第38話 消えたアッシュ・ブラッドレイン

「おはようございます、ロザリア様」

 残り魔力5。ヤバい。魔法を使わなければあと5回はできるが、そうでない場合、あと一度か二度の死に戻りが限度だ。魔法を使えば使うほど死に戻りした時の消費量が増える。

 今回の周回はきっと捨てることになる。まずは弟のアッシュ・ブラッドレインの動向を探ることが優先だからだ。

 となると、ニャリ・ロゴナスとの戦えるのは一度きりと考えていい。戦ったらもう魔力は空になる。

「アイナ、頼みがあるの」 

 朝食を済ませてからアイナに切り出した。

「その頼みが不快でなければいいのだけど」

「なんでしょうか。できる限りは致しますよ。たとえば、魔法を使えるようになってほしい、というような無理なお願いでなければ大丈夫ですよ」

 そう言ってアイナは私に笑いかける。

「弟の監視をお願いしたいの。弟に気づかれないように」

 やはり、アイナが渋い顔をする。なんとなくはそんな気はしていたのだ。

「なるほど……。もちろん、ロザリア様の仰ることでしたら実行致します。ですが、差し支えなければ理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 私は自身が死に戻りをしていて、ブラッドレイン家に凄惨な事件が起きることを説明した。半信半疑になるのはもうわかっている。しかし、アイナに私の真摯な気持ちは伝わっているはずだ。

「わかりました。ですが、アッシュ様の部屋に入ったりは難しいと思います。不自然でもよろしいのであれば、一度くらいはできるかもしれませんが……」

「そこまではしなくて大丈夫。どこに行ったか、何をしているかを教えて。逐一でなくても構わないから」

「わかりました。アッシュ様お付きのメイドにそれとなく話を伺ってみます」

 そのようにしてアイナを派遣して部屋で待っていた。「ソワソワしているように見受けられます」や「少し苛立っている様子が見られます」などの報告。怪しい動きはないようだ。

 魔導書を読んで調べてみた感じ、連絡魔法というのは珍しいようだ。ここの世界は魔法を習得するのではなく個々の固有魔法を伸ばしていくものなので、汎用魔法は存在しない。魔法で簡単にテレパシーのような通信はできない。電話にしても同様。

 なので、アッシュがもし敵と内通していた場合、連絡手段は鏡を使って光で簡単な合図を送ることや、それと似た方法なら魔法で目立つものを生成して簡単な合図を送る、複雑な文章であれば鳩に文を仕込ませるのが一般的だろう。

 アイナがアッシュのお付きメイドに聞いてみたところ、それらの合図は来た様子がないので敵との内通はしていないんじゃないかと思う。

 襲撃の一時間前。アッシュが部屋の外に出て、ある部屋に入ったという情報がアイナから伝えられる。20分以上は出て来ていないらしい。それが書斎や倉庫なら長時間入っているのもわかるが、応接間である。

「ここなのですが……」

 アイナに案内してもらい、私も応接間の扉前に赴いた。

「まあ、応接間なら私が入ってもいいでしょ」

 と、中に入ってみると誰もいない。あれ? 探し回ったが姿形もない。隠れられそうなスペースも開けてみたのだけど、そこにアッシュが隠れているということはなかった(実際食器棚に隠れていたら、私が逆に困っていただろうが)。

 応接間を出てアイナに言う。

「いなかったよ。もしかしてすれ違いになった?」

「いなかったのでしたら、そうかもしれません。探してみます」

 そうして探してもらうが、アッシュは館内から発見できなかった。窓から逃げたのだろうか、とも思ったが、そんなことするよりも最初から何かの用事を作って出掛ければだけの話だ。

 襲撃の時間が近づいてくる。私はアイナとアッシュを探し始める。アイナにはもう隠れていてもらわないと困る。アッシュは見つからないかもしれないが、手がかりがほしい。この死に戻りのループから抜けるために。

 アイナ、どこ? どこまで探しに行ってる? 屋敷は広い。私は焦り始める。アッシュも見つからない。もう外に行ったのか? わざわざ応接間の窓から? それは不自然だ。

 十分前。もう時間がない。アイナはしょうがないと諦める。死に戻りすれば、この時間は巻き戻る。それより私は違和感があった。応接間。それは、応接間からの逃亡が不自然ということだけでなく、何かを忘れているような。

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