【短編】幼馴染を寝取られた後輩が、可哀想だけど、それはそれとして多分呪われてる話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】幼馴染を寝取られた後輩が、可哀想だけど、それはそれとして多分呪われてる話


 




「彼女、寝取られたことがあるんです……俺」

「…………………………………………そっか」





 深夜二時四十二分、浅川は私―――女子大生・日浦の自室でそれだけ言った。

 シャワーを上がってからしばらくスマホをいじっていた私も、それだけ返した。

 二人が共に夜を過ごした後の、初めての会話だった。





 大学の映研の先輩後輩であり、趣味友達でしかなかったはずの私達は、今夜、突然男女の関係になった。



 

 運命の分岐点はどこだったのだろう。

 サークルでの例会からの帰り、いつも通り居酒屋で日付が変わるまで好きな映画のことを語りあかして、アパートへ帰ろうとする私に「送ります」と彼が言った時だろうか。

 自室の玄関ドア前で別れを告げようとする私が、無自覚にもどかしそうな、未練がましそうな顔をしていた時だろうか。

 何かのたががはずれたように、急に玄関に押し入って私に口づけを交わしてくる彼を、私が何の抵抗もせずに両手で抱きしめた時だろうか。 




 シャワーから出て来てバスローブ姿で椅子に腰かけた私は、数十分間彼と何の会話も交わせず、スマホをいじるしかなかった。

 無理もない。

 気まずいに決まっている。

 彼氏彼女ですらなかったはずの、同じサークルの同じ友達という意識しかなかった二人が、突然急に激しく意識し合ったのだから。




 ……いや、この際観念しよう。

 友達と思おうとしていただけだ。

 心のどこかでは、私を意識している彼と、彼を意識している自分自身に気づいていた。

 私たち二人ともが、たがいに自分の気持ちから逃げていたのだ。

 さっきまでの気まずい状況は、ありのままの思いから逃げ続けた報いにすぎない。





 気まずい空気を払うように、ベッドに腰かける彼が最初に語ったのは、自分の過去だった。

 でも、その一言だけで、何だか彼の色々な背景が垣間見られた気がした。

 悲恋に終わる恋愛映画を好んでいること。

 基本サークルでは明るいのに、時々ものすごく暗い表情をすること。

 今の今まで正直に、私に好き、と言えなかったこと。




「高校一年の頃だったんですけど……」

「あの、辛かったら話さなくてもいいと思う」




 今の彼のアイデンティティ、その根幹をなす出来事を吐露してくれたことは、嬉しくもあった。

 ただ、余りにも辛い出来事だったのを察して、話し続けようとする彼を私は止めようとした。


 



「いえ、話します」

「そんな、無理に話すこと」

「先輩が好きだ」





 不意打ちの一言だった。

 それを言われて、私はどういう表情をしていたのだろう。

 鏡越しに少し見えた自分の顔が赤くなっていたのは、シャワーを浴びた後で火照ってるからでは絶対にないだろう。




「ごめんなさい、今になってこんなこと言っちゃって……完全に順序逆ですよね。でも好きな人には、自分のことを知って欲しい。だから、先輩には、自分のことをできるだけ話しておきたいんです……特に、一番辛かったこととか」

 真摯な瞳で見つめてくる彼に、私は何も言い返せなかった。

 年下の男は、こういうとき卑怯だ。

 私は、観念したように頷いてこう言った。





「……わかった、聞くよ。私も、好きな人のことをもっと知りたい」

「先輩っ……」




 涙ぐみそうになる彼に、「何も話してないうちからへたるんじゃない」と冗談交じりに言って、私は続きを促した。

 



「それはあまりにも、突然の出来事でした……」

 それでも緊張が解けなかったらしく、彼は淡々と、あくまで淡々と語り始めた。






◆   ◆   ◆






「なん、だよ……これ」

『イエーイ、映画オタク君見てる~~?? キミの彼女、今俺の隣で寝てまーす!!!』


 

 ある日引っ越したばかりの自宅に、差出人不明のUSBメモリに保存されていた動画ファイルが届きました。

 俺はそれを見て、ただただ呆然とするしかありませんでした。



 彼女は幼稚園の頃からの幼馴染で、兄妹みたいに仲が良かったんです。

 中学に入ってから異性として意識し合った結果、付き合うことにもなりました。



 でもあの日、そんな俺たちの関係は全て打ち砕かれました。

 部活の合宿へ行くからと、数日会ってなかった彼女が、体育会系の先輩と一緒に寝てたんです。





『ごめんね、リュージ君……でも彼、すっごくイイんだ……』

『だってさァ!!! 残念でしたァ!!! ギャハハハハハ!!!』

「嘘だ……嘘だろ…………?」



 


 画面越しに僕に謝る彼女は、僕に一度も見せたことがない、新たな快楽に目覚めたような表情に満ちていました。

 悲しいとかそういう前に、信じられない、という気持ちが脳を支配してました。




「なんで……なんでだよ……レイコ……なんでなんだよォ……!!!!」



 

 そのまま俺は、PCの前で震えあがることしかできませんでした。

 目の前の画面には、惨めな俺を嘲笑うかのように。

 獣のように笑い転げる先輩たちの顔と。




 突然の砂嵐の後、落ち葉だらけの山中に掘られた井戸と、そこから這い出てくる長い黒髪の女が映っていました……




◆   ◆   ◆




「それからです、女の人のこと、信用できなくなったの……」



 数秒間の、沈黙。



「……ありがとう、話してくれて」

「いえ」

「辛かったね、おいで」

「先輩っ……」



 人の想い出を聞いた者として、私は感謝の言葉を言う義務があった。

 年上の女として、過去のトラウマを話した男子を抱きしめて労わる義務もあった。




 辛い話だ。

 物心ついた頃からの幼馴染が突然裏切ったとあれば、それは少年時代の彼にとって殺されるにも等しい出来事だっただろう。

 口調、声音からも、悲しみ、苦しみが嫌と言う程伝わってきた。

 今まさに私の両手に抱かれている浅川も、まだ少し震えている。




「………………………………で、悪いんだけどさ」




 両手をほどいて、私は彼に向き直った。




「………………………………もう一回、話してくれる?」

 私の頼みに、浅川はきょとん、とした反応を返した。




「……今した話を、ですか?」

「ごめん、めっちゃ変なこと頼んでるのはわかるんだけど……」




 おかしなことを言っているのはわかっている。

 今すべきことは、過去を吐露してくれた彼を労わることであって、確認のためにもう一回話を聞くことではないのはわかっている。





 違和感さえなければ。

 今の話の、特に最後の方への、ほんの少しの、ほんの少しだけの違和感さえなければ。





◆   ◆   ◆




『イエーイ、映画オタク君見てる~~??』





(中略)





 画面には、惨めな俺を嘲笑うかのように。

 獣のように笑い転げる先輩たちの顔と。



 突然の砂嵐の後、落ち葉だらけの山奥に掘られた井戸と、そこから這い出てくる長い黒髪の女が映っていました……



 そして、その後突然スマホの着信音が鳴り響いたかと思うと……

 彼らからのイタズラ電話らしき、黒板をひっかくような不快な音まで響いてきたんです……





◆   ◆   ◆






「……うん、ありがとう、繰り返し話してくれて」

「いいんです、却って落ち着きました……」








 ……









 …………









 ……………………










 何かいたなー……………………








 いや、彼が前の彼女のことでとても悲しい経験をしたのは事実だし、私に話してくれたことはとても嬉しいし、力にもなってあげたいんだけど……







 それよりも、何かいたんだよなー……







 多分、寝取られたどころじゃない何かが……

        2回目でちょっと増えたし……





 目の前で話を語っている最中の浅川の表情は真剣そのものだった。

 私を押し倒したとはいえ、基本は真面目な後輩だし、(俳優の演技を語るのが好きな割に)演技がうまいタイプでもないので、嘘をついているわけでも、私をおちょくっているわけでもないと思う。





(……というか、今そういう形式で出てくるの、あの人?)

 USBに保存された動画で、砂嵐が映るのはどう考えてもおかしい。

 話のトーンから垣間見られる印象から言って、彼の恋人を寝取った連中は直接的なイジメが好きなタイプだし、わざわざ砂嵐なんて凝った動画編集を駆使して回りくどい嫌がらせをするとは思えない。

 そもそもが話題になったのはもう四半世紀も前で、彼も寝取った連中は世代ではない。私ですら、オカルトマニアの友達の影響で最近知った人物だ。





 何が言いたいかというと。

 何かいたんだ。

 彼が恋人を寝取られたという悲劇とは、別の何かが。





 気がついたら私は、なんかすごい、板挟みになっていた。

 彼を慰めてあげたい気持ちと、【それよりも、いた何か】への興味とで。





「……辛かったろうね、幼稚園の頃からの幼馴染が寝取られるなんて」

 違和感をどうしても拭い去れないものの、直接的な質問は彼に悪いと思い、私はまずそう返した。






「…………キミ、それから後、どうやって過ごしたの?」

 なので私は、彼の心境と【それよりも、いた何か】、どちらのことを聞いているともとれる問い掛けをすることにした。






「それから後、ですか……」

「うん、そう、具体的には…………その後の一週間とか」

「死にたいとは思いましたかね……一週間どころか、数日後にはもう。考えただけで、自殺未遂するほどの気力も残ってなかったですけど」




 あー、かわいそう……

 でもそーいうことじゃないんだよな……

 かわいそうだけど、そういうことじゃないんだよなー……




「そういえば、彼女が行くって言ってたその合宿先はどこだったの」

「伊豆の方にある貸別荘です」




 伊豆の貸別荘って……

 ビンゴじゃん。

 完全にの場所じゃん。




「えっと、その元カノと、彼女を寝取った連中は、その後どうなったの?」

「知りませんよ。知りたくもありません」

「気持ちは分かるけど、風の噂くらいは回って来るでしょ」

「まあ、車の中で変死体で見つかった……みたいな噂は聞いてます。眉唾もんの情報ですけどね」

 あ、絶対何かあったわ。

 あの動画が録られた瞬間、絶対何かあったわ。

 で、見た彼自身にも絶対なんかあったわ。






「あまり褒められた感情じゃないですけど、正直言ってその噂聞いた時、俺ざまぁって思ったんですよね。もちろん人前ではこんなこと言いませんでしたけど」

「…………いや、わかるよ」

 確かにざまぁだけど。

 確かにざまぁだけど、それはそれとして、だろ。

 多分その時の君それどころじゃないだろ。






「その後なんか、辛いことなかった……?」

「辛いというか地獄でしたね……同級生にはしばらく気を遣うような目で見られましたし」


 

 あーかわいそ「ア……ア……」う!

 でもそーいうことじゃないんだよなー!!!

 かわいそうだけど、そーいうことじゃないんだよなー……




 ていうか、今彼が生きてるってことは……

 あの呪いを受けてはいたけど上手くやり過ごしたってことかな……?

 えーと、確かあの呪いの解決方法は……そうだ。




「その動画データ、複製なりして誰かに見せたりはした?」

「いや…………そんなことしませんよ。観た時点でUSBごと捨てました」

「……見せなかったの? でも見せないと……」

「……同じ立場だったとして、先輩はそんなことするんですか……?」

「……それは……しないけど…………」




 うん、この質問するのはやめよう。

 羞恥性マゾな質問をするやべー女みたいになってしまった。




「でもあの日のことは、忘れられないですね」

「何?」

 話題を変えるように「ア……ア……ア……」彼の方で新しい話をしてくれるようなので、思わず私は前屈みになった。





「それから数日後、友だちんちでテレビを見ていると、急に黒い髪の女が窓から這い出て来て」

 え。





「木の板を取り出して、【ドッキリ大成功】と書かれていました。黒髪の女がカツラを取ったかと思うと、映研のクラスメイトの顔が出てきました」





 いやドッキリかい!!!!!!!!







「そうやって周りの人間は元気づけようとはしてくれたんですけど、俺その日以降、男としての自信が完全になくなっちゃったんです……」

「多分だけど、もっと自信もっていいと思うよキミ」

 というか、そこは普通に自信「ア……ア……ア……」取り戻せよ。

 寝た私が立場ねーわ。




 でも、じゃあ切り抜けられてないんだよなー……

 全く呪い切り抜けられてないんだよなー……

 しかも話してる感じから言って、彼自身が呪いに気づいてないんだよなー……




 じゃあどうやって呪いから逃れられたんだろう、今どうして彼はここにいるんだろうと思ったところ。




「……はぁ」

 ホラー映画ラストのファイナルガールのごとく、浅川はぐったりと椅子に倒れ込んだ。





「ごめんなさい、なんかこんなこと話したら急に力が抜けちゃって……」

 トラウマを話し切ったことで、脳にどっと疲労が押し寄せたのだろう。





「…………シャワー浴びてきたら? 私も入ったし」

「いいんですか、女子の部屋のお風呂に男が」

「ヤった後で言うことかっ、ほら入って来な」




 彼の過去に何があったかは、ひとまず置いておこう。

 今の私にできることは、彼の恋人としてトラウマを話してくれた彼に寄り添ってあげることだと思う。

 むしろ私と彼は、過去よりも未来へと眼を向けるべきなのだろう。




「ア……ア……ア……」




 ところでさっきから何なんだろう、微かに耳に入ってくるこの喘いでいるような声は。

 最初は気のせいかと思ったが、リビングに私一人になったことでより鮮明に聞こえてきた。

 隣室の人の喘ぎ声ならちょっと迷惑だな、と思ってたら。




 バイブ音が鳴った。

 私のスマホかと思ったが、机に置いてあった浅川のスマホだった。

 非通知ではあったが、発信者の番号が画面に表示されていた。






『4444444444』

 見るからに奇妙な、通常の発信源ならありえない番号だった。

 ごめん浅川、と心中で謝りながら、私は電話に出た。

 興味本位の、ほぼ反射的な行動だった。






『ニャーオ………………ニャーオ………………』

 私は呆気にとられた。

 電話主の声が人間ではなく、ネコのそれだったから。






(………………………………………………………………まさか)





 その時私の脳裏に浮かんだのは、浅川が少し前にしてくれた個人的な話だった。

 高校入学時、海外に出張が決まった彼の両親が、新しい環境で高校生活を送れるようにと実家の近くに一軒家を借りてくれた、ということ。

 彼が独り暮らししていたその一軒家は、居住者が変死する事件が多発している事故物件であり、だからこそ両親も安めの家賃で借りられた、ということ。

 事故物件が全然平気なタイプの彼は、立地と広さから二つ返事でそこに住むことに決めたし、実際住んでみたら快適だった、ということ。







 やがて頭に浮んだ、一つの疑惑。

 その疑惑に導かれるように、私はカーテンと窓ガラスを開け、ベランダへと出た。







「……あ」







 私の中で、点と点が線になった。

 疑惑は、確信へと変わった。










「相殺だ………………………………」









 彼、持ってたんだ……

 だけじゃなくて、も持ってたんだ……






 窓の外の光景を前にして、私はそう確信したのだった。







 窓の外の、誰もいない道を四つん這いではいずり回る、白いワンピースの黒髪の女を前にして。







 

 なお。








「なー浅川ー?」

「はいー?」

「窓の外にいるあの人誰ー?」

「誰って、誰のことですかー?」

「あと、今家にいるこの男の子誰ー?」

「だから誰のことですかー?」






 本人は気付いてなかった。







■   五時間後   ■







「あの……先輩」




 同じ大学の同じ映研にいる日浦先輩の部屋の玄関を出て、俺―――彼女の後輩の男子大生・浅川は、ドアだけ開けている目の前の彼女にこう言った。



「先輩が俺のこと嫌いなら……今だったら、一夜限りの関係にもできますよ」

 とっくに一線は越えているのに、俺はまだ異性との関係に臆病になっていた。

 こんなこと言った自分が、今になって嫌になる。




「はぁ……まったく君って男は」

 しかし俺のその言葉に、一瞬呆れた表情を浮かべた先輩は。

 




 チュッ……





 昨夜俺がしたことの意趣返しかのように、俺に口づけを交わしてくれた。






「先に関係を始めたのはキミだろ? 責任を取りなさい」

 その後、彼女はウインクしながらそう笑った。

「…………」

 茶目っ気のある瞳で見つめてくる彼女に、俺は何も言い返せなかった。

 年上の女の人は、こういう時卑怯だ。





 その夜の明くる朝、結局俺は家へ帰ることになった。

 先輩と離れたくない、大学行くまで二人でいましょうよ、と正直に言いはしたが、彼氏が二日連続で同じ服着るような不潔だと損をするのは彼女なんだ、と言い負かされた。




 キスされた後、なんだか不安だな、先輩みたいな素敵な人に俺みたいな男が釣り合うのかな、と思わず弱音を吐いてしまった俺に、彼女は「君はなんだか、色んなものに呪われているみたいだね。トラウマとか、劣等感とか、他にも色々」と優しい言葉をかけてくれた。




「でも安心しなさい。君が呪われていたとしても、私が守ってあげる。だから―――」




 だからキャンパスで会ったときは手を繋いで歩こう、と先輩が言った時の、そのはにかみながら見せた微笑みを、俺は一生忘れないだろう。





 その女神のような微笑に、はいッ!!と、思わず近所迷惑になってしまうような大声で俺が頷いたことは言うまでもない。








 もう一生築くことはないかもしれないと思っていた、女性との関係。

 傷つくのが怖くて、友達で終わらせようと思っていた、先輩との関係。








 でも、こうなった以上、今度こそこの縁を何よりも大切にしていきたい。

 先輩―――サヨリさんは、今の俺にできた、大切な人だから。










 (はぁ、それにしても……)








 帰宅の道中で、俺は昨晩彼女とした会話に思いをはせていた。







◆   ◆   ◆




 

 俺がシャワーから上がった後。

 せっかくだから夜が明けるまで、彼女と一緒に映画を観ようという話になった。




「へー、【ローマの休日】も【ラ・ラ・ランド】も【ちょっと思い出しただけ】もBlu-rayで置いてあるじゃないっすか!! さっすが先輩の映画好きは筋金入りっすね!!!」

「前も言っただろ、映画館もレンタルビデオ屋もないような田舎じゃあリアルではドラッグやセックスしか娯楽がないって。必然そんなもんに縁のない私みたいな陰キャは動画配信サービスに逃げるしかなくなるんだよ」

「映画好きって言ってもこのご時世ハードまで持つ人なかなか見ないですよ!」

「映画好きの素質はあったからな。実家で映画観出してからコメンタリー付き特典映像付きのハードをアマゾンでポチっとするまで時間はかからなかった」



(改めて先輩ってキレイだなー……長い黒髪がきりっとした顔立ちに似合ってるし……)



「先輩は、四国出身でしたっけ」

東京ここどころか本州からもほど遠い、高知のド田舎だけどね」

「大学進学でこっちに?」

「いや、高校の時に親の転勤で」

「先輩みたいな綺麗な人、地元じゃさぞモテたでしょうねー」

「おだてたって何も出ないよ。恋に恋してた小学生の頃の一回だけだ」



(まるでこの世の人間じゃないみたいだ……先輩が黄泉の国から来た幽霊美人って言われても信じちゃいそう……)



「えっ、どんな人だったんですか」

「ろくでもない奴だったよ、結局友達だった女子になびいたし」

「その人達とは、その時点で絶交したんですか?」

「絶交するまでもなかった。二人とも事故で死んだ。男子は複雑骨折、女子は溺死でな」

「あっそうでしたか……すいません」

「いいよ別に。私もクズだからな、人には絶対言わないがざまぁって思ってしまった」

「似た者同士っすね」

「まぁな。だから天罰が下ったんだろう、15,6のころ私も死にかけた」



(え?)



「心臓発作でな。父さん曰く、心肺は止まってたとさ」

「初耳ですよそんなの……」

「何、今生きてるからいいんだ。でもな、それで面白い話あるんだ。うちの母親って変わっててさ。四国八十八カ所ってあるだろ? お寺を回るやつ」

「あー、【お遍路さん】ですか」

「そ。私が死にかけた時な、無事を祈ってとは思うけど……焦ったのか分かんないけどさ、普通徳島から高知、愛媛と回らなきゃいけないのに、あの人香川から愛媛って感じで逆に回ったんだって! 笑っちゃうよな」

「……え?」





 先輩のお母さんの話に、俺は得体の知れない違和感を覚えていた。





「…………まぁ私は死ななかったけど……でも入れ替わるように友人が二人死んだのは…………」

 違和感を覚える俺をよそに、過去の辛い事件に想いを馳せていた先輩。

 慰めようかと思ったが、その先輩の姿に、俺はゾクリとした。





まっこと、えずい事件だったがや(ほんと、辛い事件だったなぁ)…………」

 ただの俺の気のせいだったかもしれない。

 だがその時、少女時代に戻ったかのように故郷の方言でひとりごちた彼女は。






 確かに腕をパキ、ポキと鳴らせていて。

 確かに口角がつり上がっているように見えた。






◆   ◆   ◆





 家路を一人歩きながら、俺はかつてオカルト雑誌で読んだ、四国に関する民間伝承を思い出していた。




 先輩は笑い話として話していたが、四国八十八カ所を八十八番から一番へと逆に回る巡り方は、【逆打ち】と呼ばれる由緒ある行為だ。

 通常の巡り方の【順打ち】に比べ道が険しく達成も困難なため、伝承では【順打ち】以上にご利益のある行為ともされている。




 例えば、そう。




 死んだ家族が蘇る、とか。







(……先輩のことは大好きだし、彼女のことを一生愛したいけど……)








 それはそれとして、彼女あの人……










 ……………………何かあったなー……………………





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