第14話 守るべきものも守れず、滑稽に逃げ、無様に死んだ。

「アイナ、逃げなきゃ」

 私の母を見つめて泣いているアイナの手を引いて走り出す。

 ブラッドレイン家を根絶やしにするためなら、私とアイナも危ない。敵は私がまだ死んでいないことも知っている。アイナはついでではあるが、メイド達が殺されている現状から、見つかれば確実に殺される。

「いたぞ! ぶっ殺せ」

 後ろから声が聞こえて振り向くと、剣や斧を持ったならず者の男達が数人。もちろん、私達を見つけて駆け出す。

 アイナを守らなきゃ!

 せめて、この家から出すことができれば、私はともかくアイナは助かるかもしれない。血溜まりに靴が濡れるのも構わず、死体を踏むのも厭わず、私達は走る。

 階段前の曲がり角。

 曲がったところで突如として剣を振りかざす男が現れ、私は怯んでしまった。待ち構えられていたのだ。

 振り下ろされる剣先。避けるのは、硬直してしまった身体では間に合わない。

「ロザリア様!!」

 私は後ろから突き飛ばされて、階段を何段も転がり落ちる。

「アイナ!」

 叫びながら立ち上がる。身体が痛いけれど、痛みを感じている暇なんてない。

「ロザリア様、逃げてください! 私のことは構わずに逃げてください!」

 振り向くとアイナは男の足にしがみついていた。

「お前、邪魔なんだよ!」

 しがみついているアイナに剣先が振り下ろされると、耳をつんざくような悲鳴。それが何度も繰り返される。

 私は階段を駆け下りる。涙が止まらないのは、アイナの悲鳴のせいか、アイナを守れなかったせいか、わからない。悲鳴は5回で止んだ。私は怖くて前しか見れなかった。

 階段を降りると玄関の広間。敵の姿はない。玄関の扉を開けて外に出た。幸いなことに、外にも人影はない。

 外を出て少しすると、ならず者の男達も私を追って出てきた。

 でも、逃げ切れる! 家の近くの森の中に入ってしまえば、犬でも連れていなければ探し出せない。

 森の中に入り、私は走り続ける。心臓が爆発しそうで、脚は棒切のようで、それでも走る。アイナの、かすれるような最期の悲鳴を思い出す。枝や葉が私の身体を傷つける。「探せ! 探せ!!」。離れたところから聞こえる、足音と男達の声。30分したところで、私の身体は動けなくなる。「ロザリア様、逃げてください!」。アイナの叫びを思い出す。少しだけ休まなきゃ。男達は私を見失った。少し休んで、私はまた走り出す。

 私の足が何かに引っかかり、身体が前のめりになってそのまま地面に倒れ込んだ。私はそれを疲れのせいと思っていたのだが、そうではなかった。そして、背中が突然燃えるように熱くなった。

「猫の嗅覚にゃめるなよ〜」

 私は口から血を吐き出す。身体が動かない。目線だけ声の方向に動かすが、何もいない。

「親父はヤバそうにゃったけど、お前はクソ雑魚にゃ」

 何もなかった空間に人影が現れる。猫女。人間寄りだった狐男キキリとは違い、その女は猫要素が結構強い。単に猫耳をつけた女の子、と言った風貌ではない。

 私はその猫女を知っている。ある攻略対象がこの猫女、ニャリ・ロゴナスに殺されそうになったところを主人公が助けるーーそんなイベントがある。暗殺者ニャリ・ロゴナス。透明化を使う獣人。この透明化は魔法なのだろう。主人公は光の魔法で透明化を剥ぐのだが、血の魔法の私では魔法が使えたとしてもどうにもならなかっただろう。

「はぁ、マジ、雑魚が時間かけさせるにゃっつーの。逃げずに大人しく死ねにゃ。あにゃしの時間はお前のようなクソ雑魚と違って非常に貴重にゃんだから」

 角度的に見えないけど、私は背中から心臓を刺されたのだろう。身体は動かせないし、胸と背中は痛いし、視界は霞んでいる。もう猫女の姿はぼやけて見えない。猫女の独り言も遠のいてく。

 死。

 死が近づいている。避けようのない死だ。

 以前、高校生だった時の私の死に様には意味があった。多分。きっと、瑠衣子は死なせずに済んだと思うから。私だけがトラックに轢かれることになったはずだから。

 今回はどうだ? アイナも守れない。ただただ逃げて死んだだけ。何も成し得えていない。無様な死。

 走馬灯が始まりそうな気がした。高校生だった時の私の走馬灯なのか、あるいは肉体であるロザリアの走馬灯なのか。どちらが流れるのだろうなんて考えていたところで、私の意識はテレビの電源を落とすようにぶちっと切れた。

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