第19話 稽古2

「レッスンワンがクリアできると思えたらまた呼んでくれ」

 昼になると父は先に屋敷に戻っていった。私も昼休憩に入る。

 私は昼食を摂った後、庭で素振り。体力は全然ダメだが、剣の振り方のコツは掴んできた。体力の消費が多少ましになる振り方。それでも、全力で振れる回数は5回程度だろう。

 陽が高くなった午後2時。私とアイナは部屋に戻る。そして休むことに専念する。

 実戦で覚える。それしかないと思ったからだ。

「アイナ、ベッドの下に隠れて声を出さないで。数時間は何が起きても出て来ちゃダメ。本当に、何が起きても。誰かの悲鳴が聞こえてもね」

 3時になり、私はアイナに命令した。

「ロザリア様、まさか自殺するおつもりじゃ…」

「そんなわけないでしょ」

 と私は笑いながら言った。

「ブラッドレイン家に危機が迫っているの。だから、アイナは隠れていてほしい」

 アイナは困惑していたが、私に従った。これで準備は万端。あとは精神を研ぎ澄ます。 

 誰が来ようと私は逃げない。あの猫女であろうが、ならず者の男の誰かであろうが。

 やがて悲鳴が屋敷に響き渡る。この部屋にもその悲鳴が小さく届いた。もう、父と母は絶命しているはずだ。メイド達相手への殺戮が繰り広げられている。私と弟のアッシュが死んでも、殺戮が中断されるとは思えない。目撃者はきっと殺される。

 どぉんという音ともに扉が蹴り破られた。私はため息をついた。

「鍵はかけてなかったんだけど」

 私は立ち上がり、敵となる者を認識する。剣を持った軽装の男。

 覚えてる。こいつは一周目でアイナを何度も刺して殺した男だ。

「お前がロザリア・ブラッドレインか?」

 殺意を持って距離を詰めてくる。私がロザリアであろうとなかろうと殺す気だ。私は剣を構える。

 アイナを殺した男。ここでこいつを殺さないと、ベッド下のアイナを見つけて殺すかもしれない。

 私は躊躇なく剣を振れるだろうか。

「とりあえず死んどけッ!」

 男が剣を振り下ろす。速いと言っても、あの猫女、ニャリ・ロゴナスの速度とは比較にならない。これくらい避けられなくてどうする。

 避けつつ、私は殺す気で横薙ぎをした。相手も下がり、シャツ一枚かすめただけに終わる。けれども、さっきの一撃は躊躇いのない一閃だった。殺さなければ殺される。身体がそれを理解した。

 男が剣を構えながら突っ込んでくる。突き? その体制から有効な斬撃は放てない。実戦不足が仇となった。どう対処していいかわからない。まごついてしまった。もう男は私の目の前にいる。この距離ではお互いにロングソードが有効な距離ではない。男が剣を振り上げたと思ったらすぐに振り下ろす。柄に近い部分の刃が私の肩に食い込んだ。「いたっ!」。私は剣を振るうが、男の肋骨で止まった。

 男は鈍器を振り下ろすように、近距離で剣を振るう。それは私の肩や腕を傷つける。斬り落とされることはないが、すごく痛い。傷だらけの左腕はもう動かせない。

 剣技とは程遠い争い。しかし、私が非力な分不利だった。片腕では胸に食い込ませることが精一杯だ。ダメージは少ない。男を蹴飛ばして距離を取る――つもりが、男は突きと同時に距離を詰めてきた。

 突きは、私の腹部を貫通した。そのまま10cmほど男は剣を上に動かす。痛いってレベルじゃない。血を吐き出す。身体の機能が停止しつつあるのを感じる。意識が途切れそうになるのを、私は気力でこらえる。

 最後の力を振り絞って、剣を男の脇腹に突き刺す。思い切り押し込む。多分、男の背中から刃が抜けた。男が呻く。腎臓を刺したはずなので、男は生きていたとしてももう動けまい。私は床に倒れ込む。男も同じように私に向かって倒れかかる。そこで私の意識が切れる。

「おはようございます、ロザリア様」

 魔力、94%。私は朝食を食べて父のもとへ向かい、稽古の約束を取り付ける。

「行きます」

 中庭で私は父と対峙する。そして、高く振りかざした剣を父に対して思い切り振り下ろす。そこに躊躇いはない。自分の込められる最大の力を剣に。父はそれを血の刃で容易に受け止めた。

「レッスンツーからお願いします」

 私は剣を鞘に仕舞うと、恭しく礼をしながらそう言った。

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