第31話 お前は俺が守る

 私とアイナは魔導書店にやってきた。

「ロザリア・ブラッドレインです。予約した魔導書を受け取りに来ました」

 老婆は私に目を向けるとカウンターの下から魔導書を取り出し、説明を読み上げた。

「注文の品はこれで相違ないな?」

「はい。加えてなのですが、透明の魔法について書かれている魔導書ありますか? 教養として対処法を身に着けておこうと思うのですが」

「ああ、あるとは思うが、まさかお前さんが勉強するということなのかい!?」

 驚かれている。以前の傲慢なロザリアは勉強などして来なかったということだ。

 老婆は立ち上がり、後ろの本棚から魔導書を探す。数分もかからぬうちに見つけ出し、予約した魔導書の横に置いた。

「合わせて2万3000エルだ」

 財布から2万3000エルを取り出して支払う。

「ところで、最近魔導書を盗む者がいると聞いていますが」

「ああ、そうらしいね。警備兵も手を焼いているようだ。どうやら実行役は貧民街の子供のようだね。まあ、成功例は低いようだし、いくら盗みがうまいと言っても魔法の初学者でもなきゃ盗めない。一流の魔法学校に入れたお前さんなら大丈夫だろ」

 あの、一流魔法学校にいながら盗まれたやつここにいます。

 店を出て、馬車への帰り道。人混みの中で一周目と同じように魔導書が盗まれる。鞄を切られて中身を取り出されていたのだ。

「アイナ、魔導書盗まれちゃった」

「ええ!?」

「でも大丈夫」

 そう言って私は顔の横で人差し指を立てる。特に意味はないけど。

「血を付けておいたから」

 少量の血を生成し、予め付着させていた。5m以上距離があると操作はできないけれど、探知は遠くてもできる。ブラッドランスを木に当てて色々試していた時、部屋に戻っても木に付着している血から自分の魔力の残滓が感じ取れた。どこまで遠くまで探知可能かはわからないけど、追っていけばそう離れることもあるまい。

「場所がわかるってことですね?」

「そうそう。追うよ!」

 少しずつ、遠ざかっていく。こっちはアイナを連れているのだからしょうがない。遠ざかってはいるが、まだ探知はできる距離だ。

 私達は大通りを抜けて、路地へ。そして路地から路地へ。キキリのいた、アイナが近道に使った路地とは比べ物にならないほど不気味で入り組んでいる。人気はないのに、そこら中から視線は感じる。犯罪率の高そうな地域だ。

 ふと、誰かが後ろをついてきている気がした。時折後ろを見てみるが、姿はない。私は足音が路地に反響しているだけかもしれないと思うことにした。

 15分くらい追っただろうか、光の差さない陰気な広場に出る。そこには一周目の時、私の魔導書を奪ったポニーテールの少年と何人かの男達。

 少年と男達は揉めていた。

「おいおい、そんな安いのはあんまりじゃないか! 俺だって苦労して手に入れてきたんだぞ!」

 と少年。

「こっちだって闇ルートで捌くんだ。手数料がいるだろ。金になるだけ感謝しろ、クソチビが」

 男達の中心にいた男が少年にそう返す。

「クロード・ヴィネ」

 私は思わず呟いていた。

 クロード・ヴィネ。金髪の眼鏡で、目付きの悪い男。小悪党だ。何かと悪巧みをする男で、何人かのルートで彼は現れて悪事を働き、主人公が懲らしめる。学生ではない。毎回「覚えていやがれ、クソヤロー!」と捨て台詞を残して去るこの男は、案外人気があった。陰気なイケメンの割に過去に陰があるわけでなく、アホっぽいところにギャップ萌えがあるのだろうか?

「俺を知っているのか? 俺はお前のこと知らんが」

「有名人ってことなんじゃない?」

「なるほど、たしかに俺は悪い方に有名人になりつつあるのかもな」

 ニヤリ、とクロードが笑う。

「それで、護衛もなしにお嬢ちゃん、何の用だ?」

「魔導書を返してもらおうと思って」

「盗まれる方がわりーんだ!」

 舌を出しながら挑発するように少年が言った。

「こいつの言う通りだ」

 そう言ってクロードは少年の頭にぽんと手を置いた。少年は嫌なのか手を振り払った。

「まあ、それなら話は早い。そうだなぁ、この魔導書なら……二つ合わせて5万エルでいいぞ」

「は?」

 何言ってるんだこいつ?

「俺への取り分は?」

「お前には500エルだ」

「おい、ふざけるな!!」

 少年とクロードが揉め始めた。少年、ふざけるなというのは私の台詞だ。

「お取り込み中のところ悪いのだけれど、それは私のなの。お金を払う必要はない。でしょう?」

 クロードがニタァともニヤリとも違う、不気味な笑いを浮かべて言う。

「いいや、違うねぇ。もうこれは俺達のものだ。とすればあとはこれを売るか、諦めるかの二択だ。買わねえと言うならすぐ立ち去りな。俺も優しい男でな、見逃してやるくらいはできる」

「人のものを盗むように指示する男が優しいわけないでしょう?」

「ロザリア様!」

 アイナが私の袖を掴みながら言う。なんかミスった!?

「いんやぁ、優しいぜ? 殺さないでおいてやる、と選択肢を与えたんだからなぁ! お前は拒んだぁ! 言質は取ってるぞ! 野郎ども、殺せ」

 ミスってた。

 しかも男達は全員魔法使いだ。手持ちの魔導書を開き、魔法を唱える。火や風、水というような基本元素系の魔法が作られて、私に向けて飛ぼうとしている。

 ヤバいヤバい。どう考えても私が血の盾を作っても防げない。もうわかりきってる。せめて一つの魔法でなら盾で防げる――とまでいかなくても威力半減程度にはなるかもしれない。しかし、それが5つだ。無理無理絶対無理。

 せめてこの子だけは、とアイナを抱きしめて庇う。

「――砕けろ」

 私はアイナを庇っていたから見えなかったが――何の衝撃も来なかった。見上げると黒尽くめの服、長髪でかきあげ前髪にしているイケメン。どこか冷たい印象を受けるけれども、それは切れ長の目が綺麗すぎるからかもしれない。美しいものは近寄りがたく感じるものだ。

「お前は俺が守る」

 いや、私全くイケメンから守られるフラグ立てた覚えないんですけど!?

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