第13話 帰宅と死の臭い
「ただいま帰りました」
屋敷の玄関を開けて入ったのだが、誰も出迎えがない。いくらブラッドレイン家のメイドが多いとは言え、常に玄関前で待機しているとは限らないし、メイドの数の多さと屋敷の広さは比例する。しかし、玄関周りに誰一人おらず、迎えの言葉もないのはちょっとおかしいんじゃないか?
そして、開けた瞬間、わずかに鼻腔に入ってきた、血の臭い。
「ロザリア様……」
この臭いをアイナも感じたのだろう。この屋敷で何かが起きている。
アイナが私の服の裾を握る。自身に課された死の運命を思い出したのだろう。
「大丈夫、アイナは私が必ず守るから。とにかく、お父様とお母様のところへ行こう」
私には、二人はリビングにいるーーそんな確信があった。それはきっと、ロザリアの経験則なのだろう。
リビングに向かう途中、倒れている人影。背中の傷口がメイド服を赤く染め、血溜まりを作っている。
「ヨライさん!」
アイナが駆け寄る。揺すってもヨライと呼ばれた女メイドは起き上がらない。私もアイナに追いつき、倒れたメイドの首に手を当てる。
脈を測る前に、その肌の冷たさが私に死を理解させた。脈はない。死んでいる。
「ヨライさん、ヨライさん……」
アイナが泣きながら揺すり続けている。
私はその名前に聞き覚えがなかった。以前のロザリアはどうかわからないが、今の私には全く知らないメイド。しかし、そのような関係性だとしても死体となって転がっていると心が乱される。
「もう…彼女は死んでる」
私は倒れたメイドからアイナを引き離した。
「アイナ、私達は進まなきゃいけないの。たとえ、これから何を見ようとも、何が起きようとも。アイナ、わかって。私達の最優先事項はお父様とお母様の安否。ブラッドレイン家の存亡がかかっている。もし、どうしても怖いなら目を瞑っていて。私が引っ張っていくから。アイナを死なせたくないから、ここには置いていけない」
このメイドを殺した何かがまだ屋敷内にいる可能性がある。魔物か、人間か、魔法使いか。それはわからないけれども。
私の言葉を聞いて、アイナが立ち上がって涙を拭いた。
「ロザリア様、行きましょう。もう心配はおかけしません」
それから私達はいくつもの死体を見た。共通しているのは、鋭利な刃物による切り傷だということ。可能性としては斬撃系魔法か、剣か、斧と言ったところ。着衣の乱れから争った形跡がわかるので、魔法でなく武器による殺傷だろうか。
アイナは目を瞑っていない。今にも泣き出しそうな目で、廊下の先を見ている。何かを見つけたら、すぐ私に知らせるために。
死体の数が10を越えたところで、リビングにたどり着いた。父も母も倒れてはいなかった。弟の姿もない。無事でいるといいのだけれども。
「お父様、お母様!」
私は叫びながらリビングの扉を開けた。目に飛び込んできたのは、椅子で動かなくなっている血だらけの父と血溜まりの床に倒れ込む母の姿。まず私は父のもとへ行き、傷口を見る。胸に一突きされている。心臓を刺されて即死だろうと思うが、父の首元に手を当てて確かめる。
ひどく冷たい。
「うっ」
冷静であると思っていた私の意思と反し、身体は胃の内容物を残らず吐き出した。
「ロザリア様、ロザリア様」
泣きながらアイナが私の背中をさする。
「ありがとう、大丈夫だから」
と言った瞬間に、吐き出すものがないのに身体はえづき出した。私は必死に堪える。全然大丈夫じゃない。
でも、私にはまだやることがある。
口を左手で押さえ、右手で胃のあたりを押さえながらゆっくりと母のもとへ歩いていく。急ぎたくても、身体は言うことを聞いてくれない。
うつ伏せに倒れていた母を起こして仰向けにする。首の頸動脈が切られている。
私は考える。
これらからわかること。父を脅威と感じ、即死させるために心臓を一突きしている。母はおそらくそうでもないのか、頸動脈を切ることでの殺されている。血の魔法が使える父は、頸動脈を切られたくらいでは死なないかもしれない。母は、血の魔法が使えないので頸動脈で十分、と思われている。つまり犯人は父と母のことを十分に調べ上げていて、突発的な強盗などではないということだ。
つまりこれはーーブラッドレイン家を根絶やしにするための犯行。
メイドが死んでさえいなければ、父と母だけを狙ったものという可能性もあった。しかし、この惨状を見る限りどう見ても皆殺し路線だ。
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