第2章 魂喰らい
第2章 魂喰らい 1
大氾濫から4年が過ぎ、俺は10歳になった。
大きな事件の無い平穏な日々だったと言える。
ネージュと共に王都に行き、国王に謁見するという出来事もあったが、語りたくないので語らない。
領主が俺を養子にする手続きを済ませていてくれて助かったとだけ言っておく。
それ以外は本当に勉強漬けの日々だった。
それでもまだ礼儀作法や、言葉遣いに合格点を貰えていない。
すみません。
基礎教養、ダンス、剣術、楽器、どれも合格点を貰えてません。
だって前世でも劣等生だったんだもの。
自分なりに努力はしているのだ。
しかし授業を聞けば眠くなり、体を動かしても筋肉は付かず、音感は壊滅的に無かった。
なるほどなー。
前世で皆が俺をカラオケに誘わなかった理由が今頃明らかになったぜ。
他の皆で集まった時はカラオケに行ってるようだったからおかしいと思ってたんだ。
ちょっと涙が出てきた。
この4年で俺は美しく成長した。
あれ、これって男に対して使う表現じゃないよね。
だが鏡に映った長く伸ばした髪を三つ編みにして肩から前に流している目鼻立ちの整ったその顔は、どこからどう見ても女の子のものだった。
悲しくて涙目になったらもっと可愛い。
ちゃうねん。
髪を伸ばしてるのは俺の髪の毛が魔法触媒として非常に扱いやすいからであって、かつてちょっとやってみたいと思ったように女装をしているわけじゃない。
ほら、まだ第二次性徴が来てないからだよ。
おちんちんに毛も生えてないし、喉仏も出ていない。
もうちょっとしたら男らしくなるねん。
そうだよね。そうだと言って!
「アンリ、着替え終わった?」
ノックもなしにネージュが部屋に入ってくる。
余所行きの衣装を身にまとったネージュは相変わらず美しい。
自分のことを美しく成長したなどとおこがましいことを言ってすみませんでした。
ただエルフであるネージュはこの4年間で成長を見せていない。
成長がゆっくりなのか、それとも止まっているのかは分からない。
少なくともエルフの里に居たエルフたちはもっと大人に見える者が多かった。
長老なんて老人だったしな。
だからエルフは成長がゆっくりなのであろうと推測できる。
ネージュさん、年齢はおいくつなんですかね?
女性に年齢は聞けないし、そもそもネージュは記憶喪失だ。
まあ、たとえネージュが数千歳とか言われても俺の態度は変わりませんけどね。
ネージュは服に皺が付くのも構わずに抱きついてくる。
身長差が縮まったせいで以前のようにおっぱいに顔が当たるということはない。
残念じゃないよ?
ホントだよ?
むしろ残念なのは顔が埋もれるほどのおっぱいが無い――
「いでででで、なんで抓るのさ」
「なにか失礼なこと考えた」
「なんで分かるの!?」
「ふぅん、当たってたんだ」
「カマかけか!」
まあ、こんな会話もじゃれ合いだ。
ネージュだって本気で怒ってるわけじゃない。
ですよね? たぶんそうだ。
そのはずだ。
その証拠に俺の脇腹を抓った手は、今はそこを優しく擦っている。
ここは俺の部屋だ。
領主の養子となったことで屋敷の中に一部屋が与えられたのだ。
どうせすぐに学園に行くんだから要らないって言ったんだけどな。
なんというか義父殿はちょっと意固地になっている。
まあ俺の処遇について国王から横槍を入れられたのだから、気持ちはちょっと分からないでもない。
とにかくおまえは私の息子だ。が、最近の口癖である。
いや、そう言われても本当の父さんも屋敷の敷地内に住んでるしなあ。
領主の養子になったと言う実感はあんまり無い。
それを与えるための部屋なんだろうけど。
しかしそれも今日までだ。
そう、今日、俺とネージュは王都に向けてピサンリを発つ。
学園の入学式にはまだちょっと早いが、馬車で向かうのでそれも仕方なしだ。
転移魔法で行きゃいいじゃんと思われるかも知れないが、貴族やその家族の移動を民草に知らせることと、道中で金を落とすのは義務であるらしい。
あと、転移魔法は一応まだ知られていない。
メイドさんのひとりには見られたけど、あの渦中だったので混乱していたのだろうということで収めたのだ。
本当は気付かれているかも知れないけどね。
それからなんでネージュもなの? って思ったかもしれない。
そりゃネージュが望んだからとしか言いようがない。
せっかく屋敷の人たちにも慣れたんだけどね。
とは言え、あのような爆弾を抱えていたネージュを俺の目の届かないところに置いておくのも怖いのだ。
黒い宝石こそ取り除いたものの、あれがどこから来たか分からない以上、再びネージュの心の中に発生する可能性だってある。
というわけで、ネージュを俺の手元に置いておくのは、ちゃんと理由があるのだ。
もちろん理由があるからという理由だけではないが。
控えめに部屋の扉がノックされる。
「どうぞ。開いてるよ」
「叔父様、馬車の用意ができてしまいました」
領主の孫娘のアリスが部屋に入ってくる。
4歳とは思えないほどしっかりしたいい子だ。
何より俺に懐いてくれている。
「そんな連絡はメイドにさせればいいんだよ」
「だって叔父様としばらく会えなくなるんですもの」
アリスは可愛らしく頬を膨らませる。
俺は膝を突いてそんなアリスの頬をちょんちょんとつついた。
「可愛い顔が台無しだよ。ほら、笑って。アリスは笑ってる顔が可愛いよ」
そう言うとアリスはもじもじしてぎこちない笑みを浮かべる。
うーん、違うんだよなあ。
「もっと笑えー」
俺はアリスの脇をくすぐり、無理やり笑わせる。
アリスはきゃっきゃと身を捩って笑う。
いや、これもなんか違うけど、さっきよりはずっといい。
やがてアリスが息も絶え絶えという様子になったので俺は彼女を解放した。
「んもう、叔父様のいじわる」
「はは、またアリスにいじわるしに帰ってくるよ」
「本当!? 約束!」
アリスが小指を突き出して来るので俺はそれに俺の小指を絡めた。
「ゆーびきーりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます!」
実際のところは次に帰ってこれるのは来年になることだろう。
転移魔法を使えば一瞬だが、あまり公にするものでもないからな。
いや、飛翔魔法を使ったことにすればいいか。
街道を無視して真っ直ぐ飛べば全速力で一時間もかからない。
そのことは領主もアリスも知っている。
約束を交わして満足げなアリスと、なんだかご機嫌斜めなネージュの2人と手を繋いで俺は自分の部屋を後にする。
まあ、自分の部屋というほどここで暮らしていないけどな。
俺もネージュも荷物はすでにまとめてメイドさんに渡してあるから手ぶらだ。
馬車の準備ができたということはすでに積み込みも終わったということなのだろう。
屋敷の玄関の前には馬車と、領主一家、そして俺の家族も勢揃いしていた。
自分の両親を見つけたアリスは俺の手を離し、両親の元に駆け寄ると何か話し始めた。
俺は領主の元に向かう。
「父上、わざわざありがとうございます」
実の父さんが居る前で領主を父上と呼ぶことには抵抗があったが、そうしないと機嫌が悪くなるので仕方がない。
「おまえの門出だ。当然のことだ。アンリ、おまえは注目されている。あっちで上手く立ち回ってこい」
「父上の評判を落とすことのないように努力します」
「私に気を使うことはない。さあ、家族とも挨拶をしてくるがいい」
「ありがとうございます」
俺は領主に頭を下げて、家族の元に向かう。
母さんが俺を抱きしめて、その上から父さんの手が回された。
「アンリ、おまえがどこにいても父さんたちはおまえを愛しているよ」
「うん」
こんなに俺を大事に思ってくれる人たちがいる場所から離れるのは本当は寂しい。
だけど学園に行かない訳にはいかない。
国王からも念を押されたからな。
本当にろくなことしないな。あのおっさん。
リーズ姉とアデールとも抱擁を交わして別れの挨拶をした。
ちなみにアデールはずいぶん前に俺の弟子を止めました。
いつまで経っても魔法を使えないので嫌気が指したらしい。
寂しい。
領主の子息夫妻、つまりアリスの両親とも別れの挨拶を交わす。
こちらは儀礼的なものだ。
悪い人たちではないのだが、いまいち心を開いて貰えなかった。
アリスが俺に懐いているのも一因かも知れない。
娘に付いた悪い虫扱いなのかも。
もちろんそんな目で見ているわけではないのだが。
一通り挨拶を終えた俺はジルさんの手を借りて馬車に乗り込む。
結局この人が武器の鍛錬をしてるところは見られなかったな。
剣術の授業はこの人から受けたほうが上達が早かったような気もするんだが。
続いてネージュも馬車に上がってくる。
「行ってきます!」
そして馬車は走り出した。
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第2章の開幕です。
王都ではどんなことがアンリを待ち受けているのでしょうか?
そして異世界ファンタジー週間で192位に、総合週間でも338位に上がっていました。
GWの激戦の中で順位を上げられたのは皆様のおかげです。
心からありがとうございます!!!
しかし流石にそろそろ上が堅くて、上がれないか? ……諦めんなよ!
うおおおおおお、引き続き作品フォローと☆☆☆をよろしくお願いいたします。
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