第41話 明日花とロザリアの透明な部屋4


「本題に入るわよ」

 ロザリアが切り出す。

「アッシュがああなってしまったのは……まあ……あたしが原因ね。ああなった、というのは苦難に立ち向かわずに逃げるのを選択し、あたし達家族――元従兄弟だから血の濃い近親ではないにしても何年も一緒に暮らした家族よ? それを自分の命のために見殺しにする、そんな風になってしまったことね」

「何をしたの?」

 キミパスのゲーム内のアッシュは既に歪んだ後のアッシュで、しかも今よりも歪んでいる。家族を見殺しにした自責の念に囚われて、独りになってしまったアッシュを主人公は支えて立ち直らせるというのがゲーム内でのシナリオだ。ゲームではロザリアは殺されていない。そのように若干の差異がある。アッシュはロザリアを倒した後、つまりロザリアが死んだ後に攻略対象となるキャラである。

 そのため、明日花は現在のアッシュを知らない。自責の念と孤独に苛まれるところからが明日花の知っているアッシュなのだ。最初、アッシュは姉を殺した、というかロザリアは色々な悪事が明るみになって処刑されてしまうのだが、直接的にではなくても姉の死に関わった主人公を恨んでいた。しかし、主人公の優しさに触れるにつれて心を開いていき、自身のトラウマと立ち直るというのがアッシュルートのシナリオである。

「あたしより優秀だからいじめたの。そのせいであたしとの仲は悪いと言っても過言ではないわね」

 さっきまで人を異常者呼ばわりしていたのに、自分はどうなんだ?と明日花は思う。

「最初はそりゃあ仲良かったわ。年の近い従兄弟だもの。養子になって家に来てからも仲が良かった。魔法の才能が私よりもあることがわかるまではね。中学生くらいまでのこと。それまではあの子、あたしのことお姉ちゃんと呼んでた。中学になったら、アッシュはあたしの魔力を凌駕した。それだけじゃなく、魔法の使い方も一流。血の魔法は受け継いでいなくても、私は怖くなった。あたしがこの家を継ぐものだとばかり思っていたから。だから、私はアッシュの自尊心を徹底的に折った。そうすることであたしは自分の立ち位置を守った」

「具体的にはどうしたの」

「魔法だけ使えてもしょうがないとか、魔法ができても勉強はてんでだめねとか、血の魔法を継いでないあんたには価値がないとか、そんなネチネチした口撃ね」

 うわぁ、ロザリアならやりそうと明日花は思った。実際やっていたのだが。

「実の弟ではないにしろ、家族にそんなこと言えるのおかしいよ。性根がねじ曲がってる」 

「うるさいな。わかってるわよ。でも、明日花、あんたにはわからないでしょうね。あたしはブラッドレイン家の自負を持つように育てられた。誇り高きブラッドレイン家。当主になるべくして育てられた。なんとしてもアッシュにその座を取られるわけにはいかなかったの。まあ、結局嫁ぐことになったから関係なくなっちゃったけど」

「え? 嫁ぐ?」

 明日花にとっては初耳だった。ロザリアが婚姻関係にあったなんてどこにも書かれていなかった。

「ゲームでは主人公の攻略対象の一人みたいね。バレス国第三皇子、ガブリエル・ハートが私の婚約者」

「それ、キミパスの正ヒーローだよ!?」

「そうなの?」

 ロザリアはそのことの重要性をわかっていない。それが意味するのは、ロザリアは今後婚約破棄をされるということだ。それでゲームでは主人公、ネモフィ・ブライトに当たっていたのか。明日花は腑に落ちる。

 ――ゲームでは一方的に付きまとわれて困っている、とガブリエルは言っていたのに……。

 ゲームではロザリアとアッシュの二人が生き残っている。しかし、両親は死に、遺産は残ったものの事業は立ち行かなくなり、婚姻を結ぶことにメリットがなくなり婚約破棄に至ったのだろうと明日花は推測する。

「家柄同士の釣り合いは、まあだいたい取れているわ。ブラッドレイン家はかつての騎士の家系で家柄もよく、事業も成功していて金がある。第一王子では無理だけど、第三王子であればね。それはともかく、アッシュのことよ」

 ロザリアは椅子から立ち上がった。

「アッシュを救ってほしいの」

 ロザリアは二人を隔てる格子に向かって歩き始める。

「これはあたしには絶対できない。身体の主導権を握ったとしてもね。あんたにしかできないことだと思ってる。都合のいいことを言っているのはわかっているわ」

 明日花も格子に近づく。二人の距離は、1メートルもない。お互いに相手の瞳を見ている。ロザリアは訴えかけるような眼差しをしていた。

「明日花、あの子を救って!」

 ロザリアは格子を掴んで、そう叫んだ。

「ロザリアはどう思っているの? これまでいじめ抜いたんでしょ?」

「家族をいじめて楽しいと思ったことはないわ。でも、あたしは負けるわけにはいかなかった。あの子が、魔法の才能さえなければ、きっと今頃は仲良くやっていけていた。あたし以上の魔法の才能があったことが不運なの。誰も悪くない」

 かなりロザリアは悪いだろ、と明日花は思ったが口には出さない。

「本当は……本当は、あの子に昔みたいに笑っていてほしい」

 それを聞いて明日花を微笑む。

「それだけ聞ければ十分。私に任せて」

 明日花は決意する。アッシュを救う、と。

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