療を行う。

 どちらも地味な魔法だが、効果はてきめんだ。

 苦しみ喘いでいた病人たちの寝息が静かになる。顔色が良くなる。


「魔法ではこれ以上の治療はできません。後はしっかり食べさせて休ませてください」


「神の御子に感謝を捧げます」


「これも神のお導きでしょう」


 皆が病室を退出していく中、俺は最後まで病室に残り、収納魔法から白金貨を取り出して大司教に渡す。


 いまいちお布施の相場が分かっていないけど、高額であることには間違いない。

 それでも慈善活動の資金になるなら惜しくはない。

 収納魔法の中にまだまだありますしね。

 コンビニの募金箱に小銭を入れるくらいの感覚だ。

 ここで全部お布施しますと言えないところが俺の小市民なところだね。


「ありがとうございます。アンリ様」


「人々の助けになるのであれば」


「必ずそうさせていただきます」


 大司教が頭を下げる。

 なんだろう、お布施してもらったからというよりは、もっと真摯な何かを感じる。

 ガチで神の子だとか思われてるんじゃないだろうか。

 それはそれで居心地が悪い。


「さあ、大司教様はお仕事にお戻り下さい。私たちはそろそろ学園に戻らなければなりませんから」


「そうですか。残念です。アンリ様のお話も是非とも聞きたかったのですが」


「いつか機会があれば是非とも。今日は有意義なお話をありがとうございました」


「いえ、こちらこそお勉強でいらっしゃったのに、ありがとうございます」


 大司教様とは病室の前で別れ、礼拝堂に戻ると皆が待っていた。


「遅い! なにやってんのよ、アンリ。リディアーヌ様をお待たせして何様のつもり!?」


「お待たせしました。リディアーヌ殿下。そろそろいい時間です。学園に戻りましょうか」


「私を無視すんな!」


 いつもの調子で学園に戻り、共同でレポートを書いて提出して校外学習は終わった。

 なんか俺の班は凄い高評価でしたね。

 リディアーヌがいるからかしらん?




----

グループを作るのは私自身苦手です。


本日は異世界ファンタジー週間155位、総合週間291位でした!

皆様のお力を借りてこの辺りにしがみついております。


ちょっとおでかけしてたら遅くなってしまいまして、申し訳ありません。


作品フォローと☆☆☆での評価の方、よろしくお願いいたします。

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