第23話 強くなったのに、未だ壁は高くて

 稽古を終えて15時20分。玄関を蹴破ってきた一人目を即殺。続いて二人目との戦闘。もう何度も戦っている、アイナを最初に殺した男。この男は強い。けれど、勝負とは一瞬の隙を突いた方が勝ちなのだ。正攻法でやれば、勝率は15%程度。相打ちでよければだいたい持ち込める。でも相打ちでは意味がない……。

 私は右手に短剣、左手にはブラックジャック――構えという構えもないスタイル。ぶんぶんとブラックジャックを振り回していれば敵は警戒する。こうすることでブラックジャックを印象付けられる。それは非常に大切なことだ。それを死に戻りで学んだ。 

 そして、この男には致命的な弱点がある。

 それはブラックジャックを男の顔に向けて投げると刃で受けるところだった。突然ブラックジャックを取り出して投げつけた場合は避けるのだが、ブラックジャックを使うことを印象付けていると、必ず刃で受け止めようとする。

 刃で受けるとどうなるか。靴下が破れて中の石が男の顔目掛けて飛んでいく。顔に当たってよろめく。その隙を私は逃さない。

 短剣で男の胸のあたりを突く。心臓を突けば即死、肺を突けばジワジワと死んでいく。今回は肺を貫いたようだった。男は血を吐き出す。人は溺れながらは戦えない。男の片肺は血によって溺れゆく。再び、突き。溺れている男の反応は遅く、避けることもできず、ましてや反撃することもできなかった。二度目の刺突で男は倒れて二度と起き上がらなかった。

 お父様達のいるリビングに向かおうとすると、いかにも素行の悪い人間ですと言ったようなモヒカンのモブ男に出会う。これまではなかなか安定しなかった。怪我を負っていると必ず負ける。このモヒカン男に勝つのであれば怪我を負っていないことが大前提だ。

 けれど、今回はほぼ全快の状態。今度こそこいつを倒して突破する。私は2本目のブラックジャックを取り出した。前回は失敗したが、今回は成功させる。

 男が斬り掛かってくるのを私は避ける。「へっ、逃げてばかりでどうすんだよ」。私は知っている。この挑発に乗って避けつつ距離を詰める、なんてことをしたら容赦なく斬り捨てられることを。私は待つ。男の攻撃を。

 5回以上避けたところで、男は横薙ぎを放つ。私はこれを持っていたのだ。一歩下がることで攻撃をかわす。

 男は横薙ぎをすると、必ず剣を振り上げての連撃に移る。私が突くべき隙はここだ。短剣ではなく、ブラックジャック。私は距離を詰めてブラックジャックを横から振るう。ブラックジャックは短剣以上に伸びる。靴下は伸縮するからだ。前回は距離が足らなくてブラックジャックが腕に当たるだけで、そのまま剣を振り下ろされて私は殺された。

 でも、今回は違う。距離は足りている。ブラックジャックは男の腕を支点にして曲がり、後頭部を強打した。男の動きが止まる。私は心臓目掛けて短剣を突き刺した。短剣はするり、と男の身体に入り込んだ。短剣を引き抜くと、モヒカン男はそのまま床に倒れた。

 私は、ニャリの手下くらいは全員倒せる実力にならなければならないと思っていた。多分、全員倒せた――と思ったら、廊下に大男が待ち構えていた。他の奴らはヒョロかったり、普通体型だったのだが、この大男は筋骨隆々だ。得物は斧。私はこの男を初めて見た。

 私は武器を構える。斧との戦闘は初めてだ。

「ブラックジャックと短剣? それじゃ俺を倒すのは無理だ」

「やってみなきゃわかんないでしょ!」

 男の攻撃は大雑把でそこまで速くもない。当たったらヤバそうだけど、避けるのは剣以上に簡単だった。斧は剣ほどリーチが長くない。避け続けていると、避けた斧が壁に刺さった。

 ――今だ!

 距離を詰めて、短剣を大男の胸に突き立て――たと思ったのに、刃が途中で止まる。

 胸筋。発達した胸筋が刃を止めたのだった。そんなのあり?

「だから俺に勝てねえっつったろ」

 大男は左手で私の頭を掴む。

 ヤバい。男は私の頭を締め付ける。痛すぎる。万力か? 

「ああああああああああ!!」

 私は叫び声を上げる。しかし、抵抗もむなしく、私の頭は果物のように弾けた。

 さて、このようにして私は20回以上大男と戦った。ブラックジャックでは殺傷に至らない。短剣も同様。筋肉で致命傷にならないのだ。私は頭を潰されたり、斧で両断されたり、拳で顔面を砕かれたりと酷い有り様だった。ニャリ・ロゴナスほど強くはないはずなのだけど、手も足も出ない。

 剣を使えばこの大男を殺せるかもしれないが、剣では連戦を勝ち抜けなかった。ジレンマだ。ここにたどり着くには短剣とブラックジャックでなければならない。

 攻略の糸口が見つからない。隙はある。攻撃の癖もある。しかし、基本スペックが違いすぎる。隙をついても大したダメージにならない。下手するとビンタですら私の首が折れかねない。短剣やブラックジャックで攻撃しても、それは蟻がゾウに噛みついているようなもので話にならなかった。

 床に横たわる私は右腕を天井に伸ばす。強さがそこにあるような気がして、私は手を伸ばしたのだった。しかし、肘から先はなかった。掴めるはずがない。頭は砕かれていないが、下半身が切り離されたために私は確実に死に向かっている。もっと強さがほしい。手を握り締めた――感覚だけがあった。伸ばした腕は私の意思に反して床に落下した。寒くなってきた。

『ほんとあんたは馬鹿ね』

 意識が途切れる瞬間、聞き覚えのある声が頭に響いた。

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