第30話 一周目をなぞって狐男との再会2

「いや、売る。そう、ロザリア嬢はよく僕をわかっていらっしゃる。5000エルと言い、因果律が見えないことと言い――けど、心を読めるわけやないんやろ? そう、5000エルはロザリア嬢を一目見て踏んだくれると思った額なんや! ロザリア嬢はなんで僕が売ると思った?」

「あなたは金が大好きだから。そして、5000エルという大金を払うとなればその分の働きはしてくれる――そういう奴だと思っていたわ」

 庶民は手が届かないと言われる魔導書が2万エルであることを考えると、5000エルは大金である。

「ご明察。怖い女やのぉ、あんた。僕と初対面とは思えへん」

 その通り、初対面ではない。まあまあ長い時間話した仲だ。一方的な仲だけど。

「まあ、ロゴナス家は隠すほどの一家じゃない。獣人の中では広く知れ渡る暗殺一家や」

「アイナ知ってる?」

「いえ、知りませんでした」

 アイナは首を振った。

「人間達が知らないのはしゃーない……のか? ちょっとわからんな。あれは人間にとっても脅威だと思うけど。獣人は誰でも知ってる、というわけやないけど、悪いことをするとロゴナスに殺されちゃうよ、みたいな親が子供に言い聞かせる時に使われるような、多少伝説的な存在やな。暗殺家業の一家なんてそんじゅそこらにあったら困る。まあ、ただ実在してるんやわ」

 ゲームではニャリ・ロゴナスしか出てきていないし、暗殺家業の一家だなんて設定はなかった。なかったというか、語られてなかったのだけかもしれないが。

「ニャリ・ロゴナスについては何かわかる?」

「ああ、わかるで。ロゴナス三姉妹の次女や」

「次女? 姉や妹がいるの?」

 あんなのが何人もいるなんてたまったもんじゃないんだけど。

「ニャラ・ニャリ・ニャルの三姉妹。ロゴナス家は基本金で動くんやけど、一応個性があってな、金とプラスアルファなにかで動くんや。父親――名前は知らんが信条、母親は義理、長女は快楽、次女は金、末っ子は知らん、という感じや」

「プラスアルファが金って被ってない?」

「金が好きちゅーことなんやろ」

 キキリは投げやりに言う。

「なら、あくまで喩え話なんだけど、次女のニャリに狙われているとして、倍額積めば逆に依頼してきた奴を暗殺するように頼めないかな。お金好きそうだし」

 私だって穏便に解決するならそうしたい。いきなり襲いかかられることしかしてないので試せてはいないけど。

「いくら金が好き言うても、そりゃあ無理や」

 笑いながらキキリが言う。

「信用第一や。特に暗殺家業なんて信用第一で努めな、逆に恨みを買って殺されてまう。僕かてそないな真似はせぇへん!」

「あんた占い師でしょ」

「たとえば、今こうして占い……いや占ってないな。まあ占ってないにしろ、この情報を別のお客さんが来てな、1万エルを出すからロザリア嬢にその情報を渡すなと言われたら……そりゃもう……僕は信用第一やからな、いやはやどうしたもんか」

「悩んでるじゃない!」

「冗談や。金の方が大事や。1万エル払ってくれた方の言うこと聞くで!」

「信用は金では買えないわよ」

 どこまで本当なのかわからないが、倍額払えばこいつは別の方の言うこと聞きそうな感じがあるのはたしかだった。

「ロゴナス家へ誰が依頼したかを調べることは可能?」

「無理やろなぁ。信用問題に関わる」

「そりゃそうよね」

 私はちょっとがっかりする。

「ロザリア嬢、あんたロゴナス家の誰かに狙われとるんか? いや、狙われてるのがわかったとしたらもうそれは死んでる頃や。気づかれて死んでないなんてヘマはせぇへんやろしな。よう知らんけど、おもろい状況になってそうやな」

「狙われていたとしたら、なにか有効な手はある?」

「あるで!」

 元気よく言ってきたので逆に信用ならない。

「なんまんだぶなんまんだぶと唱えるこっちゃ。もう死ぬの確定やからな。せめて極楽浄土に行けることを祈るんや」

 ほら、しょうもないこと言ってる。というか、『なんまんだぶ』は仏教由来だと思うけどこっちにもあるのか?

「真面目に。5000エル分の仕事はしてよね?」

「そやな……」

 キキリは考え込む。キキリにとってはあくまで仮定の、突拍子もない思考ゲームにしか過ぎないはずなのに結構真面目に考えてくれているらしい。

「奴ら、猫の獣人やろ。一家全員猫、たしかそやったはずや。なら、一個だけある。有効かは微妙やし、それをすれば逃げられるもんでもないけど、一瞬だけ注意を逸らすことくらいはできるはずや」

「それは?」

 思ったより重要そうな情報かもしれない。あの化け物相手に一瞬だけ隙を作れるということなのだから。

「ねずみとか猫じゃらしとか、そういうすばしっこいのに目が奪われてしまう。猫やからな。もちろん、成人した猫獣人なら飛びつくことはないけど、目で追ってしまうやろなぁ。習性や。狐の僕が油揚げが隙なのと同じや」

 油揚げを思い浮かべたのか、キキリは笑顔になってよだれを垂らしている。

「油揚げ、あるの?」

「おばあちゃんによく作ってもらったもんや」

「アイナは知ってる?」

「いいえ、聞いたこともないです」

 獣人達は若干東洋の影響があるのかもしれない。なんまんだぶなり、油揚げなり。この世界に東洋があるのかは知らないけれども。

「ありがとう。5000エル分かは微妙だけど、情報もらったわ」

 私達が立ち去ろうとすると、

「あ、待ってや。もし、仮に本当に狙われていたとしてやけどな。もし相手を殺してもロゴナス家から報復が来るし、撃退しても次のチャンスが伺われる。失敗なんて大恥やからな。というわけで対処療法じゃなく、根本治療が必要やと僕は思うで」

「たしかに、それはそうね……」

 もうやり直しできる回数少ないのに、難題が上がってきた。

 復讐の連鎖を繋いでしまうのは避けたい。今日を乗り越えてもまた暗殺されそうになったら話にならない。

「ちょっと色々考えてみる。じゃあ、また機会があればね」

 私達はキキリのもとを後にした。

「毎度〜! 5000エルくれればいつでも誰でも占い大歓迎やで〜、またよろしゅう!」

 路地を抜けようとしたところで、大きな声で見送られた。今回は、前みたいな嫌な気持ちにはならなかった。些細な、けれども重要かもしれない情報は得られたから。

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