第2章 魂喰らい 2

 ピサンリを発って19日、馬車に揺られやってきました王都オルタンシア。


 道中の話は詳しい話は止めておく。

 ちゃんと話すとあんまりにも長くなる。

 ダイジェストでもちょっとかかるぞ。

 とにかく俺とネージュは無事にオルタンシアに着いた。

 それでいいじゃないか。


 さて入学式には余裕を持って間に合うようにピサンリを発ったはずなのに、すっかりその余裕は失われてしまった。

 本当なら一週間で着くはずだったからね。


 王都の中を馬車で直接学園に向かう。


 これからの生活拠点は学園の敷地内にある学園寮ということになる。

 ちなみにネージュは入学するわけでもないのに女子寮での生活が許された。

 エルフのご機嫌を取りたかった国王の仕業である。

 あのおっさんは本当に。

 いや、今回はありがたいんですけどね。


 なぜエルフがこれほどに貴族たちに大事にされるのかというと国の歴史が関係している。

 端的に言うと縁起物みたいな扱いだ。

 座敷童みたいなものをイメージしてくれたら、大体あってると思う。


 学園の敷地内に入り、男子寮の前で御者の手を借りて馬車から降りる。


「アンリ……」


「心配せずとも食堂は共通だそうだよ。晩御飯は一緒に食べよう」


「うん。慣れなきゃね。5年間はここで暮らすんだもんね」


「あっという間さ。そうしたら晴れて自由だ……」


「本当に?」


「……自由は言いすぎたかも知れない。でも冒険者になっていいって国王陛下も言っていたし、ダンジョン攻略とかしてみたいよなあ」


「むぅ……」


 自由ではない部分についてはネージュも知っているので、不承不承という感じで頷く。


「ダンジョン、私も行く」


「ああ、頼りにしてるよ」


 ネージュは今のところ俺より体格に恵まれていることもあって、剣術、体術では俺に勝る。


 あ、俺が弱いんですね。分かります。


 俺の魔法は高威力だが無敵というわけではない。

 魔法の発動には魔力の変換という行為を挟む必要があって多少のタイムラグがある。

 それにダンジョンのような狭い空間では使える魔法も限られてくるだろう。

 時間を稼ぐ前衛は必要なはずだ。


 ネージュに怪我する危険性のあることをやらせるのは心苦しいのだが、本人はやる気で一杯だ。


「私こそがアンリのパートナーだから」


「頑張らなくてもネージュが俺にとって大事な人であることに変わりはないよ」


「――アンリ様、荷物がこちらになります。お一人で大丈夫ですか?」


 御者が馬車から降ろした鞄を俺に手渡す。

 中身は重すぎない程度に詰めてある。

 収納魔法があるから鞄など必要なかったのだが、自分が特殊な技能持ちであることを喧伝して回ることもないだろう。

 何事も普通に見えるようにしておくものである。


 まあ、収納魔法にもたっぷりと荷物を詰め込んであるんですけどね。


「ありがとう。それじゃネージュ、また後で」


「食堂でね……」


 手を振ってネージュと別れる。

 馬車が女子寮に向けて走り去り、俺はひとり鞄を手に男子寮の建物に向き合う。


 恰幅のいい寮母さんに挨拶して部屋に案内してもらう。

 寮と言うからには相部屋かと思っていたら個室だった。

 さすがは貴族の子弟子女のみが入ることを許されるというだけのことはある。

 部屋も領主が与えてくれた部屋には及ばないが広い。

 ひとりで生活するには十分過ぎるほどの大きさだ。


「奥隣がルフェーブル侯爵のご子息、クロード様、逆の隣がジェラルダン子爵のご子息、ナルシス様のお部屋となっております。今はお二人ともご不在のようですが」


「このあたりは新入生が固められているんですか?」


「いいえ、クロード様は4年生、ナルシス様は2年生です。それから私に敬語など不要ですよ。アンリ様」


「これからお世話になる人に失礼な口は利けませんよ。それに私はストラーニ家の養子とは言え、元は平民です。寮母さんこそお気になさらず」


「まあ、そういうことでしたら……」


 微妙に納得のしていない様子でも寮母さんは頷いた。

 他の貴族の子弟らはよほど寮母さんをぞんざいに扱っているのだろうなと知れる。

 なにせ生まれながらの貴族の子弟らである。

 平民など自分の思うように動く道具くらいにしか考えていまい。


「入学式は明後日になります。2つ鐘が鳴ったら講堂に集まって下さい。講堂の場所は分かりますか?」


「明日には学園内を歩き回っておこうと思います。それで分からなかったらお尋ねしますね」


 今はすでに夕刻近い。

 学園を歩き回るには流石に遅い時間だろう。

 長旅で疲れた体を休めたいというのもある。


「はい。なにか分からないこと、困ったことがあれば何時でもお声を掛けて下さい」


「その時はよろしくお願い致します」


 寮母さんが部屋の前を立ち去ってようやくひとりになった。

 ネージュと二人なら気を張らなくていいんだが、旅の道中は御者や護衛もいたからな。

 結構気疲れしている。


 鞄を開けることもせず、ベッドに倒れ込む。

 おわ、ふかふかだ。

 領主が用意してくれたベッドに負けず劣らずである。

 贅沢過ぎて居心地が悪いということすらある。


 俺は襲ってきた眠気に抗うことができずに目を閉じた。




 鐘の音で目が覚めた。


 いけない。夕食の時間だ。


 慌てて部屋を飛び出し、男子寮と女子寮の間にある食堂に向かおうとして、その足が男子寮の出口で止まった。


 人だかりができている。


 しかし俺と同年代の男子がこんなに集まっているのを見るのはこの世界では初めてだ。

 そんなことを考えていると彼らの言葉が耳に届いた。


「おい、誰か声をかけろよ」


「無理、だってエルフだぜ」


「綺麗過ぎる。あんな人見たことない」


 はい、ネージュですわ。


 食堂で、って言ったのにどうして男子寮の前に来ているのか。

 どうせ人見知りが発動したんだろうとか想像がつく。

 そう考えるとこれだけの数の男子に囲まれているネージュが今どんな心境なのかも簡単に想像がついた。


 俺は人だかりを掻き分け、その前に躍り出る。

 その輪の中心に居たのはやはりネージュだった。


「ネージュ」


「アンリッ!」


 俺の姿を見つけたネージュがぱっと顔を輝かせ、駆け寄ってきて人目も気にせず俺に抱きついた。

 人だかりからどよめきが起こる。

 ネージュはやはり不安だったのか、目尻に涙が浮かんでいる。


 よく逃げ出さなかったものだ。

 それだけ俺に会いたかったのか。


 よしよしと背中を撫でてやりながら、ここはあまりにも人目が多いことに気付く。


 俺はネージュの手を引っ張って、食堂のほうに歩いていった。


 男子たちは呆然としたままその場に突っ立っていた。




 ネージュ効果とでも名付けようか、食堂には女子の姿しか無かった。


 これはこれで華やかなものがあっていいですね。


 しかし女子しかいないにも関わらず、俺たちが入ってくると食堂内はざわついた。


 女子たちの視線の先には俺、ではなくネージュだ。


 女子たちからも注目を集めているのか。

 そりゃそうか。こんなに綺麗で、しかもエルフだからな。


 男子たちと同様に遠巻きにネージュを見つめることしかできない女子たち、と思っていたらその中から数人がこちらに歩み寄ってきた。


 げっ、あれは。


「お久しぶりですね。お会いしとうございました。アンリ様、ネージュ様」


「ご無沙汰しております。リディアーヌ殿下」


 俺は胸に手を当て、深くお辞儀する。


 リディアーヌは国王の第三婦人の娘で、5女だ。

 国王に謁見した時に会っている。


 同い年だと聞いていたから、考えてみれば学園の同級生になるのは予想できて然るべきだった。

 まずい、心の準備ができていない。


 リディアーヌは黙っていれば可愛らしいその笑顔をにゅうと深めて、俺に顔を寄せる。

 それこそ唇が触れかねない距離だ。

 そして俺にしか聞こえないような小さな声で言った。


「そんなに堅苦しくしないでくださいませ。あなたは私の婚約者なのですから」


「そんなわけには参りません。まだきちんと決まったわけでもなければ公表もされていないのですから」


 不意にリディアーヌは顔を寄せてくる。

 咄嗟に俺は顔を引いて唇が触れるのを避ける。


 あっぶねー。今、完全に狙ってきてたろ、この姫様。


「そんなにまじまじ見られましても、私は男ですよ」


 周囲に聞こえるように誤魔化しの言葉を口にすると、リディアーヌは笑顔のままでそれに応じた。


「アンリ様は本当に綺麗ですわ。ええ、以前にお会いしたときにも増して。嫉妬してしまいそう」


 うふふと手を唇に当ててリディアーヌは笑う。


 俺の胸の内だけでほっと息を吐く。

 リディアーヌが俺のことを好きだと言うのなら色々前向きに考えないこともない。

 彼女は魅力的だし、彼女のところに婿入りしてもネージュを傍に置いておけるのだということは国王より確約を貰っている。


 でも多分なんだけど、リディアーヌが好きなのはネージュなんだよな。

 それで俺にちょっかいかけてネージュが困るのを見て楽しんでいる気配がある。


 レズドS姫様なのである。

 ついでにそのためなら自分の身を俺に捧げてもいいと思っているフシがある。

 ドMも併発してるのかよ。

 業が深すぎる。


 ちなみに国王が俺を婿入りさせたいのは俺の魔法使いの才能が子どもに引き継がれる可能性があるからだ。

 王家に魔法使いの力を取り入れたいというわけだな。


 そのためなら娘も犠牲にする。


 ドライだよね。貴族なんてそんなもんかも知れないが。


「いけません。リディアーヌ様。男性にそのように近づかれては!」


 俺とリディアーヌとの絡みを顔を赤くして見ていたリディアーヌの取り巻きと思しき少女が、俺が男であることに気付き、慌ててリディアーヌにそう進言する。


 女だと思われてましたね。これは。

 おっかしいなあ。男物の服を着ているはずなんだが。


「あらまあ、軽挙でしたわね。誤解されないようにしなくては」


 そう言ってリディアーヌは俺に流し目を送り、うふふと笑う。


「ではまたお会いいたしましょう。アンリ様、ネージュ様」


 そう言い残してリディアーヌは去っていく。

 取り巻きの女子たちもそれに付いていくのかと思いきや、その内のひとりがこちらに歩み寄ってきた。


「いいわね! リディアーヌ様はお優しいけれど誤解などしないように! それから男ならもっと男らしくなさい!」


 長い髪を頭の横で縛ったいわゆるツインテールの女の子だ。

 勝ち気な瞳が俺のことを睨みつけている。


 完全に悪い虫だと思われてますね。

 それから自分としては精一杯男らしくしてるんだよ。ホントだよ。


「ご忠告感謝致します。誤解などしておりませんので、ご安心下さい」


「ふん、本当かしらっ!」


 そう言い残して少女はリディアーヌの後を追いかけていく。


 後に残された俺は今度こそ安堵の息を吐いた。

 まったくネージュのことで厄介事はあるだろうなと思っていたが、リディアーヌまで絡んでくるとは。

 学園生活に急に暗雲が立ち込めてきたな。


 だが差し当たっては急転直下しているネージュの機嫌をどうにかしなくては。


 痛い。痛いよ、ネージュ。




----

厄介な感じのお姫様がハーレム候補に加わ……ったのでしょうか?

はてさて。


ありがたいことにGWが終わったのにPVはさらに伸び、

異世界ファンタジー週間で166位に、総合週間でも298位に上がっていました。


読んでくださり、評価をくださった皆様のお力です。

ありがとうございます!


もっと多くの人に読んでいただくため、まだまだ頑張っていきますので、

まだの方は作品のフォローと☆☆☆をよろしくお願いします!!!!

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