第2章 魂喰らい 4

 学園のカリキュラムは一部選択制となっている。

 そりゃ剣術の授業を普通女の子が受けたりはしない。

 普通はね。


 ネージュがこの場にいるのは分かる。

 前衛志望だもんね。


 でもなんでリディアーヌやシルヴィまで剣術の授業を選択してるんでしょうね?


「アンリ、勝負よ!」


 シルヴィが木剣を俺に向かって突きつける。


 今は初授業ということもあって、それぞれの実力を測るため一人ずつ教師の胸を借りて試合することになっている。

 間違っても生徒同士での試合の時間ではない。


 しかしシルヴィにはそんなことまったく関係が無いようだ。


「なんだ、シルヴィはアンリとやりたいのか。手間が省けていいじゃねーか。よし、アンリ構えろ」


「女性に剣は向けられませんよ。私は先生とやりたいです」


「実戦でもそんなことを言うのか? 女騎士だって今時は珍しくねえ。戦いの場で女が出てきたらおまえは黙って切られるのか?」


 電撃で麻痺させたり、睡眠魔法で眠らせたりすると思います。


 だが剣術の授業でそんなことを言っても仕方ない。


「はぁ、恨みっこなしですよ。シルヴィさん」


「こてんぱんにしてあげる! リディアーヌ様の前で醜態を晒すがいいわ!」


 あー、それでリディアーヌがここにいるんですね。


 彼女からすればどっちが負けてもいい見世物なのだろう。

 今も無駄にいい笑顔で、まったく隙の無いドSである。


「アンリ、頑張って!」


 ネージュの声援を受けて俺は木剣を構える。


 なんだかんだピサンリで4年間剣術の授業は受けてきたのだ。

 同い年の女の子に負ける訳にはいかない。


 俺が構えたのを見て、シルヴィは勢い良く突進してきた。


 うお、いくらなんでもセオリー無視過ぎる。


 俺は大きく横に飛び退いて、突進を避けた。


「なんで避けるのよっ!」


「そりゃ避けますよ」


「いいわ! そうやって逃げ回ってなさい。リディアーヌ様もそんな姿を見れば愛想を尽かされるでしょう!」


 それもアリっちゃアリだけど、ネージュが見てるんでねっ!


 俺はすり足でシルヴィとの間合いを詰めると、木剣を狙って振り下ろした。

 一応相手に参ったを言わせるルールだが、シルヴィは言いそうにないしな。

 剣を取り落とさせて勝負を決めるしかないだろう。


 しかし俺の木剣は空振った。

 シルヴィが素早い身のこなしで後ろに下がったからだ。


「なんで避けるんですかね?」


「当たったら痛いじゃないの!」


「ごもっともで」


 体勢を整えたシルヴィがこちらに向けて木剣を振るう。

 素人目にも隙だらけの大振りだ。

 まあ、俺も素人なので隙を突くことができないんですが。


 しかし避けるには容易い。


 というか、この子、剣術の修行とかしてないな。

 まったくの素人に見える。

 それがなんで俺をこてんぱんにできると思ったんだろう?


 体格的にも彼女は小さい。

 同年代の女子に負ける俺よりさらに小さいのだ。


 リディアーヌなんかは俺よりも拳ひとつ分くらい背が高いもんね。

 そんな俺より拳ひとつ分小さいのではないだろうか。

 それでよく俺に試合を申し込めたものだ。


 シルヴィの大振りの剣撃を避け、受け、払い、合わせて木剣を取り落とさせようとするが、中々上手く行かない。

 握力だけは大したものだ。


 しかしどう見てもド素人の小さな少女相手に勝負を決められないなんて、俺弱すぎない?


「えいっ! このっ! さっさとやられなさいよ!」


 というか剣の振り方が滅茶苦茶すぎて逆に怖い。

 木剣の腹のほうでも殴ってくるんだよ。


 予想外のタイミングで木剣に木剣を当てられてこっちが取り落としそうになる。


 しかし全力で大振りしているためか、シルヴィの体力のほうが保たなかったようだ。

 大振りは休み休みになり、肩で息をし始めた。

 それに対してこちらはまだ余裕がある。

 受けに回り続けたからね。


「そこまで!」


 いくらなんでも時間が掛かりすぎたか、もう見るまでもなかったか、教師が試合を止める。

 俺も剣を引いた。


「隙ありぃ!」


 しかし教師の声が聞こえなかったか、それともわざとかシルヴィはここぞとばかりに打ち込んできた。


 というか、やると思ったんだよね。


 シルヴィの目的は試合で俺に勝つことではなく、俺のみっともない姿をリディアーヌに見せることだ。

 そのためならなんでもやってくる。


 と分かっていた俺はシルヴィの木剣を切り上げた。

 今度こそシルヴィの手から木剣は弾き飛ばされて宙を舞う。

 数メートル離れたところに落ちた木剣がからからと転がる。


「いったーい!」


 シルヴィは手を押さえてその場に蹲る。

 その頭を教師が木剣で軽く叩く。


「自業自得だ。隙を突いたと思って逆に油断したな。ここぞとばかりに大振りになってどうする」


「注意するの、そこなんですかね?」


「アンリ、おまえも酷かったな。あんなド素人の大振りを相手にずっと受けに回ってどうする。いつでも切り払えたろうが」


「私の腕前ではあんなものですよ」


「そうだな。アンリ、おまえは最低ランクだ。シルヴィ、おまえはどうだ。剣術の授業、続けて受けるのか? 受けるとするならアンリと同じ最低ランクだぞ」


 蹲っていたシルヴィは涙目の顔を上げる。


「受けるわよ! アンリ、勝ったと思わないことね! 試合は終わってたんだから!」


 えー、自分でそれ言っちゃうの?


 それにしても厄介なのに目をつけられたもんだ。

 今後の学園生活が思いやられるというものである。


 ちなみにネージュは中級の判定を受け、リディアーヌはシルヴィ以上のド素人っぷりを見せて次からは剣術の授業には来ない宣言していた。

 涙目のシルヴィを見て目的は果たしたもんね。

 安定の姫様であった。




 さて剣術の授業で俺に噛み付いてきたシルヴィだが、彼女は他の授業でもその手を緩めることはなかった。

 隙あらば俺に恥をかかせようとあの手この手を尽くしてくる。

 ――のだったが。


「キィィィ! なんで勝てないのよぉ!」


 もはや教室では地団駄を踏んで悔しがるシルヴィの姿が一般的になってしまっていた。

 ありとあらゆる授業のテストで勝負を挑んできては敗北を重ねていっている。


 おかしいよな。

 俺は決して優秀じゃないんだが、こうシルヴィはギリギリ俺の下を行くのだ。

 なぜその程度の実力で勝負を挑んでくるのか、と問いたい。


「不正よ、不正! あんた、魔法でなんかズルしてるんでしょ!」


「だったらもっといい点取りますよ……」


 俺は別に負けたところで何の問題も無いのだが、手を抜くのもなんか違うと思って全力でお相手させてもらっている。

 それでギリギリ勝ててしまうので達成感もひとしおだ。


 なおリディアーヌは文系理系問わずお勉強系は優秀で俺では太刀打ちできない。

 ネージュはほら元々俺より勉強進んでたから。

 この辺と比べると自信を失ってしまいかねない。


 シルヴィには悪いが、俺のやる気スイッチだよ。君は。


「次こそは見てなさいよね! ぎったんぎったんのけちょんけちょんにしてやるんだから!」


「ちょっと何言ってるのか分かんないです」


「むきぃぃぃぃぃ!」


 クラスメイトたちもまたやってるよってなもんで、すっかり無関心である。


 そして悲しいかな、侯爵令嬢に目をつけられているということもあって、友達ができない。

 そりゃ巻き込まれたくはないよね。

 俺だって侯爵令嬢に突っかかられてて、王女殿下の婚約者で、超絶美人のエルフを侍らせてる男なんかとは友達にはなれない。

 ちょっと離れたところから見ているのが一番である。


 一応、リディアーヌの婚約者ではなく、婚約者候補であるという風に誤解は解けたと思うんだけど、第三者の視点になって考えればそんなに違いは無かった。


 これだけならお友達は恐れ多くても、お近づきにはなっておきたい相手なんだろうけど、俺の元平民というステータスがそこに待ったをかけているのではないかと睨んでいる。

 だってリディアーヌの不興を買えば俺の立場なんて一瞬で地に落ちるもの。

 そんなわけで俺とお近づきになるのはリスクばかりが高いというわけだ。


 まあネージュがいるお陰でぼっちは避けられてるけど、なんというかこのままじゃ人脈の広がりがないじゃん?

 将来のことを考えるとここで貴族のお友達とまでは言わないから、知人を増やしておきたいのだ。


 いずれ冒険者になるにせよ、いつまでも冒険者やってられないからね。

 最後は貴族のお抱え魔法使いってのが目標よ。


 もっともリディアーヌのところに婿入りしたら名誉侯爵なる一代限りの爵位を頂けるらしいけど。

 それはそれで貴族の知人が多いほうが良さそうな地位ですよね。


 とは言っても今のところリディアーヌとの結婚にはそんなに前向きではない。

 リディアーヌは可愛いし、年の割にはおっぱいも育ってて将来的にも期待できそうだけど、今のところ惚れてはいないからだ。


 実のところ選択権は俺の方にある。

 何故なら今の俺の実績では王家に婿として迎え入れることは難しいからだ。


 ピサンリを大氾濫から救った英雄。竜殺し。


 しかしピサンリは俺がいなくても、被害こそあっただろうが大氾濫を乗り切れただろうし、ドラゴンを殺した冒険者がいなかったわけでもない。

 元平民を王家に迎え入れるために貴族たちを説得するにはまだ弱い。


 リディアーヌが欲しければ、もうひとつ大きな功績を上げよ、と国王には言われている。

 だからあえて俺が何の功績も上げなければ自動的に俺はリディアーヌの婚約者候補から外れるというわけだ。


 そもそも功績を上げるようなチャンスがあるかどうかすら分かりませんけどね。


 そんなことを考えながらリディアーヌを見ると、彼女は微笑んで小さく手を振ってきた。

 見てくれだけは本当に完璧だよな。

 俺も手を振り返す。


 そうしないわけにはいかないもんな。


 そしてそんな俺たちのやり取りに気付いたシルヴィが眦を吊り上げて、俺に何かを言わんと口を開いた。


 今日も学園は平和だった。




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順調な?学園生活が始まりました。


今日はちょっと順位を戻して、異世界ファンタジー週間164位、総合週間の304位でした。お力添えをありがとうございます!


引き続きお楽しみください。

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