第29話 一周目をなぞって狐男との再会

「ねえ、アイナ。魔導書を盗むのってどういう奴らなの?」

 城壁都市ウォールへ向かう馬車の中で、私はアイナに聞いた。

「下級市民か、組織的な犯罪グループですね。下級市民の場合、魔導書によって魔法が使えるようになりたいからです。組織的な犯罪グループの場合は金目当てですね。闇で売りさばくとなると、下級市民では難しいですから」

「魔導書店から出てくる人間に目星をつければ盗み放題じゃない?」

 私が一周目、死に戻り前に引っかかった手だ。そのまま盗まれて、人混みで追えずにどこに行ったかわからないままだった。

「そうです。ですが、魔法使いであれば何らかの対策はしますから」

 魔法が使えれば余裕か、と確かに思う。今なら私はいくらでも対処法がある――はず。多少は魔法の心得があるようになったので。

「ロザリア様なら大丈夫ですよ。前に盗まれそうになった時も血の魔法で奪い返していたじゃないですか」

 多少不安なのは、それが今よりもずっと優秀なロザリアだったということだ。一割程度の実力しか出せていない気がする。体術は10倍近く私の方が上かもしれないけど。

 不安の種はまだある。魔力残量問題。ポーション飲んでくるの忘れたので魔力10。

「だといいけれど、ね」

 本音。ほんと、うまく行ってほしい。すべてが。

「そういえば下級市民って何?」

 ゲーム内では下級市民という設定は出てきていない。まあ、主人公の周りはみんな魔法の使える、しかも貴族ばかりだからだと思うけど。

「魔法の使えない、労働階級の市民になります。下級と言っても、そこまで虐げられているわけではないですけどね。貧困が多いのと、魔法が使えないのでできる仕事が制限されるというところでしょうか。私はロザリア様のメイドで幸せですよ! もっとひどい仕事もいっぱいありますから……」

 なるほど。ロザリアにいじめられていたことを差し引いても、やめていないことから悪くない仕事だったのだろう。しかし、その勘定に死は入っていない。私のメイドでいてもらうためにも、入れさせない。

 ただ、ロザリアのお付きが良い仕事と思える程度には虐げられてきたのだろうなと思う。差別もきっとある。ハリーポッターの世界みたいに露骨ではなさそうだけど。

「下級市民はどれくらいいるの?」

「バレス国では3,4割くらいでしょうか」

「結構いるのね。前から思っていたけど、結構アイナって色々詳しいよね。学校行ってたりしたの?」

「学校!?」

 驚いてアイナが言う。

「そのような場所は魔法が使える者しかいけませんよ! 私なんて……恐れ多い。読み書きや知識はヨライさんから教わりました」

 聞き覚えがある名前だった。たしか、メイドの中にそんな名前の者がいたように思う。

「詳しいだなんてとんでもないです。メイドとしての一般教養をヨライさんから教わり、それを受け売りしているだけなんです」

「ヨライはアイナにとっての先生みたいなものね」

「はい!」

 笑顔でアイナが言う。守りたい、この笑顔。

 街に着くと、私は一周目をなぞるように行動する。初心に帰る意味もあるが、ちょっとしたことで全然違ったルートに入ってしまうのは避けたかった。私は、狐男で占い師のキキリに会いたい。なので、できる限り一周目と同じ行動する。買い食いも忘れない。

 アイナにこっちが近道だと連れられて、路地に入る。少し歩くと、占いというボロい木で作られた立て看板があるのが見えた。近くにはテーブルと椅子、狐耳の獣人が椅子に座ってぼんやりしている。こんなところに客が来るのか? いや、私が来た。

「へい、おじょーちゃん!」

 狐男が私を見るなり、立ち上がってナンパのように声を掛けてきた。前は逃げるように通り過ぎたけど、今回は違う。

「これで聞きたいことがあるのだけれど」

 そう言って近くに寄ってきたキキリに5000エルを見せびらかす。前回払った金額だ。するとキキリは耳をピンと立てて喜び、

「お、ええでええで~!」

 と受け取ろうとするところで私は手を引っ込めた。

「キキリ、あなたが私を占えないことは知っている。因果の糸が見えないんでしょ」

「そうやけど……嬢ちゃん何者や?」

 細い目を見開いてキキリは言った。

「ロザリア・ブラッドレイン。しがない貴族令嬢よ」

「ブラッドレイン家か。なかなかの出やなぁ。それでロザリア嬢。僕に何が聞きたいんや」

「ニャリ・ロゴナスについて。知っていることを全部言ってほしい。何も知らないというなら、私からは何もあげられないわ。お得意の占いもできないようだしね」

 ぐぬぬ、と言いたげな表情をする。

「僕に仲間である獣人の情報を売ると思っとるんか? 獣人はあんたら人間と違って情に厚いねん。見てみぃ、ここの人間達は冷たい奴ばかりや」

 なんかやっぱちょっと大阪人っぽいなと思った。

「でなきゃスラム街に子供たちがいるわけないんや。はぁ、嫌になるわ。獣人は助け合って、みんなで育てるんやで。親がいる子供も、いない子供もな。ああ、獣人はなんてハートフルな種族なんやろか。そんな心優しき獣人の代表と言ってもいい僕が、仲間の情報を売るだろうか! いや――」

「売ると思うけど?」

 それを聞いてキキリはニィと口角を上げた。

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