第1章 大氾濫 18

 アドニス村で必要なものをかき集めた俺は、さらに転移魔法で大森林の奥地へと跳んだ。


 眼下には俺自身が作ったクレーターが見える。

 ここなら誰にも迷惑は掛からないし、アドニス村に被害を与えることもないだろう。

 それに思いっきり動ける。


 クレーターの中心に降り立った俺は、アドニス村で失敬してきた寝床を収納魔法から引っ張り出して、その上にネージュを寝かせた。


 白磁器のような白い肌が熱で汗ばんでいる。

 顔も赤い。


 遮断の魔法による副作用なのかはまだ分からない。

 ただの急病かも知れない。

 俺は回復魔法を入念に掛けるが効果はない。


 やはり病気ではないのか。


 ネージュの首からネックレスを外した。

 遮断魔法がその効果を失い、ネージュは外界の魔力との接触を取り戻す。


 大森林に残っている魔物たちがこのクレーターに進路を変える。

 だがそれは些細なことだった。


 しばらくすると膨大な魔力が集まってきて、クレーターの中で多種多様な魔物たちが実体化していく。

 それはあたかもせき止められていた水が溢れ出すような勢いだった。


 遮断の魔法で押さえつけていた反動だろうか?

 まずは思いっきり発散させてみよう。

 ここなら俺が苦労するだけで済む。


 ネージュの寝床を魔法障壁で守る。


 おそらく魔物たちがネージュを襲うことはないだろうが、これから始まる戦いでどんな流れ弾が飛ぶか分かったものではない。


 おそらく全力での戦いになる。

 最強種すらものすごい勢いで発生していっているからな。


 空に飛び上がることはしない。

 地上型の魔物が押し出されるように外に溢れ出す可能性がある。


 すべての魔物に俺を狙ってもらう。

 一匹も逃しはしない。


 杖を構え、光魔法、俺呼称でレーザーを横に薙ぎ払う。

 夕闇の空を切り裂いた極光の一閃は魔物とクレーターの外縁部を貫通し、その先の大森林の木々を両断し、その熱量で森を燃え上がらせる。


 クレーターの中心部は一段と低く、レーザーはやや斜め上に放たれたので被害範囲はそれほど広くない。


 それでも今の一撃で今存在する魔物たちの一割は屠った。

 魔物の大きさにばらつきがあって、攻撃方向に居た魔物でもレーザーが当たらなかった魔物は多い。


 もっと低く薙ぎ払うべきだったか。

 いや、お椀型のクレーターの中ではレーザー攻撃はあまり効果的とは言えない。


 返す刀で後方に爆裂魔法を放つ。

 溜め込んだ一撃ではない。

 魔力変換許容量に十分な余裕を持たせた爆発。

 それでも許容量の上がった今では大型までの魔物を消し飛ばすには十分な威力だ。


 連続爆発。

 連射できるだけ連射して、辺り一面の敵を吹き飛ばしていく。


 威力を落とした分、最強種は耐える。

 ベヒーモスが爆炎を掻い潜って俺に迫る。


 来いよ。力比べだ。

 おまえらなんかに負けはしない。


 家の二件分はある大きさの獣が魔法障壁にぶち当たる。

 障壁を杭のようにして地面に固定しているにも関わらず、魔法障壁が押され、中心部に固定している俺の体にも重圧がのしかかる。


 障壁が地面を削り、クレーターの中心部に向けて幾本かの線を描く。

 この体は軽すぎて抵抗の足しにならない。

 いや、この獣に対して大人と子どもに如何ほどの違いがあろうか。


 余計なことを考えるな。

 今はただ殺すことだけを考えろ。


 数千という最強種を俺は屠ってきた。

 殺し方なら誰よりもよく知っている。


 真空の刃、風のギロチンをベヒーモスの首に落とす。

 威力が少し足りず、ベヒーモスの首を落とすには至らなかった。

 だが殺した。

 手早くその死体を収納魔法にしまい、振り返る。


 見えたのは俺に迫る魔物の群れ。

 爆裂魔法を使うには近すぎる。

 レーザーを収束させずに、ただ全力で振り抜く。


 光の壁が魔物たちを焼き、吹き飛ばす。

 焼き尽くすほどの威力にはならない。

 特に最強種にとっては目くらまし程度に過ぎない。

 それでも目を焼かれた魔物たちの叫び声が鼓膜を叩き、光の壁を貫いてドラゴンのブレスが辺り一面を火の海に変える。


 その炎、借りるぞ。


 魔法障壁の中で魔力を溜め込んで、自分を中心に巨大な竜巻を生み出した。

 真空の刃を織り込んだ風の渦は炎を巻き込んで火炎竜巻に変わる。

 魔物たちは炎に焼かれ、竜巻に巻き込まれ、切り刻まれ、吹き飛ばされていく。


 その中をまったく意に介さずに巨大な火の鳥が俺に向かってくる。

 だが魔法は撃ち終わった後だ。

 次の魔法はもう放てる。


 プールでも満たそうかという量の水を火の鳥の進行方向に出現させる。

 俺への突撃体勢を取っていた火の鳥には避けられない。

 圧倒的な水量に包まれ、その炎は消える。


 水に絡め取られ動きが止まったところを、水ごとレーザーで両断、しようとしたら水でレーザーは変な方向に折れ曲がった。

 そりゃそうなりますわ。

 水による光の屈折を忘れてるとかアホか、俺は。


 改めて風の刃で水ごと両断。

 したところに巨大な大蛇が襲い掛かってきた。


 というか、でかすぎる。

 魔法障壁ごと飲み込まれる!?


 咄嗟に魔法障壁の範囲を広げ、飲み込まれるのは阻止する。

 だが大蛇の顎はがっちりと魔法障壁に食いついた。

 大蛇の喉奥まではっきりと見える。


 つーか、魔法障壁がある相手に噛み付きって悪手だよな。

 自分から弱点部位を晒すようなものだ。

 ついでにこの状態からなら狙わなくても攻撃が命中する。


 そんなに食いたいならたっぷりと食らわせてやるよ!


 大蛇の顎の中にありったけの岩砲弾を文字通り食らわせる。

 先を尖らせた岩砲弾は大蛇の顎を貫き、頭部を穴だらけにした。


 死体を収納して、次の敵に向かう。


 こうしている間に魔物の数はまた増えている。

 ネージュの力は底なしにも思えるほどだ。


 大氾濫を産んだのだ。さもありなん。


 だけどなあ、俺だってその大氾濫の最強種をほとんどひとりで片付けたんだ。


 負けるわけがあるか!


 失われた体力は回復魔法で無理やり回復させる。

 集中力は気合で持たせる。

 眠気は我慢だ。


 ネージュと約束したのだ。

 明日、お話しをする、と。

 だから明日までに終わらせる。

 終わらせてみせる。


 もう戦いを始めてからどれほど時間が過ぎたのか分からない。

 月は中天に登り、あたり一面に転がった魔物の死体を照らしている。

 その間をレーザーの光が切り裂き、爆裂魔法が眩く照らす。


 魔物の出現は徐々に収まりつつあった。

 一方で俺の魔法の威力も下がってきている。


 集中力が尽きたのではない。

 俺とネージュで辺り一帯の魔力を使い尽くしかけているのだ。


 俺のこの身は魔力の変換装置に過ぎないのだから、辺りから魔力が失われれば、俺はただの6歳児に成り果てる。


 一方でもはや最強種は生まれていない。

 大物すら稀だ。


 考えるまでもないが、魔物を実体化して召喚するというのは相応の魔力が必要だ。


 それは俺が放つ攻撃魔法よりずっと効率が悪い。


 だが弱小種とは言え数が多い。

 一掃するほどの大魔法を使うには辺りの魔力が薄くなりすぎた。


 戦いは泥仕合の様相を呈し始めている。

 否、もっと悪い。

 魔法障壁の維持が難しくなってきた。

 攻撃魔法を放ち続けるなら、魔法障壁を解除する必要がある。


 近寄らせなきゃいいんだろうが!


 俺は自分の分の魔法障壁を解いて、その分の魔力を攻撃魔法に割り振る。

 波のように押し寄せる雑魚どもを薙ぎ払う。

 だがまさしく波のように魔物たちは何度でも押し寄せてくる。


 尽きる。

 尽きるはずだ。

 だって魔力が尽きかけているんだから。


 そして俺の攻撃魔法は、ネージュの召喚魔法より効率がいい。

 ネージュが魔物を召喚できなくなっても、まだ残された魔力で攻撃できるはずだ。


 俺はそれを信じて魔物どもを薙ぎ払い続ける。


 あっ……。


 ネージュを守っていた魔法障壁が解ける。

 魔法障壁を維持するだけの魔力が無くなったのだ。

 同時に魔物の発生が止まる。

 止まったように見える。


 俺は残された魔力を掻き集め、最後の魔物の集団に向けて爆裂魔法を放つ。

 吹き飛ばす。


 そして俺はその場に膝を突いた。

 意識を失わなかったのを自分でも褒めてやりたいくらいだ。

 もう眠くてたまらない。

 どんなに頑張っても6歳という肉体の軛からは逃れられない。


「ぐぎゃぎゃぎゃ――」


 そんな声が耳朶を打った。

 顔を上げる。

 そこには傷ついたゴブリンが、しかししっかりと両足で立っていた。


 その数、5。

 手に武器はないが、6歳の子どもを縊り殺すくらいの力はあるに違いない。


「はは――」


 リュシーと一緒にゴブリンに囲まれかけた時のことを思い出す。


 あの時もゴブリンの数は5匹だった。

 事態を再現すべく氷の矢を生み出そうとして、変換装置は空振った。


 ああ、もう氷の矢の一本も生み出せないのか。


 俺は立ち上がり、杖を構える。

 打撲武器としては貧弱で、叩けばきっと折れる。

 だが突くことくらいはできるはずだ。


 戦闘態勢を取った俺をゴブリンたちが取り囲む。


 あの時、魔法の力が無ければこうなっていたという再演だ。

 もし何の力も与えられず転生していたら俺の人生はあそこで終わりだった。

 その運命が俺を追いかけてきたというのなら納得できる。

 どうせロスタイムのような人生だ。

 唐突に終わりを迎えても驚かない。


 だけど、それは自分ひとりの場合だったらだろうが!


 ネージュがいる。

 寄る辺無い少女がいる。

 約束を交わした女の子だ。


 俺が終われば彼女も終わる。


 魔力のある限り魔物を生み出し続ける彼女はエルフの里を放逐され、人間に受け入れられることもないだろう。


 彼女の運命が俺に懸かっている。

 思い上がりでもなんでもない。

 今、彼女を救えるのは俺だけなのだ。


 だから戦う。

 そして勝つ。

 ゴブリンの5匹がなんだ。

 俺はベヒーモスの突進を止めたんだぞ!


 杖を突き出す。

 ゴブリンは仰け反って避ける。

 が、足を滑らせて転ける。

 追撃、は、できない。

 杖を引いて、左から躍りかかってきたゴブリンを突く。

 跳び上がって空中にいたゴブリンを杖は捉え、そして俺が勢いに押し負けた。


 力が弱すぎる!


 それでもゴブリンの勢いが削がれ、俺の体が押されたこともあって、ゴブリンは俺の体に到達すること無く地面に落ちる。

 次の瞬間頭に鈍い衝撃が走って、視界が揺れる。

 平衡感覚が失われる。


 背後から頭部を殴られたのだということは、土を舐めて気付いた。

 起き上がろうとした体に、ずんと重みがかかって潰れる。

 背中を滅多打ちにされる。


 肩を捕まれ、仰向けに転がされる。

 腰の上に乗られて身動きが取れない。

 杖は手放してしまった。


 ゴブリンが拳を振り上げる。

 咄嗟に顔を両手で庇う。

 手の上から殴られる。

 受け止めきれない。

 俺の手の甲が俺の顔を殴っているようなものだ。


 口の中が切れ、血の味が広がる。


 殴り返そうとするが、その手は空振った。

 腕の長さが違うのだ。

 そしてがら空きになった顔を殴られる。


 意識が揺れる。

 二度、三度、もはや顔を守るために腕を上げることすらできない。


 不意にゴブリンの殴る手が止まる。

 腫れ上がった顔で小さくなった視界に、別のゴブリンが俺の杖を持って振り上げるのが見えた。

 そしてそいつは俺の顔に向けてそれを振り下ろ――、


 ――そうとしたところで、その姿が掻き消える。

 続いて俺の上に乗っていたゴブリンの体もどこかに消える。

 なにが起きているのか分からない。

 耳に届くのはゴブリンたちの断末魔の声だ。


 別の魔物か。

 次は俺か。


 そう思った俺の体になにかがのしかかってくる。

 顔を舐められる。それでようやく気付いた。


「おまえたち……」


 それは俺が作り出した狼たちだった。

 アドニス村から20キロを俺を守るために駆けてきてくれたのだ。

 顔の傷を癒やさんとばかりに舐めてくる狼たちを撫でる。


「助かったよ。ありがとう」


 本当に危ないところだった。

 いくら意気込んでも、魔法以外は取り柄のない6歳児だ。

 狼たちが来てくれなければゴブリンたちに殴り殺されていただろう。


 よろよろと体を起こした俺に、狼たちは心配そうに体を擦り付けてくる。


 だけどまだ終わりじゃないんだ。


 魔法が使えないほどに薄まった魔力だが、徐々に周辺から流入してきている。

 このまま時間が経てば再びネージュの力によって魔物たちが生み出され始めるだろう。

 魔力が薄くて遮断魔法が掛かっていないこの時間にネージュの問題を見つけて解決する。


 それこそが俺のやるべきことだ。


 ゴブリンの死体から杖を奪い返し、それを杖代わりにしてネージュの元に歩いた。


 ここからは時間との戦いだ。




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本日はGW最終日ということで第1章を最後まで(残り2話)投稿いたします。


連日のお力添えで、異世界ファンタジー週間212位、総合週間378位にいてくれています。


ありがとうございます!

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