第1章 大氾濫 15
さて、大氾濫もかなり収まってきた。
というより全体が拡散して薄くなっていったと言うべきか。
最強種もほとんど見かけなくなった。
最初はどうなることかと思ったが、各個撃破さえできれば元々数はそんなに多くない。
今ではすっかり収納魔法の肥やしです。
ドラゴンの一匹くらいは換金しようか。
6歳であんまりにもな大金を持つことに忌避感があった。
というか、換金したとしたら家に入れるが、それはそれでご近所トラブルの予感が凄い。
避難民で分ける方向性で行こうか。
家はそんなにお金に困っているわけでもないし。
避難民の女性の中には夜の仕事をしている者もいるらしい。
俺は子どもなので詳細は分からないということにしておいて、あまり楽しい職場ではないだろう。
もっと早くお金を作って配っていればそんなことにはならなかった。
しかし俺は万能の救い手ではない。
アドニスとピサンリは守るが、それ以外の町や村には直接的な救援を行っていない。
おそらく大氾濫で滅んだ村は片手の数では収まらないはずだ。
考えると胸が苦しいが、できることには限りがある。
俺が身を粉にして一人でも多くの人を救ったとして、俺自身が過労で倒れればピサンリごと全滅も起こりうる。
だがこれは持つ者の道理だろう。
かつての持たざる者として、死んでいく者たちの苦しみや憎しみも分かる。
だが俺にとって第一は自分だ。
本当は家族だと言いたいところだけど、家族の誰かひとりを救うために自分が犠牲になり、結果的には家族がみんな……、という可能性を考えると、俺は俺の生存を第一に考えなければならない。
力には責任が生じると領主からは言われた。
そのとおりだ。
救わなかった人々への責任がある。
そのため目下、ピサンリに集った避難民たちの窮状をどうにかしなければならない。
そのための金を得るためのドラゴンの売り方であるが、色んな方法がある。
冒険者ギルドに持ち込んで買い取ってもらう方法、あるいは領主に売っても良いかもしれない。
自分でバラして個々の素材をそれぞれの専門店に持ち込んでもいい。
こう言う時はジルさんに相談だな。
朝のお役目を終えた俺は領主の屋敷の庭園に向けて降下していくのだった。
ジルさんは屋敷で仕事をしていた。
と言ってもこの人はいつでも仕事をしているのだけれど。
絶対、剣とか振ってる時間があるはずなんだけど、まだ見かけたことはない。
ドラゴンを売ることについて相談すると、すぐさま答えが返ってきた。
「そういうことでしたら冒険者ギルドに売るのが一番いいかと思います。旦那様も欲しがるでしょうが、今、町は食糧難。ドラゴンの肉が流通に乗ればほんの少しですが改善されるでしょう」
「肉ならベヒーモスとかのほうがいいのかな。ドラゴンだと鱗とか剥ぐの大変そうだし」
「そうですな。ただドラゴンの鱗は硬く良質な防具の材料になります。欲しがる者は多いでしょう。ただあまり数を出されましても冒険者ギルドのほうにそれだけの資金があるかどうか」
「それじゃあ領主様にドラゴン一匹、冒険者ギルドにドラゴンとベヒーモスを一匹ずつ売ろうかな」
「旦那様も喜ばれるでしょう。当家にお売りいただくドラゴンの価格については冒険者ギルドの提示した金額と同じということでよろしいですかな?」
「妥当なところだね。でも領主様はドラゴンをどうするの?」
「剥製にして飾るのでございますよ。この領地はドラゴンを屠ることができるという証明になりますので」
「そうなると見た目の状態がいいやつがいいね」
最初は全力でお相手していた最強種たちだが、今では色んな殺し方を試す相手と成り果てていたので、わりかし綺麗な死体もあるはずだ。
窒息死させたのがいいだろうな。
きっと血が回ってお肉は美味しくなくなっているだろうし。
「もう大抵のことでは驚かないつもりでしたが、状態の良いドラゴンを魔法で収納されているのですか?」
「うん。超大物はできるだけ回収するようにしたからね」
「小国なら買えるくらいの財産ですな……」
「買わないよ、流石に」
ジルさんに礼を言ってネージュのところへ。
魔道具への魔力充填をしてから、お勉強の時間だ。
一般常識から、敬語、礼儀作法と、休憩を挟みながら3時間ほどそれが続く。
本当はダンスや剣術などの学園に通いだしてから必要になる勉強もさせたいのだそうだが、大氾濫がまだ収まっていない今、俺による魔物へのストレス発散は防衛の要となっているので、そこまでの時間は取れないのだそうだ。
大氾濫、収束しないほうがいいんじゃね?
などとちらりと思うが、このままではいずれ町の食料は尽きて餓死者が続出してしまう。
なおネージュと俺のカリキュラムは違うので別々に家庭教師が付いている。
多分入れ替わりつつ教えているんじゃないかな?
最初は一緒がいいと主張したネージュだったが、さすがに6歳児と成人している見た目のネージュが同じ勉強をしているのは変だろう。
幸いネージュは記憶は失っているものの、知識は失われておらず、俺よりも随分と進んだ勉強をしているようだった。
さて勉強を終えるといつもなら狩りの時間だぁぁぁぁ! ってなるところだが、今日はドラゴンとかを冒険者ギルドに売りに行かなければならない。
ピサンリの冒険者ギルドは初めてでちょっとテンションが上がっている。
なんたってこれだけ大きい町の冒険者ギルドだ。
アドニス村のなんちゃって冒険者ギルドとは訳が違うに違いない。
やっぱりたむろするガラの悪い冒険者に絡まれちゃったりするんだろうか?
さすがに6歳児に絡んではこないか。
とか思っていたら馬車の送迎付きでジルさんも付いてきた。
そうだよね。ドラゴンの買い取り価格確認しなきゃいけないもんね。
保護者付きでちょっとしょんぼり。
アドベンチャー感が足りない。
そして冒険者ギルドの中は閑散としていた。
たむろするガラの悪い冒険者など影も形も見えない。
そう言えば今は冒険者には防壁の防衛と言う常時依頼があるのだった。
そりゃみんな出払ってるわ。
稼ぎどきだもん。
俺が肩を落としている間にジルさんが受付をさっと済ませてしまう。
「アンリ様、査定をするのに練兵場を借りました。そちらに参りましょう」
ジルさんに連れられて冒険者ギルドの奥へ。
そこにはちょっとした運動場のような空間があり、冒険者ギルドの職員と思しき人がぞろぞろと集まっていた。
ああ、皆さんこの時間暇なんですね。
分かります。
「この広さで足りますか?」
「まあ、なんとか」
一匹なら余裕、二匹で一杯一杯、三匹出すと周辺の建造物に被害が出ますわ。
「あ、その辺、もっと下がってもらっていいですか?」
練兵場の敷地内に入っている職員さんもいたので下がってもらう。
まあ、魔法が無い世界なんだし、収納魔法から引き出すというのを理解してもらえていないのだろう。
とりあえずドラゴンから。
領主に売るのと違って見た目は気にしなくていいが、肉が取れそうなヤツがいいな。となると、光魔法のレーザーで首をぶった切ったのにしようか。
どずん、と腹に響く音を立てて、首の無いドラゴンの死体が練兵場に出現する。
当然時間を止めてあったので鮮度は抜群だ。
女性の職員なんかがガチの悲鳴を上げる。
失神した人もいるようだ。
一方で男性職員の中には樽を運んできてドラゴンの首から流れ落ちる血液を溜めようとする者もいる。
ドラゴンの血って魔法のある世界なら錬金術の材料とかで重宝されそうだけど、この世界で何に使うんですかね?
あ、錬金術はあるんですか。
なるほど。魔法的な錬金術なのか、地球で過去にあったような錬金術なのかは分からないが、興味深い話だ。
「ちょっと待って、ちょーと待ってください」
ドラゴンの周りに職員さんたちがわらわら集まってこようとするが、制止する。
まだベヒーモスを出さなきゃいけないからな。
こっちはとにかく肉がたくさん取れそうなのを選んで練兵場に出現させる。
流石に今度は悲鳴も上がらなければ失神者も出なかった。
「アンリ様、ドラゴンの首は無いんですか? 牙なども高く買い取ってくれるそうですよ」
「こいつの首は落ちる前に回収できなかったから諦めちゃったんだよなあ。うーん、でもお金が必要ならまた売ればいい話だし、今回はいいよ」
「もったいない話ですな。首だけの剥製でも王都の貴族などはいくら出しても欲しがるでしょうに」
「王都に伝手があれば売りに行ってもいいんだけどな」
流石に魔法のことがまだ知られていない地で6歳児がドラゴン売りに来たら大混乱間違いなしだろう。
それにまだ王都には行ったことが無いので転移魔法が使えない。
地道に飛んでいってどれくらい掛かるのか分からない。
「さすがに査定には時間がかかるようです。しかし肉などが腐る前に売りに出したいので解体して先に売りに出してしまってもいいか、と」
「食糧事情の改善は目的のひとつだからそれでいいよ」
「買い取り金につきましては当家で責任を持って預かり、アンリ様にお渡しさせていただきます。この場でアンリ様が直接受け取るにはあまりにも大金ですので」
「今回のお金は元々避難民のみんなに配るつもりだからジルさんのほうで管理してくれればありがたいかな。実際に配るのもお願いしたいんだ。もちろん経費は差し引いて構わないから」
「それは構いませんが、すべてを分配するのは止めておいたほうがよろしいでしょう」
ひどく真面目な顔でジルさんはそう言ってくる。
「なんで?」
「分けたとしてもあまりに大金でございます。大氾濫も収まりかけておりますし、もうしばらくの生活とそれぞれの村の再建に向けた資金に足りるくらいでよろしいかと。もちろん村の再建に関しましては旦那様からも再建費用が出るでしょうから」
「でも俺と俺の家族があんまりお金を持っていると周りに思われたくもないんだよね」
「今更のような気もいたしますが、では教会に寄進されるというのはどうでしょう。皆、教会の炊き出しには世話になっているようですし、それなら文句も出ますまい。それに教会は孤児院の経営など儲からない慈善事業に手を出しております。旦那様からも補助金が出ているのですが、経営はカツカツのはずです」
「そうだね」
経営状態が苦しいのに避難民のために炊き出しを行っていたのか。
頭が下がる。
それに加え、病人を受け入れ、孤児院も経営しているとは。
もう気持ちは教会への寄進で固まっていた。
後はどうやってそれを先方に渡すかだが。
「それもジルさんにお願いしていいかな? 俺みたいな子どもがそんな大金をいきなり持っていっても先方も驚くだろうし」
「アンリ様からの寄進だということは伝えさせていただきますよ?」
「それはそうだよね。無記名で寄進するにしては大きすぎる金額だし、その辺は仕方ないかな」
「ではそのように」
そんな会話を繰り広げる前では早速ドラゴンとベヒーモスの解体作業が始まっている。
やはりドラゴンはまず鱗を一枚一枚全部剥いでいくようだ。
あれ一枚が大人の手のひらより大きいんだよな。
レーザー攻撃にも一瞬耐えるし、加工するにしても大変そうだ。
ベヒーモスのほうも毛皮を剥ぐことから始まっている。
一匹分をまるまる剥ぐようなことはせず、ある程度の大きさでカッティングしていくようだ。
やはりこちらのほうが作業の進捗は早い。
だがどちらにせよ今日中に終わる作業量ではない。
査定の結果が出るのは明日以降になることだろう。
結局総額はどれくらいになるのかね?
俺は自分が受け取るわけでもない金額について思いを巡らせるのだった。
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