第2章 魂喰らい 3
入学式は滞りなく終わった。
終わりました。
終わったの!
まだ幼い新入生たちの中に、ひとりだけ背丈の飛び出したエルフの少女が混じっていることがどんなに注目を集めたとしても、式の進行そのものにはなんら影響は無かった。
というか、なんで保護者席じゃないんですかね?
許可を出した学園長には国王から圧力が掛かっているものと思われる。
入学式そのものは前世のものと大差なかった。
学園長の挨拶があり、来賓の挨拶があり、在校生代表からの歓迎の言葉があり、新入生代表からの言葉があった。
ちなみに新入生代表はリディアーヌだった。
まあ、王女殿下が新入生なのだ。
そうなるよね。
持ち前の外面の良さを活かして見事な挨拶だったと言えよう。
あと校歌斉唱のようなものは無いようだ。
眠くなるかと思えば、ネージュの存在が気にかかってそれどころではなかった。
むしろ入学式を見つめる父母の気持ちを味わっていたような気がする。
おかしいよね。
入学するの俺のほうなのにね。
入学式が終われば新入生たちは自分たちのクラスとなる教室に集められた。
25名で1クラスだ。
何クラスあるのかって?
1クラスだよ!
貴族の子どもしか入学していないのだ。
これでも今年は数が多いほうであるらしい。
担任となる教師から簡単なオリエンテーションが行われる。
その中でネージュのことについても触れられた。
「今年は新入生ではありませんが、エルフのネージュさんが自由に出入りすることになっています。皆さん、失礼の無いように、しかし仲良くしてください」
ネージュさん、別にエルフの国の王女様とかじゃないんですけどね。
なんだろうね。この扱いの良さ。それだけエルフであるネージュにこの国に留まっていて欲しいという圧力を感じる。
その後は自己紹介があり、俺は無難にストラーニ家の養子であることも告げた。
ガタンと椅子を揺らす音がして、そちらを見るとリディアーヌの取り巻きの少女、あのツインテールの少女が居た。
「あ、あなた平民ですの!?」
「伯爵様の御慈悲により養子として取り立てて頂きました」
「へ、平民でありながらリディアーヌ様とあんなに親しげにっ!」
頭の血管でも切れるんじゃないかというほどの憤怒の表情だ。
「シルヴィさん、伯爵家の養子となった時点でアンリさんは平民ではありません。この学園の入学許可も正式に得ています。そのような態度はいけませんよ」
「……っ! 失礼しました!」
担任がそれとなく注意してシルヴィと呼ばれた女生徒は席に腰を下ろした。
だけどその目はじっと俺に注がれたままだ。
あれはまったく納得していませんね。
まあ、実質平民みたいなもんだし、仕方ないだろう。
しかし教室内には別種のざわめきが広がっている。
「あれが……」
「女みたいじゃないか……」
「魔法使い……」
あ、知られてるんですね。
そりゃ別に口止めしてないし、王城にも俺が倒したドラゴンの首が飾られているそうだし、どこからでも情報は拡散するだろう。
「皆さん、静かに! アンリさんも座って下さい。自己紹介を続けていきますよ!」
俺は席に座りながら、これからの学園生活へ思いを馳せて、ちょっとため息を吐くのであった。
オリエンテーションが終わり、担任が退出するのを待って、クラスメイトたちは一斉に俺とネージュを取り囲んだ。
全員ではない。
リディアーヌは余裕の表情で、その取り巻きたちは怒りの表情で離れたところから様子を伺っているし、その他にも参加していないグループがいくつかある。
が、それ以外の面々はすべてやってきたようだ。
彼らは口々に俺にまつわる噂の真偽や、ネージュの出身、俺とネージュの関係や、果てはネージュが使っている美容品まで聞いてくる。
が、俺は聖徳太子ではないので一度に聞き取ることも、答えることもとてもできない。
だが彼らの最大の関心は俺の魔法についてのことであるようだった。
すでに噂が出回っている以上、隠しておけることでもないし、経験が無いほど関心を集めていて俺はちょっとテンションが上がった。
「あまり危ないことはここではできませんけど……」
そう言って俺はかつて領主に見せたように手のひらの上に炎を出したり、水を出したり、光を生んだりして見せる。
それから光を打ち上げてミニチュア花火を花咲かせる。
この幻想魔法はアリスのお気に入りで何度も何度もせがまれているうちにすっかり得意になってしまった。
元々の花火を知っている俺としては音がしないのがちょっと物足りないんですけどね。
音の再現は目下練習中なので、もうちょっと待っていてほしい。
要は空気を振動させればいいのだ。
いけるいける。
だが光の幻想はすっかりクラスメイトたちを魅了したようだった。
彼らは声もなく舞い踊り消える色とりどりの光に見入っていたが、それが終わると一斉に歓声を上げた。
「すげー!」
「綺麗……」
「こんなの始めて見た」
「本物だ」
賞賛の声がくすぐったい。
でもなんでネージュが俺より得意げなんですかね。
「ふんっ、なによ、あんなの子ども騙しじゃない!」
離れたところから一際大きな声が響いた。
リディアーヌの取り巻きの、確かシルヴィという名の、ツインテールの少女だ。
自己紹介によると侯爵令嬢ということだったから気が強いのもさもありなん。
リディアーヌの取り巻きの中でも発言力があるようだ。
俺とネージュを取り囲んでいるクラスメイトたちも彼女に反対の声を上げることはしない。
ちょっと気まずそうにお互いに視線を配っている。
「あら、私は好きですわよ。子ども騙しでもよろしいじゃありませんか。あんなに綺麗なんですもの」
「リディアーヌ様!?」
擁護の声は意外なところから上がった。
てっきり彼女は静観を決め込むものだとばかり思っていたのだが。
格上の相手に自らの言葉を潰されたシルヴィは血の気の引いた顔でそっぽを向いた。
というか、リディアーヌさんはそれが見たかったんじゃありませんかね。
ほんとドSやで。
魔法が王女殿下のお許しを得た形になったのでクラスメイトたちは再び活気づいた。
「ドラゴンなら確かに倒しましたよ。首だけなら王城にもあるそうですけど、ピサンリには全身の剥製もあります。伯爵様ならよろこんで見せてくださるでしょうから、是非ともピサンリに遊びに来てくださいね」
「魔法がどうして使えるのかは私にも分かりません。人に教えてみたこともあるのですが、使えるようにはなりませんでした。もちろん請われればお伝えすることにやぶさかではありませんが、どうか誰にでも使えるものではないということをご理解ください」
「空を飛ぶのは意外に難しいものです。落ちたら助かりませんし、高貴な皆さんを空の旅にお連れするのはどうか遠慮させてください」
「ネージュとは大森林で出会いました。ドラゴンに食べられそうになっているところをなんとか助けたのです」
これは多分違うんだけど、そう言うしかない。
ネージュの中にあった黒い宝石が大氾濫を生んだことは秘密だ。
「ネージュは、大切な人です。私にとってかけがえのない人ですよ」
女子たちから黄色い歓声が上がる。
もちろんその矛先はネージュにも向かう。
「ネージュ様はアンリさんのことをどう思っているのですか?」
「……好き」
言葉少ないネージュの発言は破壊力が抜群だ。
女子たちのテンションは留まるところを知らずにうなぎのぼり。俺もめっちゃ恥ずかしい。
「お二人はご結婚なさるんですの?」
「流石にそのような先のことは――」
というか、ネージュのことはそもそも恋愛対象として見ていない。
あんまりにも綺麗すぎて、俺と釣り合いが取れていないし、前世の姿を知っているネージュとしても、こんな中身おっさんと結婚するのは嫌だろう。
デブだったし、薄毛だったし――、この世界ではそうならないように気をつけよう。ほんま髪の毛のケアは大事やで。
などと思っていると、
「する」
「ネージュ?」
「アンリのお嫁さんになる」
女子たちの黄色い悲鳴が上がる。
彼女らのテンションは限界突破だ。
ネージュ、そんな風に思っていてくれたのか。
女子たちのテンションに当てられたわけじゃないよね?
いや、分からんぞ。
ネージュ、時々ノリのいいことあるし。
この場の勢いで言ってしまったという可能性も。
そんな風に思いながらネージュの顔色を窺おうとすると、その向こう側にすっごい笑顔のリディアーヌが見えた。
彼女は席を立ち上がると、こちらに歩いてきて、その笑顔のままネージュに話しかけた。
「あら、ではネージュ様は第二夫人ですわね」
血の気が引く。
俺の。マズイ。
だが俺がリディアーヌの発言を取り繕う言い訳を思いつくより早く、リディアーヌは続きの言葉を口にした。
「だってアンリ様は私の婚約者ですもの」
女子たちが卒倒せんばかりの悲鳴を上げる。
男子たちは場の流れに付いてこれないのか困惑顔だ。
俺も困惑していたいが、当事者としてそういうわけにもいかない。
「候補です。リディアーヌ殿下。決まってもいないことを吹聴しては国王陛下に怒られますよ」
「あらあら、そうだったかしら?」
どこ吹く風といった様子でリディアーヌはニコニコと笑っている。
ネージュに悔しそうな顔で睨みつけられているのを楽しんでますわ。これは。
「リディアーヌ様が平民と……。うーん」
一方でリディアーヌの取り巻きのシルヴィは卒倒して他の取り巻きの子たちに介抱されていた。
本当にご苦労さまです。
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アンリのリディアーヌ評が正しいかはまだ分かりません。
ランキングはちょっと下がってしまいましたが、まだまだ頑張りますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
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