第12話 魔導書ゲットから速攻盗まれて終わり

 路地を抜けて通りに出る。店は少なく、大通りほどの活気はないが人の往来は多い。みな、どこへ行くのだろう? 私はこの街の地理に疎いので皆目検討がつかない。

 アイナは気を張って、周囲を見張っている。自身へ襲い来る死を警戒しているのだろう。私はアイナを占ってもらうべきではなかったと思った。いや、正確に言うのであれば、アイナにそれを伝えるべきでなかったのだ。私だけが知っていれば、それで良かった。

 私はアイナにそんな苦しい気持ちになってほしくないから。

「もうすぐ、着きます」

 アイナが言った。

 魔導書は魔導書専門書の店で売っている。見た目こそ小さな本屋に近いが、雰囲気はちょっと物々しかった。中に入ると、警備と思われる魔法使い達が私達に一瞥を投げた。盗もうとしたら魔法が炸裂することだろう。

「予約した魔導書を取りに来ました」

 私はカウンターに座っている老婆に向かって言った。老婆は書き物を止めて私達を見る。

 眼鏡のレンズを経てもその眼光はすり減らない。老人には柔和な人間とキツい人間の二種類がいるが、彼女は間違いなく後者だ。ただ、これは私の印象だけど、多分彼女はキツい性格をしていても当たり散らしはしない。

「ロザリア・ブラッドレインか」

「はい」

 私は覚えていないが、既に会ったことがあるのだろう。

「お前が購入したのは魔力の増強に関して書かれてある一般的な魔法理論書で、この魔導書自体にも魔力が込められている。魔道具として用いる場合、魔法の威力の増強などに役立つだろう」

 薬剤師が薬の効能を説明しているみたいだ。魔導書に関しても何らかの法律があるのかもしれない。

「注文の品はこれで相違ないな?」

「はい」

 わからんけど、はい。

 どうやら魔導書というのは教科書でもあり、魔道具でもあるらしい。

「代金を渡しな」

 私は財布から2万エルを取り出して老婆に渡す。

 すると彼女はカウンターの下から本を取り出し、私に差し出した。私は魔導書を受け取り、鞄に入れた。

 大きさこそハードカバー程度と大きめであるが、厚くはなく軽い。戦闘でも使いやすいようになっている。

「前にも言ったが、お前さんは血の魔法で特殊だからと言って一般的な魔法理論を学ばなくていいわけじゃないんだ。他の魔法の成り立ちを知れば、対処法も自ずと知れる。たまには魔力の込められていない魔導書も買いな」

「本日は持ち合わせがありませんので、別の機会にきっと伺いますね」

 と営業スマイルを浮かべると、それを見た老婆は驚いた。

「なんだか別人みたいで気味が悪いね…。」

 そう言われても、以前のロザリアを模倣することなんて私にはできない。

 魔導書店を後にし、今度はキキリのいた路地を通らないルートで帰る。

「私は今のロザリア様の方がいいです」

 アイナは私を見上げながら言った。別人みたい、と言われたことに対してだろう。

 私は雑踏の中でぎゅっとハグしたくなる気持ちを堪え、代わりに手を、アイナが痛みを感じない程度に強く握った。

 昼時になったので喫茶店に入って昼食を摂ることにする。

「私もいいんでしょうか」

 アイナが恐る恐る私に尋ねた。

「当たり前でしょ。メイドが外で待っていたら、逆に主人の私に恥をかかせることになるわ」

「以前のロザリア様は外で私を待たせていたので…」

 ロザリアは傍若無人で性格が悪いので仕方がない。彼女の癇癪の前には恥という感情すら薄らいでしまう。

 流石にアイナの警戒心も食事の時は薄れたのか、楽しそうに食事をしている。私はそれを見て安心する。いつ死ぬんだろうとビクビクして食べていたら、美味しいものもまずく感じる。このままいっそ彼女の死の占いについて忘れてくれたら気が楽なのだけど。

 昼食を終えて、馬車への帰り道。

 違和感。鞄が、突然軽くなったようなーーその時はもう遅かった。肩に掛けていた鞄を開けて中を見ると、魔導書がない! 

 そして、鞄には横から切り込みが入っている。それはあまりに手慣れた綺麗な切り口だった。

 後ろ振り向くと人混みをかき分けて駆け出していく少年の後ろ姿。魔導書は見えないので確証はないけれど、きっとあの少年が犯人だ。

「泥棒ー!!」

 叫ぶことで人混みの流れが少しの間止まったが、それは相手にも有利に働いた。

 これが、人通りの少ない道であれば、誰かがその少年を犯人だと認めて手を貸してくれるかもしれない。

 しかし、ここは人混みの雑踏だ。誰が泥棒なんだ?と人々は互いに顔を見合わせている。

「嬢ちゃん、俺が泥棒だっつーのか!?」

 近くにいたガタイの良い荒くれ者に絡まれる。

 ああ、もう本当に面倒!

「違います! あそこにいるーー」

 少年を指さそうとするが、もう見えなくなっている。私は荒くれを無視して駆け出した。

 が、問題はアイナだった。二人手を繋いだまま走り出すことはできなかった。私一人ならこの人混みをかき分けながら走れただろうけど、二人一緒には無理だ。

 少年の特徴は覚えていた。黒髪をヘアゴムで雑にたばねたポニーテールで、白いタンクトップの後ろ姿の少年。少女という可能性もあるけれども、少なくとも、後ろから見た身体つきーー骨ばった肩や腕についた筋肉という特徴からは全く少女には見えなかった。

 私達は街を2時間ほど探し歩いた。けれども、該当する人物は見つけられなかった。人探しをするにはこの街は広すぎる。せめてどこにいるかなどの見当がつけば別だが、そんな見当は皆目つかない。

 どうしようもないので私達は馬車で家に帰ることにした。御者を待たせすぎるわけにもいかない。

「ごめんなさい、私のせいで」

 とアイナが私に謝る。アイナを置いていけば、追いついた可能性は0ではない。

「いや、悪いのは私。アイナは何も悪くない。盗まれたという根本的な問題は私のせいなんだから」

 魔導書は盗まれやすいということを私は知っていた。なので私は鞄を奪われないように気を張っていたのだったが、まさか鞄を切られて中から盗まれるなんては想像していなかった。

 しかも、これは私に入れ替わる前のロザリアであれば対処は難しくなかっただろう。血を操作して魔導書と自分の身体と結びつけておくーーそれくらいの芸当はできるはずだ。

 はぁ、自己嫌悪。

 帰りの馬車の空気はお互いの罪悪感と不安に満ちていて、ひどく居心地が悪かった。二人は揺れる車内でただただ寄り添っていた。

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