第1章 大氾濫 7

 その後、執事のジルさんと話し合って庭園の一角を着陸地点として借りることに決まった。

 村人の避難が終わるまではメイドさんが常駐して運んできた人たちの対処をしてくれるそうだ。


 つまりピサンリに滞在するための身分証の発行や、滞在地への案内などだ。

 当面の生活費なども少額ではあるが支給される。


 しかし準備が必要とのことで実際の避難は明日から始めてほしいということだった。


 俺が母さんとアデールを先に連れてきていることをジルさんに話すと、とりあえず連れてきましょうということになって、母さんとアデールとギルド長が馬車に乗せられてやってきた。

 ギルド長のことは忘れてた。


「とりあえずこちらも村に戻って状況を皆に話す必要がありますので、失礼させていただきます」


 村長がそう言って、俺は村長とギルド長を連れて庭園から空に舞い上がった。


 ギルド長の情けない声が庭園に響いた。




 村に村長とギルド長を降ろした俺は村を覆う土壁の上に立って戦線の様子を確認する。


 狼の補充はまだ必要無さそうだがやっておくか。

 あと一度は片付けた大物がまた増えてきている。

 これの対処もしなくてはいけない。


 それから山のように積み上がった魔物の死体がさらなる魔物を呼んでいるようだ。

 大氾濫によって大発生した魔物たちは食料が足りていないのか、死んだ魔物の肉を貪り食っている。


 収納魔法で片付けて行くには数が多すぎるし、直接手で触れないと回収できないので危険過ぎる。

 問題だとは思うが放置するしかない。


 そう言えば狼たちはなにも食べていないな。

 魔法生物だから食事の必要は無いのかもしれない。

 その代わりに生み出した時に込めた魔力が無くなると自然と消えてしまうようだ。


 最初期に生み出した狼たちとのリンクはすでに切れてしまっている。

 およそ半日というところだろうか。

 つまり狼の補充は常にしなくてはいけないということだ。


 もっとちゃんとした実体を持った狼を呼び出せないかと試してみたが、必要な魔力が多すぎて実用的ではない。

 それから実体を持たせた狼は影に戻ることもできないようだ。

 とりあえず戦線に投入させておく。


 おおう、強いな。あいつ。

 明らかに他の狼とは動きが異なる。

 なんか木を蹴って立体機動みたいな動きをしてるぞ。


 前言撤回。

 実体を持たせた狼を余裕のある時に増やしていくことにする。


 それから大物への足止めをして、狼の補充をし、昼飯を食って、再び戦線に戻る。


 そんな感じでこの日は暮れていった。




 翌朝からは村人の避難の開始だ。

 俺の要望は村人たちに受け入れられたらしく、まずは未成年の子どものいる家庭から送り届けることになった。

 最初に運ぶことになったのはリュシーの家族だ。


「アンリ、本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だよ」


「ホントのホントに?」


「精霊様に誓って」


 リュシーとその母親を連れてピサンリへ飛ぶ。


 ピサンリではすでに受け入れ体制が整っており、ジルさんと3人のメイドが出迎えてくれた。


 2人を預けて再びアドニスへ。


 休憩を挟みつつ、昼までそれを繰り返して昼飯を食べた後、戦線への狼の補充などを行う。


 それが終わったらまた運送業だ。


 この日に避難できた村人は50名。

 思っていたより効率が悪い。

 だが狼たちの防衛線は固く、村人たちはお互いに食料を出し合ったので、余裕はある。


 問題は財産をなんとか持っていきたいと主張する人たちだった。

 両手と背中に持っていけるだけの荷物を持つことは許している。

 しかし俺にまで荷物を背負って飛んでくれと頼み込んでくるのは勘弁してもらいたい。

 こういうのは一度緩めればどこまで緩んでいくものだ。


 村長の言葉にも耳を傾けなければ、狼の出番である。


 最初は必要になるたびに狼を呼び出していたが、面倒になったので実体化させた狼を一匹村に置いておくことにした。

 俺が村に戻ると駆け寄ってくる可愛いヤツである。

 しかしそれでも村人からすると恐怖の対象であるらしい。

 それ以降は無理なお願いをしてくる人はいなくなった。


 夜は自宅で過ごす。というか泥のように眠る。


 昼間は感じなかったが、やはり精神的な疲労が溜まっているようだ。

 村の守りを疎かにするわけには行かないので、安全を取るならもっと休みながら避難させなければならない。


 二日目からはペースを落として村人たちを避難させていく。


 一方でピサンリにも大氾濫の先陣が届き始めた。

 村に比べれば発生地点から距離があるためか、魔物の数は少ない。

 それでもピサンリは魔物を相手に打って出るようなことはせず、籠城することに決めたようだ。


 ただ防壁に攻撃を仕掛けたり、登ってこようとする魔物もいるので、防壁の上から矢を放ったり、槍で突いたりして撃退している。


 手伝いはいるかとジルさんに尋ねてみたが、兵士たちを逆に混乱させることになるので、と断られた。

 俺としても自分たちで対処できるならそうしてもらいたい。

 ただピサンリにはすでに母さんとアデールがいるので、無理をするくらいなら頼って欲しいところではある。


 九日目になってようやく村人の避難は完了した。

 だがまだ冒険者たちが残っている。

 村に居た冒険者は27名。

 一日で運びきれる数なので翌日に回した。


 一方、村の防衛戦力はやや過剰な状態になっている。

 実体化した狼の数を増やしたのが原因だ。


 だってあいつら一対一で大物とやりあっちゃうんだもん。

 それが今は三百匹以上いる。

 正直、魔物から村を守っているというより、魔物を狩っているという状況だ。


 実体化した狼は食事も必要なようで、斃した魔物の肉を食っている。


 これちょっと増やしすぎたんじゃないですかね?


 とは言え影に戻ってもらうこともできないので、魔物を狩り、人間を守る生き物として森に根付いてもらいたいところである。


 数百年後、大森林は魔狼の森と呼ばれるようになるのであった。

 なんちゃって。


 十日目、冒険者たちをピサンリに運び終えた俺は最後まで残っていた村長と冒険者ギルド長もピサンリに運び、ようやく父さんとリーズ姉を避難させることができた。


 あと村の中に居てくれた狼も土壁の外に出しておきました。


 きゅーんと声を出して付いてきたそうだったが、ピサンリで狼を連れて歩くわけにもいかない。分かっておくれ。


 父さんとリーズ姉を連れてピサンリの領主邸の庭園に着地する。

 メイドたちももう手慣れたものでテキパキと身分証とお金を用意してくれる。


「これでアドニス村の避難は完了ですな」


 最終日ということでジルさんも出張ってきてくれている。


「ありがとう。おかげで順調だったよ」


「感謝の言葉なら旦那様に伝えておきましょう。と、言いたいところですが、避難が終わったらアンリ君には顔を出してもらいたいそうですよ。直接言って差し上げると良いでしょう」


「そうなんだ。領主様はどこに?」


「今は防壁で陣頭指揮を執っておられます」


「なにやってんの!?」


 他にやることがいくらでもあるだろうに。

 そもそもピサンリでの防衛状況は至って順調だ。

 わざわざ領主が前面に出る必要性などまるでない。


 あ、いや、だから出させて貰えてるのかも知れないな。

 危険だったら領主を防壁に行かせられないだろう。


「ご案内いたしましょう」


 恭しく一礼するジルさんに連れられて、俺は防壁の領主のところに向かうことにした。


 ジルさんを連れて飛翔魔術で防壁に降り立ってもいいのだが、兵士たちに余計な混乱を生むかも知れないということで、今回は馬車だ。


「お疲れのようですな。ですが着きましたよ」


 気がつくと馬車は止まっていた。

 いつの間にか寝入っていたらしい。


「ごめん。寝ちゃってたみたいだ」


「十日以上も働き詰めだったのです。当然のことでしょう。もう大丈夫ですか?」


「うん。少し寝たらスッキリした。もう大丈夫」


「では、行きましょう」


 ジルさんに案内されて木組みの足場を上がっていく。

 防壁の上では腕を組んだ領主が満足げな顔で戦況を見守っていた。


「旦那様、アドニス村の避難が終わりましたので、アンリ様をお連れしました」


「来たか、アンリ。この戦況を見てどう思うかね?」


「安定しているかな。でも大物の数が少ないからなんとかなってるって感じもする」


「大物ってのは大型の魔物のことだな。確かにあいつらに防壁に取り付かれたら厄介だ。そうならないように矢で追い返すようにはしているがな。さて来てもらったのは他でも無い。大物への対処。君ならどうする?」


「それは魔法で、ってこと?」


「そうだ。ひとりでアドニスを守りきったその力を見せてもらいたい」


 拒否は許されまい。

 領主は気安く接してくれているが、向こうは貴族、こちらは平民だ。

 家族の生活がかかっている以上、従うしか無い。


「村では狼の力を借りたけど……、とりあえずは一匹狙ってみるよ」


 俺は村での対大物で最初に使ったコンボを繰り出す。


 つまり土の槍で足を止め、岩砲弾で吹き飛ばす。

 上半身を失ったサイクロプスがぐらりと傾いて倒れる。


「サイクロプスを一撃か。凄いな。魔法とやらは」


「一応土の槍で足止めしたので一撃ではないけど」


「だが威力としては後の一撃で十分だったはずだ。足を止めたのは確実に当てるためか?」


「そうだよ。最初に撃ったときに外したから」


「ふむ。だが今のは全力ではあるまい?」


 領主の目がキラキラと輝いている。

 完全に新しいおもちゃを与えられた子どもの目だ。


「でも、全力は……」


 流石に地形を変えるような一撃を繰り出すわけにもいくまい。


「構わん。私が責任を取る。思い切りやりたまえ」


 じゃあ、あんまり地形に被害が出ない方向性で。

 火と水と土は却下な。

 ドラゴンでも召喚してみるか。

 あ、でも消費魔力を考えると難しいし、防壁に被害を出しそうな予感がする。

 これも駄目。

 とは言え領主が見たいのはド派手な大魔法だろう。


 うーん、威力はともかく風系でそれっぽく見せるか。


 俺は収納魔法から杖を取り出し、それっぽく構える。

 実際、この杖には付与魔法で魔法の出力向上などの効果を付けているのでまったくの無意味ではない。


 息を吸う。――吐く。


 魔力を変換し、収斂させ、魔法という形を与える。

 溜める。だが溜めすぎない程度に。

 程良く張りつめたところで解き放つ。


 防壁から100メートルほど離れたところで風が巻き起こる。

 強く、強く、それは竜巻となって魔物たちを巻き込みながら防壁から離れていく。


 巻き上げられた一匹のコボルトが宙を舞って防壁の傍に落下してぺちゃんこになる。


 やっべ、距離感を間違えたか。


 防壁の傍に次々と魔物が降ってくる。

 中には防壁に直撃して轟音を立てる場合もあった。


 しかしそれも最初の間だけ。


 竜巻が離れていくにつれて、こちらに落ちてくる魔物の数も減る。

 そして竜巻が通り過ぎた後には魔物のいない空白地帯がぽっかりとできていた。


「ど、どうかな?」


「……凄まじいものだな」


 領主の顔にも冷や汗が流れていた。


 いや、ごめんね。

 これでも一応手加減はしたんだよ。

 ちょっと距離感間違えたけどね。


 防壁に出た被害は領主が持ってくれるだろう。

 やれって言ったのはそっちなんだし。人死とかは出てないよね?


 防壁の上を見回すと、辺りは完全に静まり返っていた。

 弓を引き絞っていたり、槍を構えていた兵士たちも完全に呆けてしまっている。


「怪我人とかいないかな?」


 俺の言葉に領主ははっとして、拳を振り上げた。


「何をやっている。皆持ち場に戻れ! 負傷者が居たら後送しろ!」


「回復魔法も使えるよ。つまり、怪我とかなら治せるよ」


「それは助かる。ジル、アンリを救護所へ。その後は屋敷に案内しろ。丁重にもてなすんだ。いいな?」


「委細承知しました」


 あ、これ、面倒なことになるパターンや。




----

作品フォローと☆☆☆をよろしくお願いいたします。


また下記作品を連載中です。どれもよろしくお願いいたします!


九番目の貴方へ

https://kakuyomu.jp/works/16818093075077395355

私たちの思う、いわゆる"人類"の存在しない、8種の知的種族が同居する大陸のうち、猿族の国家、煌土国で"宝玉"を巡って巻き起こる騒乱を描いた作品となっています。

完結まで毎日更新予定です。


異世界現代あっちこっち ~ゲーム化した地球でステータス最底辺の僕が自由に異世界に行けるようになって出会った女の子とひたすら幸せになる話~

https://kakuyomu.jp/works/16816700426605933105

タイトルでもう説明不要かと思います。そのまんまです。

しばらく休載させていただいておりましたが、週一くらいのペースでのんびり復帰しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る