第1章 大氾濫 20

 大氾濫は終息を迎えた。


 大森林から各地に溢れ出した魔物がすべて討伐されたわけではないが、大森林から新たに魔物が出てくるようなことは無くなり、領主が終息宣言を出した。

 これによりピサンリの門は開かれ、これまで停滞していた人や物の流れが再開された。


 それでも失われたものは多かった。領主の治める村の半数以上が壊滅し、生存者は少ない。

 広大な農地が失われ、ピサンリの食糧難は続く。

 王都から金も物も支援が届いているが、すべてが元通りになるには長い時間がかかるだろう。


 俺にとって幸いだったのは、俺の関係者には死者も負傷者も出なかったことだ。

 一番の被害が領主の屋敷の大穴である。

 あれの修繕より、アドニス村の再建のほうが多分早い。


 アドニス村を囲っていた土壁は魔物の数が減ったこともあって消しておいた。

 狼たちはアドニス村周辺で魔物を狩って暮らすようだ。

 冒険者の間引きの仕事を奪う勢いである。

 おそらくアドニス村は大森林の中にあるとは思えないほど安全な村になることだろう。


 終息宣言が出たことで避難民たちの避難生活も終わりを迎え、各々が元々暮らしていた村へと戻っていった。

 リュシーには別れ際に抱きつかれて、それを見たリーズ姉に散々からかわれた。


 最後に別れる時にもやっぱりリュシーは泣いていた。

 俺も貰い泣きしてしまった。

 この体は涙もろくて良くない。


 俺は領主の養子の話を受け入れた。

 ただし10歳になったら、だ。


 それまでは領主の屋敷の敷地内にある小さな家で家族と暮らせることになった。

 父さんは予定通り庭師に、母さんとリーズ姉はメイドとして雇われることになった。


 アデールの職業は俺の弟子だ。

 そこは譲れない。


 そして大氾濫が終わったことで俺の勉強時間は大幅に増えた。

 朝から晩まで勉強漬けである。


 こうなると剣術の時間が待ち遠しい。

 頭に詰め込むより、体を動かすほうがまだマシだ。

 すみません、ダンスは勘弁して下さい。


 いくらなんでも6歳にこの勉強量はひどくない?

 前世で最終学歴が高校中退の俺は受験勉強すらまともにやったことがない。

 41年で初めての勉強漬けの生活である。


 しかもこれが後4年も続くのだ。

 もう一生分の勉強である。


 え、その後王都の学園でまた勉強?

 やだー、冒険者なるー!


 教会の経営は俺の寄進によって立て直された。

 元々の赤字経営の体質は変わっていないが、少なくとも借金などは解消されたらしい。

 というか、借金あったのかよ。


 それから俺が頻繁に教会でお祈りをしていることで教会への寄付金が増えているらしい。

 なんでかしらん?


 いや、素直に認めよう。

 俺はピサンリの救世主として有名になっていた。


 いや、俺がいなくてもピサンリはどうにかなったと思いますよ。

 それどころか領主の屋敷に大穴あけたのは俺の責任ですし。


 などと周囲に語ってみても、6歳で謙虚さまで身に付けていると逆に評判が上がる始末である。

 ドラゴンとベヒーモスを冒険者ギルドに持ち込んだのが知られてるからね。

 しかたないね。


 ついでに領主が屋敷に首の無いドラゴンの剥製を飾り、屋敷に出入りする商人などに自慢しまくっているのが一因だと思います。

 剥製より早く屋敷の修繕してください。


 なおドラゴンの頭部は王都に運ばれ、国王に献上されたらしい。

 そのこともあって俺には国王より招待状が届いている。


 拒否していい? ダメ?

 そうだよね。


 領主が気を利かせてくれた結果、礼儀作法の勉強が終わるまで国王に待ってもらっているのが救いだ。


 おかげで家庭教師の気合の入り方がヤバい。

 一秒でも先延ばしにしたい俺と、一秒でも早く礼儀作法を身に着けさせたい家庭教師との仁義なきバトルである。


 とは言ってもサボるような真似はしない。

 前世でのことをはっきり思い出した今、この生を無価値なものにはしないと誓ったからな。

 ただもうちょっとゆっくりでもいいんじゃないかなーって思うんです!


 ん? ネージュはどうなったのかって?


 前にも増して俺にべったりになった。

 正直、前世での姿を見られて引かれたんじゃないかなって思ってたんだが、彼女はあの精神世界での言葉通り、俺のことをすべて受け入れてくれた。

 だから彼女にだけはすべてを話してある。

 前世のこと、生まれ変わりのこと、そうやって得た魔法の力であること。


 それでもネージュは変わらなかった。

 転生チートで強くなったなんて幻滅されるかと思っていたのに、それどころかいつもくっついてくるようになった。

 嬉し恥ずかしというやつである。


 ネージュは前世のことをあまり聞いてこない。

 俺もあまり話さない。

 辛い記憶であることを理解してくれている。

 話すこともあんまりないしな!


 あ、知りたいのはそんなことじゃない?


 うん。

 ネージュの魔物を発生させる力は無くなった。

 今では遮断魔法も必要ない。

 だからエルフの里に戻ることもできるんだよって話もした。

 全力で拒否されたけど。


 記憶は無いはずだが、辛い目にあったのだということをどこかで覚えているのかもしれない。

 エルフの里のほうにしたって放逐した娘を今更受け入れるのは難しいだろう。

 ネージュがそれでいいと言うのなら俺が面倒を見ていくつもりだ。

 今のところ領主様の食客だけど。


 幸い現金こそ無いが、最強種の死体は山のように収納魔法に入っている。

 これを売っていけばネージュの面倒を見ることくらいなんでもない。

 というか、この死体も元はと言えばネージュが生み出したから手に入ったのだ。


 あれ、これ俺が養っていくって言えるの?

 俺が養われてるんじゃね。


 領主がネージュを相変わらず食客として迎えていることからも分かる通り、領主はネージュに大氾濫の責を問うつもりはないようだ。

 それどころかその事実を国王に報告すらしていないと思う。


 俺と敵対することを避けたのかも知れないが、なんにせよありがたい。

 おかげでネージュは責任を感じずに済んでいる。

 もっともネージュに責任なんてまったくないけどな!


 魔物を生み出していたのはネージュの精神世界にあったあの黒い宝石だと俺は確信している。

 精神世界で収納したにも関わらず、それは俺の収納魔法に物理的にしっかりと入っている。


 この宝石が何処から来て、どうしてネージュの中にあったのかは分からない。

 ただあれはこの世に存在させていてはいけないものだ。


 大氾濫の終息後、俺は一度だけひとりでクレーターに行って、この宝石を取り出してみたことがある。

 収納魔法から出した途端、宝石は黒い光を放って俺の心に食いついてきた。

 そしてネージュの精神世界でしたように俺のトラウマをえぐってきた。

 自分の過去を認めた今となっては抵抗できるがな。


 そして俺の持ちうる全ての攻撃魔法で破壊を試みてみたが、黒い宝石はびくともしなかった。

 この宝石を破壊できるような力か手段を得ることが当面の俺の目標だ。

 少なくとも死ぬまでに成し遂げたい。


 いや成し遂げてみせる。


 長々と語ってしまったが、以上がピサンリの周辺で起きた大氾濫の顛末だ。

 俺が6歳の時のことである。




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以上、第1章 大氾濫 これにて閉幕でございます。

思っていた以上にご好評をいただいてびっくり小躍りしております。


連日のお力添えで、異世界ファンタジー週間212位、総合週間378位までやってきました。しかし上の層が厚く、順位が上がりにくくなってまいりました。


ここを越えるためにも作品フォローと☆☆☆をよろしくお願いいたします。


第2章からしばらくは毎日1話ずつの投稿で進めていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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