第18話 4周目――稽古
「おはようございます、ロザリア様」
アイナ、私は強くならなければならない。起き上がって魔力を測る。95。
3回に死に戻っているから今回で4周目だ。
「アイナ、武器はある?」
「はい!? いえ、持っていません」
「私用の武器がほしいの」
「そういうことでしたか。ええと〜、一応あったと思いますよ」
アイナはクローゼットを開けて、ごそごそ探している。少ししてクローゼットの奥から剣を抱えて持ってきた。中世ヨーロッパで使われていたような一般的なロングソード。
アイナから渡されて持つと、ずしりと重い。鞘を含めて2キロは越えていそうだ。中学校の時、剣道の授業で使った竹刀の何倍もの重さだ。竹刀ですら、自由自在に振るのは難しかった。巨漢の男子であれば別かもしれないけど。
鞘から抜いてみる。ほとんど使った形跡はなかったが、刃は錆びついていなかった。
「剣をお使いになるんですか?」
「ちょっと、お父様に鍛えてもらおうと思って」
朝食を終え、剣を携えて父のいる書斎に向かう。剣を持ってきた私を見て父は驚いた。
「どうしたんだい、ロザリア。まさか父さんを殺そうというわけじゃあないだろうね」
父は笑いながらそう言った。
「お父様を殺す者がいるとしたら、暗殺者ですよ」
私は微笑みながらそんな冗談というか事実を言う。
「お父様、お願いがあります。私を鍛えてほしいのです。真剣で」
「なるほどね、稽古をつけてほしいわけか。いいだろう。私は前から多少は肉体面を鍛えなさいと言っていたからね。だけど真剣は危ない。木刀にしよう」
「木刀と真剣では持った時の感覚が違います。実戦的ではありません。なので、真剣でお願いできますでしょうか」
ふむ、と父は考え込んだ。
「ロザリアと私では力量に天と地ほどの差がある。ロザリアが私を傷つけることはできないだろう。…そうだな、私が使うのは魔法で作った血の剣でもいいのであれば、そうしよう。触れる寸前で魔法を解くこともできるからね」
「それで構いません」
「では、十分後に庭で」
「ありがとうございます」
動きやすい服装に着替えて中庭に向かう。ロザリアの服の持ち合わせだと、どうにも男装のような格好になってしまう。それから素振り。
うーん、ロザリア、全然筋力がない…。重いものは魔導書がせいぜい、というような筋力。たとえばこのロングソード、振り上げて振り下ろす、それすら困難だ。明らかに魔法頼りで生きていた。
「始めようか」
父が来たので稽古をつけてもらう。まずは基本的な剣の持ち方や動作。父の言う通りに正しい持ち方をすると、多少重さがましに感じる。それから剣の振るい方。振り抜くまで力を込めるのを止めないで、一気に流れるように斬る。
剣道の練習に近いが、斬りつけ方は面胴小手より多い。頭から斬る、胴を斬る、手を斬る、首を突く、肺を突く、肝臓を突く、腎臓を突く、太ももの頸動脈を斬る。あくまで鎧をつけていない相手の急所。でも、今はそれでいい。屋敷への侵入者は鎧をつけていないならず者だ。
「息が上がっているね。少し休もう」
10分間、急所への攻撃の素振りをしただけでへとへとだ。剣が重い。振るうだけで精一杯。もっと身体鍛えておいてよ〜ロザリア。
休憩と聞いて下が地面なのも気にせずに座り込んだ。
「今更どうして剣の稽古を受けたいと思ったのかな、ロザリア」
休んで多少体力が戻ってきたところで、父が私に聞いた。
「魔法が使えない時でも、敵を打ち倒す力がほしいからです。実戦的な力がほしいのです」
「いい心がけだね、ロザリア。ではレッスンワンと行こうか。まずは私に思い切り剣を振り下ろすんだ。防御はするからそこは安心してくれていい」
レッスンワン。聞いた感じ、簡単そうに思えた。
「わかりました」
父に近寄り、剣を高く掲げてそのまま振り下ろす――そんな簡単なことができない。振りかざしたまま、私の手が、腕が動かない。
振り下ろしたら、殺してしまうかもしれないから。
父が防御することがわかっていても、振り下ろせない。怖い。これが木刀だとか、防具をつけているのであればできたと思うのだけれども。
「そう、本気でそれを振り下ろすことは簡単じゃないんだ。殺意にも似た決意を持たなければならない」
「うわぁぁああぁ!!」
私は叫びながら振り下ろした――つもりだったのだが、その瞬間腰を引いてしまったので剣はふらふらとブレたことだろう。思い切り振り下ろせたとは言い難い。父はそれを容易く避けた。
「残念だけど及第点は上げられないね。もう一度やってみようか」
そうして訓練が続いたが、どうにも思い切り振り下ろすことができない。殺してしまうかも、と自制心がブレーキをかける。
「その迷いが実戦では命取りだね」
と父は言った。
「躊躇いが自分を殺す。それが実戦だ。まあ、人間同士の殺し合いの実戦なんて起きることはほとんどないだろうけどね。戦争はここ何十年も起きていない」
「どうすれば思い切り振り下ろすことができるようになるんでしょうか」
「慣れ――と言ったら残酷かもしれないね。気持ちだけではできないことも多い。ロザリアの本気度が足りない、というわけじゃないんだ」
「お父様はできますか?」
単純に好奇心からの質問。レッスンワンを設定するくらいだからできるのだろうけど。
「私は――できる。実際に剣で頭をかち割ったことはないけれどね」
父は笑いながら言った。
「私の父上からしごかれたんだ。騎士の血筋だからね。ロザリア、君も知っている通り、ブラッドレインは伯爵の爵位を有している。これは私達のすごくすごく昔の御先祖様が王の騎士として働いていたことへの見返りだ」
たしかブラッドレイン家の設定資料によると、数百年前、回復魔法の台頭で医術者としては権力を失い、その代わりに王の騎士として働いたという。血を生み出す魔法は傍に抱えておきたかったのだろう。回復魔法では失血死に対応できない。
「ただ、今の時代にそのような強さが必要かというとそうではない。だから、私はロザリアとアッシュに強制はしてないんだ。もちろん、習いたいというのであれば大歓迎だけどね」
父は私を優しく見つめながらそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます