第24話 明日花とロザリアの透明な部屋

 透明なガラスで作られた部屋。壁も透明、家具も透明。部屋の外は見渡す限り真っ白で、何もない。

 名取明日花とロザリアはその部屋の中にいた。二人の距離は格子によって遮られている。透明な椅子に座り、透明なテーブルに置かれている透明なカップに注がれている紅茶と思われる液体を優雅に飲んでいる。考えようによっては、明日花の方が閉じ込められているとも言える。

「あれ!?」

 名取明日香は自分の身体を見て驚いた。制服を着た、女子高生の自分。ロザリア・ブラッドレインの身体とは似ても似つかない。そして、身体が多少透明になっている。

「ロザリア……」

 それは呼びかけるというよりは呟きに近かった。

「ちょっとあんたと話そうかと思って」

 ロザリアはティーカップをテーブルに置き、明日花の方に向き直って言った。ロザリアの身体も透けて薄くなっている。

「ねえ、ここはどこ――」

「あんた大馬鹿ね」

 ロザリアは遮りながら言う。

「あんたほどの馬鹿は見たことないわ。馬鹿の中の馬鹿という感じ。馬鹿の王と名乗ってもいいわ。フールキング。ダサくてお似合いね。今すぐ名乗りなさいよ」

 いや、名乗らないけど、と明日花は思う。

「馬鹿だという自覚ある? いや、ないわよね。あったら、あそこまで馬鹿じゃないもの。ほんと、イライラする。あたしがあんたと同じ空間に存在してたら絶対イジメてる。イジメて、イジメ抜いて、その生意気なところがなくなるまで矯正してやるのに」

 明日花は苦笑いを浮かべる。その言動はロザリアそのものだったから。主人公に向けた悪辣なセリフを明日花は思い出した。

「ここはどこなの」

「そんなのもわからないの? 本当に馬鹿ね。ここはあたしとあんたの繋ぐ部屋。私とあんたが、話せる場所」

「ロザリアと話せるの!? じゃあなんで最初から――」

「あんたの心を折りたかったからよ。心が折れて、どうにもならなくなったらきっと――肉体の主導権が私に戻ると思ってたから。そして、私が望まないと明日花、あんたはここに来れない」

「私と話したかったの?」

「そう。説得が必要な時期が来たと思ったのよ。明日花、諦めなさい。あんたでは無理。あたしならあの大男も倒せる。筋肉だけで魔法耐性0って感じだもの。諦めて今すぐ身体の主導権をあたしに渡しなさい」

「嫌だけど……」

 それを聞いてロザリアはため息をついた。

「そう言うと思ったわ。だからあんたは馬鹿なの。魔法も使えないし、死ぬたびに魔力が減っていく。今残り魔力40なはずよ。危機感持ちなさい。もうあんたはどうしようもないの」

「そう、かもしれないね」

 それはそうだ、と言うように明日花は頷いた。

「でも、私は諦めない」

「あたしだったら魔法も使えるし、解決できるのに? 明け渡さない理由があるの?」

「きっとロザリアには無理だよ」

 それは嫌味でもなく、ただの事実を述べた口調だった。

「なぜなのか言ってみなさいよ」

「多分、ロザリアでは心が折れていたと思う。痛くて、どうしようもなくて、そんな繰り返しに耐えられないよ。それに、ニャリ・ロゴナスはロザリアよりもずっと強い」

 ロザリアは紅茶に口をつける。喉を潤した後、口を開いた。

「それは、そうかもしれないわね。あんたは思った以上にタフ。きっと馬鹿だからタフなのね。じゃあ聞きたいのだけど、あんたなら魔力がなくなる前にこの絶望から抜け出せるの? いくら鍛えたってあの猫女には勝てないのはわかってるでしょ? あの筋肉馬鹿の大男にも勝てないんだから。あたしには筋力がない。ループの中で鍛えても筋肉はつかない。魔法が使えれば別だろうけど、魔法が使えてもあんな馬鹿体術女には勝てないわ。お父様でも勝てるか怪しいくらいなのに。いや、勝てないからあっさり暗殺されてしまうのね。万全な状態でもお父様は勝てない。猫女が手負いでやっと互角、そんなところかしら。お父様が勝てないあの猫女に明日花、あんたは勝てると言うの?」

「勝つよ」

 明日花はそう言い切った。それは虚勢ではなかった。明日花は勝てる――と確信まではしていないが、勝つという強い決意があった。

「そういうところが本当にイライラするわ」

 とロザリアは言ったが、そこに怒りは含まれていなかった。

「陽キャって言うの? あんたの記憶で見たわ。ほんと、あんたはあたしとは合わない。学校でもみんなに優しくしたり、みんなと仲良かったり、困っている人がいれば助けたい、そんな自己犠牲とか、あたしは嫌い。虫唾が走る。あんたが転生したのだって、瑠衣子って女の子を助けようとしたからでしょ。あたしだったらそんなことしない。ほんと馬鹿」

 明日花はトラックに轢かれかけていた同じ高校の友達、名掛瑠衣子を助けようとして自転車で突っ込んだ。ギリギリのところで明日花は瑠衣子の背中を押した。それで助けることができた――と明日花は思っている。そうでなければ、無駄死になってしまうから。

「陽キャの割に、オタク気質で物事を分析したり、無駄に知識が広かったり、この世界のことも詳しかったり、気持ち悪いのよ。気持ち悪いの!!」

「ごめんなさい。でも私はロザリアのこと、嫌いじゃないよ」

 ロザリアはため息をついた。

「ねえ、あんたはここがゲームの世界だと思ってる? 主人公になってすべて解決できると思ってる?」

「最初はゲームの世界に転生したのかと思った。でも、今はちょっと違うかな。この世界でも人は生きていて、生活している。お父様やお母様――本当は私の親じゃないけど、あとはアイナとかアッシュ、みんな殺させたくない。ゲームの世界だろうとそうでなかろうと、私はみんなを守りたいの。それに、主人公は別にいると思う」

「それを聞いて少しは安心したわ。ゲームの世界だと思って無茶苦茶にされたらかなわないから」

「ねえ、ロザリアはもうキミパスのこと知っているんでしょ? なんでこうなっていると思うの?」

 ロザリアは少し考えてから言った。

「キミパスのことは知ってる。あんたの記憶からプレイ映像は見たからね。なんでこうなっているかはあたしにはわからない。でも、多分ゲームはこの世界の未来の一つが描かれているだけかもしれないわね」

「なるほどね。私もちょっとそう思ってた」

「じゃあ聞くなよ!!」

 ロザリアの喚く声が部屋に響いた。

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