第25話 明日花とロザリアの透明な部屋2

「あたし、ネモフィ・ブライトなんて知らない」

 ロザリアは呟くようにそう言った。

 ネモフィ・ブライト。キミパスの主人公。光魔法を主として、色々な魔法を使える女の子。ロザリアの一個下で、初対面の時からロザリアには嫌われている。

「ゲームのあたしは、ネモフィ・ブライトを知っている様子だった。ちょっと気がかりね」

「ネモフィの噂が広がって嫉妬したんじゃない?」

「あんたねぇ……。嫉妬というのは身近にいるから嫉妬するのよ。たとえば、テレビの中のアイドルにあんた嫉妬しないでしょ」

「テレビもアイドルもわかるんだ!?」

「暇だったからね。あんたの記憶を覗かせてもらったわ」

 色々便利そうだな、と明日花は思った。

「たしかに、アイドルには嫉妬しないね。次元が違うから。でも同じクラスの可愛い子にも別にあたしは嫉妬しないかな」

「まあ、そういうタイプよね、あんたは。ともかく、学年下の子にまで嫉妬はしないわ」

 私の中のロザリアは嫉妬するイメージだったので意外だなと思う。いや、主人公を嫉妬していたからこそ作られたイメージなのかもしれない。

「それに、あたし周りから血の薔薇様なんて呼ばれてない。学校でもロザリア様とは呼ばれてるけどね」

 明日花はそれを知らなかった。ゲームでは最初から『血の薔薇様』として登場する。設定資料でも『血の薔薇様』と呼ばれていると書かれていた。

「これがどういうことを意味するかわかる? きっと、これから起きるの。主人公への因縁や、血の薔薇様と呼ばれるようになる出来事が」

「なら、こんなところで躓いてる場合じゃない」

「そう。そして、魔法の使えないあんたが乗り越えるのは絶対無理! 残念だけど、あたしに筋肉はないからね。いくらあんたが強くなっても限界がある。もう限界値、見えたでしょ?」

 明日花はそうかもしれないと考え込む。これだけやり直しても、あの大男にすら勝てないのだから。勝ってようやくニャリ・ロゴナスに喧嘩を売れる。

「ねえ、ロザリア。それでも私はあなたに肉体の主導権を渡す気はないよ。私も消えたくないから」

「でしょうね」

 再びため息。

 そういうところは意固地で、めんどくさい女だとロザリアは思った。

「名取明日花。あたしもね、あんたのこと嫌いじゃないの」

「ええ!?」

 明日花はそれを聞いて驚いた。あれだけ馬鹿馬鹿言われていたのだから驚くのも当然ではあるが。

「それはそれで傷つく反応なんだけど」

「私の方が傷つけられてきたと思うんだけど……」

「あたしが傷つけるのはいいの」

 ジャイアンかな?と明日花は思った。

「馬鹿で気持ち悪くて、絶対合わないと思ってるけど――最近はちょっと面白いと思えてきた。あんたが魔法を使えるようになったらこの絶望を突破してくれるかもしれない、そう思えてきたの。それに、魔力が0になって死んだらきっとあたしも終わっちゃうだろうしね。だから、あたしはあんたに力を分け与えたい」

「そんなことできるの?」

「あたしと魂を共有すれば、きっと。今は、全部は共有できない。一部だけ――そんな気がする」

「全部共有したら私がロザリアになるってこと?」

「あたしに聞かれても困る。でも、そうなるかもしれないし、名取明日花のままかもしれない。まあ、多分あたしになるでしょうね。そうでなくても明日花、あなたは多少あたしの肉体に染められているのだから」

 肉体に染められている。明日花に心当たりはあった。最初の頃は理由なくイライラしたりしたことがあったからだ。明日花は今の精神が完全に以前の自分かどうか、断言はできなかった。

「それでも共有する?」

「するよ」

 明日花は躊躇いなく言った。

「ロザリア、あなたの家族を死なせたくないから。私には力が必要だから。それに、私はもう一度死んだ身だもん。最終的にロザリアになっても――しょうがないかもね。絶対、抵抗するけどね」

 明日花は笑いながらそう言った。ロザリアはそれを聞いて、やっぱりこいつとは合わないなと思うのだった。

「明日花、こっちに来て」

 ロザリアは立ち上がって、格子の前まで歩いた。明日花も格子の前に立つ。

 ロザリアは格子の外に手を伸ばした。明日花も多少の恐怖はあるのか、数秒躊躇した後、ロザリアの手を取った。

 二人は握手した形となる。すると、明日花の透けていた右手が色を帯びた。色を帯びただけでなく、それは明日花の手ではなくなっていた。左手と比べると、指の長さが違うのでそれがわかる。

 それは――ロザリア・ブラッドレインの手だった。手だけが、ロザリアになっている。

「魔法は魂に紐付いているって言うでしょ。だから、あんたは魔法が使えるはずよ。明日花、あんたは私と魂を共有したのだから。まあ、あたしほどうまくは使えないだろうけどね」

 ロザリアがそう言った瞬間、この透明な世界は一瞬にして音もなく崩れた。明日花は消える間際の一瞬、ロザリアが微笑んでいるように見えた。微笑むグラフィックの存在しなかった、あのロザリアが。

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