第16話 醜いわね
目を覚ました。
手を動かそうにも何かで拘束されている。
眼も何かに覆われており、口だけは枷がない。
足音が聞こえる。ヒールのようなコツコツとした音だ。
その音が目の前まで来て、止まる。
「こんにちは、赤沢ケンマさん」
透き通る凛とした声音の女性の声が親しげに言う。
足音が至近距離まで近付いてくる。
「誰だ……!!」
「私は──。そうね、デイドリームとでも名乗りましょうか。無駄かどうかは貴方の心持ち次第よ、キリギリスさん?」
男、赤沢ケンマの頬に感触がする。
その冷たさに悲鳴をあげたケンマへ、女の笑い声が聞こえた。
「し──。申し訳ありません、連れてきました」
「あら、ダメじゃない。グッチー?」
金属の擦れる音がして男の声が混じる。男が急に慌てふためき謝罪すると、聞き覚えがある少女の悲鳴がやけに響いて神経を苛立たせる。
「さて、今回の主犯格が二人揃ったので話をさせて頂きましょうか。赤沢ネネさん、赤沢ケンマさん?」
名前を告げられて全てを知られてるんじゃないかと、背筋が凍る気持ちで首を左右に動かして目隠しを外そうともがくも、外れないので諦めると見えない相手を睨む。
「お、叔父さん、どうなってんのこれぇ!!」
「……わ、分からないよ、俺も!!」
狼狽して金切り声でケンマを責めるネネに言い合いが始まるが──
「黙りなさい」
怒鳴り合う二人の声を止めたのは女、デイドリームの静かにけれど物明確な怒りと殺意がこもった声だった。
手を拘束されているだけに間近で見てしまい萎縮してしまった少女と、底知れない恐怖心で震えた男の反応を見て、女は可笑しそうに嗤う。
「赤沢ケンマ、貴方に聞きます。自首するつもりは? そして赤沢ネネ、貴女には赤沢ミミさんと父親に対してどう弁明なさるおつもりですか?」
黙りを決め込んだ二人に疲れたような様子で女はため息を吐く。
「困ったら黙りですか。赤沢ネネはともかく、貴方は実害をだした。その意味を理解していらっしゃらないようですね、赤沢ケンマ? 刺した相手が彼だったから、こうして私直々に尋問してるのですよ」
冷たい何かが、また喉元に触れた。
視界が遮られているケンマのそれは想像以上に恐怖心を煽られる。
ネネの目には鈍く光るスプーンを持った手だけが見えた。
「す、るっ!!」
「え? なんて? 自分の立場も分からない、その小汚い口はハッキリと物事さえ言えないのかしら?」
スプーンが更に男の喉元に押し込まれ、男は悲鳴を上げると下半身をアンモニア臭の液体で濡らした。
「し、しますします!!自首させてください、お願いします!!」
ヨダレを周りに飛ばしながら歯を食いしばってそう言う男に、満足したのかスプーンを喉元から放した女は低い嗤う声をさせて、私の方に向かってくる。
「赤沢ネネ?」
真っ暗闇に私の呼ぶ声に、身を震わせて返事をすると女はスマホを取り出して流す。
それは情事の一部始終が撮られた動画だった。
言葉を無くして、え、あと言葉にならない私を見てまた噛み殺したように嗤う女は、倒れてる私の顔の口元を鷲掴みする。
月が照らされて、ここが廃工場跡地であること。
そして女。赤髪の綺麗な美人が口元を醜く歪めて、私を見下す顔が見えた。
怒りに燃えた強い、赤い瞳の眼差しに私が恐怖で固まる。
「海外サーバーを経由で日本のSNSで流してもいいかしら?」
改めて映し出された私と叔父さんの動画に私はごめんなさい、止めてくださいと懇願する。
「改めてだけどね、事実確認するわ。叔父の頼みで姉を拉致する計画を立てたのは貴女。そして実行したのはそこの失禁○ソぺ○野郎。隠蔽したのは貴女の母親、この○○○小のクソ野郎の姉。で、間違いないわね?」
私が認めて、何でもするから、償いますからと懇願する。
女は面白くなさそうに顔を顰めた。
サングラスを掛けた巨体の男の人は何やら、その反応を見てオドオドし始めてしまう。
「何でもすると言いましたね? では貴女達のやろうとしたことを一切合切、何も知らないご家族に打ち明けることが、これを流さないことへの条件としまう。ついでに我々のことも他言無用にすることも条件に。まぁ、誰かに言ったのが分かり次第、全力で貴女の人生を終わらせたくなるほどのことをしますから、そのつもりで、ね?」
これが単なる脅しでないことを直感した私は震えた声で返事をする。
「さてと、グッチー? バイルは?」
「今、車で待機させてます」
「なら、彼女を車に乗せる時と入れ違いで呼んできて? 赤沢ネネの処遇はこれで手打ちとしました、つまらないけど。赤沢ケンマ、貴方は自分が犯したこれまでの罪を清算してから自首しなさいな。後、その女の下着とか脱がしておいて、車が臭くなる」
「分かりました。そういう訳だから自分で脱いでから車に乗ってね?」
汗と失禁で濡れた下着を捨てて私は男の案内で車に入る。
最初は気が付かなかったがもう一人車には居た。
ホストクラブに居そうなイケメンの男の人は、私を見て優しく微笑むと車の助手席から飛び降りるように降りるとズボンに両手を入れて廃工場の方へと歩いていく。
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