第21話 稽古4 短剣の持ち方

「まずは短剣の持ち方をどうするか決めようか」

 父は短剣を眺めている私にそう言った。

「持ち方って他にあるんですか?」

 私は短剣の持ち方を一つしか知らない。普通に短剣が上を向くように右手で握る。左手で持つ――ということなのだろうか? でも私は左利きではなく、ロザリアの肉体も右利きに慣れているので左で持つのはつらそうだ。

「二つある。一つは短剣を上を向くように握る。もう一つは、刃が下になるように逆手にして握る」

 逆手。それを私は全く思いつかなかった。

「逆手のメリットはありますか?」

「体術に自信があるなら逆手かな。斬りつけながら肘打ちができる。ストレートやジャブが外れても斬りつけることができる。ただ、この持ち方だと腕の長さを生かした突きができない。突くことはできるけれども、それは拳を振り下ろして突き刺すという感じになるね」

「聞いた感じ、玄人向けですね」

 あの猫女はどうだったかと考え、あの怒涛の突きを思い出して逆手ではないことを理解した。

「体術のバリエーションを広げる感じかな。体術メインの人間に向いている。最悪、たった一つの短剣を投げても惜しくないような人間にね」

「私には向いていなさそうです」

 ロザリアの身体、筋力ないし……。

「本物の短剣使いなら戦いの最中に逆手に持ち替えたりするだろうね。至近距離で刺すなら逆手がやりやすい」

 たしかに、逆手でなく至近距離で突くのは難しい。できなくはないが腕を伸ばす距離が短い分、威力は減る。

「短剣は剣とは全く違う。剣の感覚は捨て去りなさい」

「わかりました」

「短剣は体術の延長線上にある。その認識を忘れずに」

「はい」

 私は短剣を構える。体術の延長線上――私の構えは何らかの拳法家の構えのようだった。

「これでいいんでしょうか」

「短剣専門じゃないからわからないけど、いいんじゃないかな」

 結構適当な答えが返ってきた。父も血で短剣を作り、構える。私と似てるような似てないような、そんなファイティングポーズ。

 私はストレートで殴るように、短剣を突き出した。身体が軽い。父はおそらくわざと避けなかったが、当たる寸前に血が短剣の切っ先と服の間に滑り込んだ。感触は石を突いたかのような。これなら私の攻撃程度ではダメージは与えられない。

 拳を戻すように、短剣を腕ごと戻す。再び突き出す。今度は手前で短剣を握る手が払われて、突きが簡単に逸らされた。たしかに、体術的な面が大きい。これが剣だったらこうはいかない。

 何度か突きを繰り出して、私は理解する。これはほとんど殴るのと同じだ。若干、短剣の長さの分リーチは長いが、拳が届くリーチより少し先程度にいる相手にしか届かない。私がすべきか最速の突き及び最速の戻し。それはジャブに近い。死に戻りで筋力はつかないが、体術なら伸ばせる。腕と手の使い方を学ぶ。

「攻めのバリエーションを増やした方がいい」

 そう言って父が突きを放つ。思わず私は刃を左手で受け止める。実戦においては悪手だ。どうにもならない時はそうするしかないが。刃は手に触れた瞬間に優しく広がった。父は突きをしながら、左手を地面につけて身体を低くしている。その態勢から繰り出される――蹴り。突きは囮。囮でも私は食らってしまったのだけれども。

 蹴りは私の腹に当たる寸前で止まる。完敗。実戦であれば蹴りが当たって吹き飛ばされ、追撃で喉を突かれていたことだろう。

 私も父の真似をして蹴りも混ぜてみるが、あまり上手くはいかない。体術の心得がないからだ。道は険しそうだな、と私は思った。

 やがて昼になり、私と父はアイナが作ってきたサンドイッチを外で食べる。

「お父様、短剣で剣相手にはどう戦えばいいですか?」

 サンドイッチを食べながら私は父に聞いた。

「戦うべきでない、というのが答えかな。実力差があれば勝ち目はないと思っていい。まあ、ロザリア、君はそういう答えを求めているんじゃないだろう。もし戦うとしたら、剣で斬りつけてきた瞬間、避けながら距離を詰めるか、腕目掛けて突くというところかな。距離を詰める方がリスクは高い。切り返しでばっさり両断されかねないからね」

「避けながら距離を詰めるって無理じゃないですか?」

 避けるのも簡単じゃないのに。避けつつ距離を詰めるのは達人級だ。

「だから、基本的には勝ち目はないんだよ。剣が強いのはそういう理由さ。そして、剣よりも魔法が強いのもそういう理由なんだ」

 だから、魔法の使えない人間は見下されて差別される。

 昼食を終えて、再び稽古。どうも強くなっている気はあまりしない。

 15時になると、

「おやつの時間だ。ミアと過ごす時間はかけがえのないものだからね。稽古はまた明日にしよう」

 そう言って解散になった。ここで強く引き止めても、逃げるように言っても、きっと何も変わらない。父は私を逃がすことを第一に考えて犠牲になるだろう。そして、私も殺される。

 であれば私のやるべきことは決まっている。強くなること。

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