第43話 乙女ゲー的攻略法1
「おはようございます、ロザリア様」
「おはよう、アイナ。今日はピクニックに行くから準備するよ!」
「えっ!?」
私は立ち上がって着替え始める。一刻の猶予もない――かはわからないが、これは初めての試みだし、時間はあればあるほど良い。
「家族全員、メイドも含めてみんなでピクニックする! だから、手伝って!」
「ええっ!? わ、わかりました」
このアイナの驚きは、ロザリアのキャラからは想像できない発言からか、いきなり屋敷総出のピクニックの提案からか、どちらかは判別がつかない。
突飛とも思えるこの私の発言には意味がある。
ピクニックはアッシュルートでの最後のイベントだ。主人公がアッシュをピクニックに誘う。このピクニックというのが幼いアッシュがロザリア達家族と仲良く過ごした一番の思い出で、主人公はアッシュとその思い出を再現する形となる。その時、「私はアッシュの姉にはなることはできないけど、家族にならなれるよ」と言ってアッシュを泣かせて結ばれるのだが、私はそれを再現する。結ばれる気はないけれども。
これは乙女ゲー的攻略法である。
あとはこれがどれだけ因果の修正力に打ち勝つことができるか。それにかかっている。
私はアイナを伴って厨房に赴く。
「ロザリア・ブラッドレインが命じます。今日はピクニックのために今からパン作りです!」
厨房にいた料理人やメイドがざわついたが、私に従うことになった。
これが弟のアッシュだったら成立しなかっただろう。日常からパワハラ女と知られているロザリアだからこそこれが成立する。
「食パンをみんなで作るの!」
幸い、この世界にも食パンのレシピも存在し、ドライイーストではないが似たような酵母の粉もあり、パンが作れることがわかった。いや、これまでもこの世界でパンを食べたことはあるのだから、わかったというよりは認識したと言うべきかもしれないけれども。
パンを焼く釜も存在していた。ブラッドレインは領民がいるくらいの貴族なのであって当然かもしれないけど。ただ、しかし、全員分の昼食を賄える量焼けるとは思えない。メイドを集めてパン作りの班と買い出しの班に分ける。真面目に家庭科の調理実習やっててよかった。みんなでパン生地を捏ねて石窯に入れる。
リビングに行くと、父も書斎からリビングに戻ってきている時間だったようで両親二人ともいた。私は食器棚を開け、魔力ポーションを取り出して母が止める前に一気飲みで飲み干した。
「お父様、お母様、今日はピクニックにいきましょう。準備は整いつつあります。今、携帯食を作っています」
「あんた! 高級品のポーション飲みながら何わけわかんないこと言ってるの!? 頭おかしくなった!?」
父が私と母の会話を聞いて笑う。
「たまにはピクニック、いいんじゃないか。最後には行ったのはもう何年もだ」
「まあ……そうですわね。言うからには準備がちゃんとできているなら行ってもいいわ」
私は執事のように頭を下げつつ、腕を胸元に持ってくる。
「お任せください、お母様。お昼前くらいにまたお呼びしますね」
両親からは了承を得られた。とりあえず、この程度の変更なら因果の糸の範囲内であるらしいことがわかる。まあ、ただピクニックに行っただけでは死亡時間がズレるだけだろうけれども。
続いてはアッシュだ。ここが一番重要なところ。
「アッシュ、いる?」
私はアッシュの部屋のノックする。少しして、どうぞと返ってきたので私はアッシュの部屋に入る。
アッシュは窓際に腰掛けて読書をしていた。心ここにあらずというように見える。お付きのメイドはいない。
それにしても、この部屋何もない。何もないというわけではないが、特筆して何かがあるという感じではない。必要最低限のものしかない、みたいな。
いつでも出ていけるように? いや、それよりもいつ追い出されてもいいように、が正しい気がする。
転生前の私には実の弟がいたけれども、弟の部屋は好きなバンドや好きな選手(弟はサッカー部なので)のポスターやゲームやら、まあ色々あって雑多な部屋だ。それに比べるとここは対照的に、がらんとしている。部屋自体も広いというのもあるし、この時代にポスターやゲームもないのだけれども、それでもやはり物がなさすぎる。
「ロザリア姉様、何か用ですか」
本を閉じ、私に視線を向けながら弟は言った。
「もう少ししたらピクニックに行くよ!」
アッシュは顔を伏せながら、
「いや、俺は……」
と遠慮しがちに言った。
これは断られる、と思ったので
「ねえ、たとえばの話なんだけど。たとえば、明日この家に隕石が落ちてきて、みんな死んじゃうとするじゃない? 隕石が落ちて滅んだゴラ村みたいにね。そうなったら、なんで昨日色々やっておかなかったんだろうってきっと後悔するよ。私は、そういう後悔をしない生き方をしたい。いつ死んでもいいというわけではないけれども」
ゴラ村。私の意思とは無関係に出た言葉。ゲームの設定資料にはないが、私――というかロザリアの知識の中にはある。200年ほど前に大きな隕石が落ちて滅んでしまった村。200年という歳月はクレーターに森にするのは容易く、現在はなんかへこんでる森という観光名所になっている。
私としてはギリギリのラインを攻めたつもりだ。惨劇が起こることを知っていることを伝えれば警戒されてしまう。多少匂ってしまうのは仕方がない。でも、これくらい言わなければアッシュは来ない。
「姉様……」
それは、驚いているような、悲しんでいるような、掴みどころのない表情だった。
ふと、まるで涙を流さずに泣いているかのように思えた。
「……わかりました。行きます」
その言葉を聞いて、私はアッシュに微笑みかけた。
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