第36話 観測: ユーリのその後

 ユーリには因果の糸が見える。常に見えているわけではなく、見ようとする意思がある時だけ見ることができる。わずかに魔力も消費している。

 左手薬指には赤い運命の糸が結ばれていて、それが運命の人に繋がっている――因果の糸はそんな甘ったるいものではない。因果の糸は頭やお腹、腕から伸びていることが多く、ユーリに見えるのはほんの少し先まで伸びていることだけだ。人間から生えるにょろにょろした白い糸をユーリは美しいと思ったことはない。多くの人間が不気味だと思うことだろう。

 キキリともなるとその伸び方や方向、太さなどによって何かが読めるのだろうが、ユーリにはそのような才能はない。

『因果の糸がないからお前はこの世界に縛られない。だからお前はこの世界の破滅をぶっ壊せるってわけなんだよ』

 破壊の賢者から言われた言葉を思い出す。

 身の丈を優に超える杖を持った――いや、その少年にしか見えない風貌の破壊の賢者こそが小さかった。

ユーリは彼とは現実世界、つまりこの世界で会ったわけではない。明日花がロザリアと会った時のような、言わば幻想世界というべきか、そんな場所だった。

『まあ、お前だけじゃあないみたいだけどな』

 それを聞いた時、ユーリは少しがっかりしたというのは否めない。

「それは仲間なんでしょうか」

『お前と同じ転生者だ。敵の可能性もある……かもしんない。まあとにかく守れや。あとから敵だったとしてもそん時対処すりゃあいいだろ』

 そう言われてから半年が経っていた。見つかることはないかもしれないと思い始めていた時、ユーリは因果の糸の見えない女、ロザリアとめぐり逢った。どのようにして声をかけようかと思っていると、危険な路地に入り込んでいくので追いかけたのだった。

 さて、そのようにしてユーリはロザリアと出会い、わかれた。

 彼にはある使命があった。そのため、彼は北西の城壁の近くまで向かった。そこで彼は待つ。

「なんや、今日で二人目なんやけど」

 待っていると男の声がした。狐耳の目立つ長身の、細い目が胡散臭い男。彼はキキリと言う。

 彼はロザリアに名乗ってもユーリには名乗らない。

「あんたも因果の糸ないねんな。どうや、占ってやろうか? えーと、あんたはそこまで金持ってなさそうやから1000エルでいいで」

「占いは興味ない」

 ユーリがつれない態度を取るのには男と話すのが嫌なのではなく、キキリから強い敵意を感じているからだった。

「そーかそーか。じゃあ商売の邪魔や。退いてくれんか?」

「それはできない相談だな。道理で言えば、あとから来た者が引くべきだろう」

 両者ともに睨み合う。一触即発。お互いに手を出せない――いや、キキリからは出せない。

 キキリは、ユーリに対して勝ち目がないことがわかっていた。

 ――僕は魔法が使えるわけでも、体術が抜きん出て優れているわけでもあらへん。

 なのでこの拮抗している状態がちょうどよかった。

 キキリは時間さえ稼げればいい。

 しかし、ユーリも馬鹿ではない。それを見抜き、

 ――とりあえず攻撃してみるか

 そんな軽い気持ちで魔法を唱える。

「砕けろ」

 衝撃波の魔法。衝撃波というのは目に見えない。魔法使いで魔力探知の優れるものであれば、その魔力の残滓から軌道が読み取れるかもしれないが、キキリはそうではない。

「おっと」

 ユーリは当たると思っていたが、キキリはまるでドッチボールの球を避けるかのように身体をくねらせてそれを避ける。後ろの壁に衝撃音とヒビ。

「あっぶな。こんなん食らったら肋骨骨折するでぇ? 殺人鬼や殺人鬼!」

「肋骨の骨折くらいでは死なないと思うが……」

「てなわけでな、降参や降参。ちょっとあんた思ってたよりかなり強いわ」

 そう言ってキキリは両手を上げて敵意がないことを示す。

「はあ?」

 さっきまでやる気はどうなったのだ。ユーリも呆れた。

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