第35話
数秒思案した後、ユーリは言った。
「すまない、それはできない」
「え!?」
私は驚いて手を引っ込めた。だって、助けてくれると言ったし、私は彼に会えたことが運命なんだと思っていたから。
「ど、どうして?」
「俺はこの街で今日やることがあるんだ。それは何よりも重い。ロザリアの家に同行した場合、それに間に合わなくなる。君がこの街にいるのであれば守ってあげられるのだが……」
それではダメだ。私だけ生き残って何になる? 私は、本当の家族ではないけど、みんなが殺されるのを黙って見ているわけにはいかない。
「家族をこの街に連れて来るのはどうなんだ? ……この周回ではもう間に合わないが」
「それだときっと、殺される時間がずれるだけかもしれない。眠っている時に宿が襲われるとか」
両親に死に戻りを話して殺されることを伝えたら、私は精神病院へ送られた。多分、逃がすためだと思うけれど。その時も時間はずれたけれど、結局殺された。
「それに、因果の修正力によって家族が来てくれないだとか、用事があって家に戻る――そんなことが起きそう。たとえ、それがうまくいってもきっと家のメイドは全滅だと思う。それじゃダメだ。きっと自分が許せなくなる」
光明が見えていたのに、それは勘違いだった。砂漠に浮かび上がる蜃気楼のオアシスのように、儚く消えてしまうもの。
絶望。私は振り出しに戻ってしまった。私にはもうあまり回数が残されていない。無駄な死に戻りは――なかったと思ってる。私が強くなるのにそれは必要だった。私が強くなることを選択したこと自体が間違いだったのか? わからない。答えなんて出るわけがないのに、自問してしまう。
詰みかけている。もう、詰んでいるのかも。
「随分ひどい顔をしているな。この世の終わりという感じだ」
私は絶望の表情を浮かべていたためか、ユーリがそう言った。
あんたのせいでしょ――そう言いかけて口の中に留めた。どこもユーリのせいではないからだ。きっとユーリは説得できない。もっと前に会っていて、私のために全てを捨てさせることができるのなら違うかもしれないが、それには時間が足りなすぎる。あるいは、時間がいくらあっても不可能かもしれない。
私はこんな顔を見られたくなくて、うなだれた。アイナが心配そうに声をかけてくるけど、ほとんど耳に入ってこない。
「ロザリア、君は忘れていることがある。きっと、無意識なんだろう。まだ諦めるには早いと俺は思う」
顔を上げて、私はユーリに向き直った。
「忘れていること?」
「忘れているのか、避けているのかはしらないが」
「それは何?」
「アッシュ・ブラッドレイン。君の弟のことだ」
キミパスの攻略対象でもあるアッシュ・ブラッドレイン。私の血の繋がっていない弟。
たしかに、弟に対して私は何も試していない。存在を忘れていたわけではないが、これまで試そうと思わなかった。
「意識的でないとしたら、それは君というより――」
そこでユーリは言葉を濁した。私には意味がわかった。
私、明日花の精神ではなくロザリアの影響だ。
「完全に無意識だった。無意識で避けていた、というか関わらないようにしていたのかも……」
「ロザリアの話を聞いて、弟ぎみが殺されているところを見たことがないことに気づいた」
そうだ、私は両親が何度も殺されているところを見たけれど、弟の死体を一度も目にしていない。
「逃げているのか隠れているのかはわからないが、一度も死んだのを見てないというのはそれだけで何かがおかしい」
「アッシュ様が犯人の仲間だと言いたいのですか?」
アイナは怒りを抑えながら言った。
「そうは言っていない。ただ、弟ぎみがこの惨劇における何かの鍵を握っているのかもしれない。諦めるのはまだ早いということだよ」
私に希望が湧いてきた。まだやれることがある。
まだ詰みじゃない!
「ユーリ、ありがとう。私、あなたに会えて本当によかった。ユーリと会わなければアッシュのことを意識の隅に置いたままだったかもしれない。そうとわかれば早く戻らなきゃ!」
私は立ち上がって荷物をまとめる。
「また会いましょう。今日のことはなくなってしまうと思うけど」
「きっと、また会おう。俺が覚えてなくても」
私とユーリは空のコーヒーカップで謎の乾杯をした。本当に謎。
そのようにして私達はユーリとわかれた。
帰りの場所の中。
私は追加で買った透明魔法の魔導書を読んでいる。対策と傾向を学んでおくことはテスト以外にも役に立つ。
とりあえず重要そうな部分。基本的に透明の魔法はオートでされ続けるものではなく意識的に対象を選ぶ必要がある。これが何を意味するかというと、簡単に言えばペイントボールをぶつけられたら塗られたペイントを透明化するか、透明化を解除して全身を再透明化しない限りは残り続ける。
「振られちゃいましたね」
ふと、ぽつりとアイナが言った。
「ほんとそれ。あーあ、来てくれれば簡単に解決しそうだったのに」
「でも、私はロザリア様が元気でいてくださって本当によかったです」
「へたれると思った?」
「多少は……」
「私は何度も死んでいるんだからこんなことでは折れないよ」
私はアイナに笑顔を向ける。死に際のすごい苦しみだって何度も味わってきた。
「これから、本当に惨劇が起きるんでしょうか」
「魔導書を使うのは初めてなの。だから、もしかしたら余裕で勝っちゃったりしてね」
そうなるといいなという願望強め。でも、そんなことは悟らせない。私は勝つ、という気持ちでいる。
馬車が着いたのは襲撃時間すぎで、私はアイナにどこかに隠れるように言って屋敷に入る。
魔導書の力は絶大――とまでは行かないが、手下は魔法で余裕。弟を探し回ったが見つからず、ニャリに出会うと彼女は魔導書を持った私を余裕で倒したのだった。
余裕で倒し倒されなのでプラマイゼロ、なんて言えるわけがない!
そしてロザリアの弟、アッシュ・ブラッドレインと向き合う時が来たのだ。
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