第37話 観測: 狐と竜、消失した世界線

「僕に勝ち目はない、やめよやめよ。僕無駄なことはしない主義やねん。いや効率主義というわけやないけどな。たしかに、ちょっと前まではやる気あったで。敵意、むき出しやったろ。すまんなぁ、僕気が立ってただけやねん。商売に最適な場所だと思ってたのに先客がおるんやもん。しかも、占い受ける気ぃはなさそうやしな。いやーほんとすまんかった。すません!」

 キキリは恥を知らぬ土下座を始める。人気のない場所とは言え、流石にユーリもそこまでしなくていいと止める。が、止まらない。土下座運動である。

「というわけでな一緒にこっから出よ。な? 僕は基本平和主義なんや。暴力反対。さーここから出よ出よ」

「ああ……」

 と、ユーリは危うく口車に乗せられてしまうところだったが踏みとどまる。

「いや、一緒に出るわけにはいかない。出るなら一人で出てくれ。勝ち目がないのもわかっているだろ」

「そうかー。そうやな。一緒に出るわけにはいかへんもんな。僕が出る。それでええやろ」

 キキリは土下座をやめ、立ち上がりながら言う。

「なあ頼むで、後ろ振り向いた瞬間に魔法打つのとかはやめてくれな。これからな、後ろ向くで。去るためや。なあ、これフリとちゃうで。大丈夫か?」

「俺はそんな真似はしない……」

 ユーリはうんざりしながら言った。

 キキリは後ろを向いて数歩歩いたところで、振り向き様にいつのまに拾ったのか、小石を投げつけてきた。その小石がユーリの頭に直撃する。多少血が出たし、何より痛い。

 ユーリを怒らせるのには十分だ。

「大人しくしてろ」

 再び衝撃波の魔法。今度は複数生成し、横長の形になるようにする。さっきのように身体をよじってもどうにもならない。

「ほっ!」

 ところがそれをキキリはリンボーダンスの要領で避けてしまう。

 これにはユーリも気づく。キキリには魔法が見えているのだと。

「魔法使い……なのか!?」

「ならとっくに魔法使っているやろ。小石なんて使わずにな」

 それはそうだ、とユーリは思う。

「なら、見えていてもいなくても関係ない方法だ。追尾しろ!」

 衝撃魔法を二つ生成し、曲線を描くように飛ばし、追尾させる。

 見えていてもこれは普通避けられない。避けたところでまた向かってくるので、魔法で防ぐのが最善だ。

 しかし、キキリにはそれができないはずだとユーリは考える。

「ならこうや」

 キキリは当たる瞬間、一歩下がった。すると、二つの衝撃波がぶつかり合って消えてしまった。

 そんなこと起きるはずがない。ユーリはそうならないように操作しているのだから。

「僕の方でちょっと因果の糸を操作させてもらいましたわ。魔法にもあるねんなぁ。さっきの状況だと僕に当たるか、相殺して消えるかは結構紙一重やろ。距離的にはな。それくらいなら糸の操作できる」

「別の可能性の結果を引っ張ってくる、みたいな能力か。なら、もう当たるしかないくらいの量で

 ユーリが言い終える前に、咆哮。

「グガァァァァ」

 人間ではない。耳をつんざくような叫び声とともに衝撃音。城壁が崩れる音。崩れる城壁の隙間から現れるは、赤い鱗のドラゴン。

「ドラ……ゴン?」

 ユーリは初めて見るその巨体に驚いていた。人間より少し大きな熊でさえ人間より強いのに、十倍以上ものあるこのドラゴンはどれほど強いのか。魔法が使えるからと言っても勝負になるのか。考えたが答えは出ない。

 ――キタキタキタ!

 キキリが心の中で歓声を上げる。

 もっとこっちに来い。僕が因果の糸を操作して――

 と、ここで世界は突如として終わる。正確に言えば巻き戻るために消失する。ロザリアが死んだことで、この世界線はなかったこととなり、キキリの努力も、ユーリの恐怖も、ただただ茫洋とした時空の狭間に消えるのみ。

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