第5話 巻き込まれ

 色々展開を考えましたが、少々気に入らない進み方になりそうだったのでストーリーを変更させていただきます。

 ご迷惑をお掛けし申し訳ございません。


⁂  ⁂  ⁂  ⁂


 ――あまり、気分の良くないものだろうが。

 味方の魔族が没した際、その死体を喰らう儀式が行われている。

 魔族は不老不死に近しい性質を持つが、病魔や毒など、肉体を蝕むものは施しようが無い。

 そのため、数が無尽蔵に増え続けるという人間の学者の意見は誤っている。

 最低な味とだけ評しておくが、魔族なりの敬意を持つべきだと、ルーナは考えたのだ。

 血濡れた口元を拭き取り、ルーナは立ち上がる。

 雨が降っていた。


 魔族の多くは人肉を喰らって強くなる。

 ヒトを受け付けなくなったルーナは今後強くなることはない。

 しかし、受け付けないというだけで食べれば強くなってしまう。

 度々魔族バレを起こして殺害し、同様に食べていった結果、僅かばかりの権能が戻った。


 ――その一つ、『月桂樹』


 魂へと負荷をかけ、眠るような形で殺害する権能である。

 発動条件は使用者より半径四メートル以内――全盛期は三千メートル以上と言われている――の生命に対し使用可能で、それ以外の条件は存在しない。

 如何なる魔法でも防ぐことはできず、時空や因果を変えるほどの七神であろうと無傷で受け切ることのできる者はいない。

 人道的に逸脱するこの権能により、度々ルーナは『夢喰鬼』などと呼ばれた。

 本来ならば街を覆う規模での使用が可能だったものの、ヒト一匹に使うのが精一杯である。

 

「この権能だけ強くなっても、意味ないんだよね」

 

 今更魔王軍――それも今はどうなっているのだろう――に戻る気も起きない。

 力は使い所がなければ持つだけ無駄なこと。

 ヒトを受け付けないのはそういう意味で都合が良いのに、限界を感じさせないこの肉体にはルーナにとって都合が悪い。


 旅人は傍観者であって、語られるような存在ではない。


 血の匂いに駆られて、理性を飛ばした魔犬の群れが、息を潜めてルーナを睥睨していた。

 例えば、この状況。

 先刻の権能は命一個分が限度のため、群れであると取れる手段は限られる。


 ルーナは全力で走った。

 無論、逃げるしかできない。

 ――強くなるのは良いけれど、順序が違うよ……


「ちょっと待って、いま人が見えなかった?」

「……そうか?魔獣と間違えたんじゃなくてか?」

「一帯は幻惑の魔獣もいるらしい。もしかしてサラが引っかかったか?」

「そんなわけないじゃん!ほら、見て!」

 

 指を指した方向、しかし背後に荒い吐息が聞こえてくる。

 三人は恐る恐る振り返った。

 

「嘘だろおおおおお!」

 

 魔犬の一部が、別の肉に釣られてしまったのだ。

 無論ルーナは意図していないことだが、冒険者達からはタブーとされる行為である。

 

「おい!本当に人がいたのなら、こっちは飛び火を喰らったことになるぜ!」

 

「え、一瞬だけだったけど、パーティーって感じでもなかったよ?」

 

「とにかくこいつら潰した後で、サラの話していた奴、追うぞ!」

 

 ガルフは白銀の剣を抜いた。

 

「「了解ぃ!」」

 

 ところが、その魔犬の背後に、ルーナは一周して辿り着いてしまった。

 

「えっ、こんな所にも……」

 

 後ろを見る余裕がなかったために、魔剣の数を正確に把握していなかった。

 それゆえ、彼女にとっては戦闘の場面に出くわしたと誤認している。

 

「いた!あの子だよ!ほら本当にいたでしょ?」

 

 サラは魔法で魔犬の一匹を焼き払う。

 その炎の向こうに少女を発見していた。

 ガルフとジグも各個撃破を遂げ、ルーナを見る。

 

「…………お友達を引き連れてな」

 

 だが、背後の存在の方が重大だった。


 

 地面が盛り上がり、一種の槍となって魔犬の喉笛を貫いた。

 慟哭をあげながら、魔犬は一瞬にして塵と化した。

 

「つ、つよい……」

 

 ――今時、詠唱なしであそこまでできるんだ。

 

 否、見たことのない木製の棒。

 あれが詠唱を肩代わりしている。

 ルーナは目敏く棒を観察し、魔法発動の補助を担う魔道具の一種であることを見抜いた。

 

 ――杖、と言ったかな。

 

「おいお前!なんで真似するんだ!お前の獲物は…………って旅人じゃないか」

 

 紋章を目にし、ガルフの怒気は一気に冷え込んだ。

 

「悪気があったわけではなくて……」

 

「一人か?ここは危険だよ。なぁガルフ、僕らで街まで送ってあげようよ」

 

 ジグはそんな提案をした。

 だが、二人ともその反応は良くない。

 

「ジグ、分かってくれ。俺たちにそんなことをやる時間はない」

 

「ほら、私たちって援軍として行くわけでしょう?こうしている間にも人が死んでいるし、時間をかけられないの」

 

「でもそれは、この旅人を助けない理由にならないと思う」

 

 剣士と魔法使い、そして盾役なので冒険者のパーティーと読み取って良いだろう。

 ガルフがジグの胸倉を掴んでいるあたり、関係は良好とは言えないが。

 

「ワタシ、旅人だから。よかったらついて行ってもいい、かな?」

 

「は?私たち今から戦場に行くのよ?」

 

「飯代も寝床も、払うのは俺たちだ。今時旅人なんて無職と変わらない」

 

 三人の反応は良くなかった。

 ルーナにお金は殆どなく、宿代を出せる余裕はない。

 

「自分で用意する」

 

「どうして、わざわざ危険な目に会いに行くの?」

 

「ワタシは物語が生業。だから物語を作るために」

 

「俺たちの物語でも作る気か?クソつまらない話になりそうだ」

 

 ガルフの目はひたすらに鋭かった。

 ルーナは怖気付いても、退くことはしなかった。

 

 ――悪くない話が書けそう。

 

 そういう直感は従っておいた方が良い。

 

「つまらないかどうかは、君たちがどうするかによる、と思う。武功を立てれば、ワタシはその物語を紡ぐ」

 

 はなから考えてもいない構想をつらつらと言い、ガルフの出世欲を誘い出す。

 連携のないパーティーが等級を上げられるほどこの世界は楽じゃない。

 大抵Cランク止まりだろうか。

 

 ――絶対に乗ってくる。

 

「ねぇ、ガルフ。悪くない話なんじゃない?」


 その欲求は以外にもサラの方が大きかった。

 

「でも、旅人が危険だよ」

 

「…………命の保証はない。それでも良ければついて来い」

 

 面白くなってきた。

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魔王が死んだのに最後まで生き残ってしまったので旅でもしようと思います。 原子羊 @Atomic-Sheep

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