第17話清算
「罪の清算って?お、俺に何をする気だ!!」
「清算は清算よ?馬鹿じゃないの?」
「来ました」
私の言葉に男が何か危機感を感じたのか、叫びながら暴れ狂う。
そんな時、彼が来た。
温和な顔立ち、高身長でイケメンは嬉しそうに頬を緩ませて、細目で赤沢ケンマをバイルは舐めるように見ている。
「本日はどのようなコースをご希望でしょう?」
「この男の未成年者性的暴行、殺人未遂の経歴から考え、あれにしましょう」
「あれと言いますと──。彼の”男性としての尊厳”は二度と来ないでしょう。私はあの感触が大好きですけど、よろしいのですか?」
「ええ、したくても出来ない身体にしてしまえば、再犯したくても出来ないでしょ? 」
「ぁあ……最高です。控え目に言って幸福の極み──始めます」
「帰りは自分で頼むわ。タクシー代と宿泊施設の代金。毎回のように依頼料は振り込みで……。それじゃ赤沢ケンマ、バイル。お楽しみに」
ヒールの音が遠ざかるのを赤沢ケンマは必死に止めるが、それも虚しく足音は遠くなる。
口周りを舐め回し、バイルは一歩歩く。
その足音に赤沢ケンマが狼狽え、身体を捻るように後ずさる。
「酷いなぁ。傷付くよ、その反応」
頬に手を当てて目を細めるそれは捕食者のそれだ。
「来るな……」
「安心して。私は優しいんですよ? どんな人でも満足させてあげます。その変わりに少し痛いけども、大丈夫!!」
「来るなぁああああ!?」
※
助手席に座った女と運転席に座ったグッチーこと火口鏃は、自分の社長である女、舵月花に確認しようした時、工場から悲痛な男の叫び声と高揚した男の声が共鳴するように響いた。
月花はそんな声にも気が付かないのか、口元に手を当てて黙考しつ続けている。
──なのよね。
「彼は兎も角、彼女が姉の行動を把握してるのが不自然なのよね」
独り言を続ける月花に、火口は邪魔にならないよう車を静かに走らせる。
「そもそも、明らかにずさんな計画だけど、街の監視カメラを回避し、それらの位置を縫う位置で仕掛けたのも妙だし、目撃者があの日の時間帯にいなかったのも引っ掛かる。私なら人払いに工事の縦看板を設置して人払いした後、捕まえるけど監視カメラまで把握するのは困難。彼女、やり口は自分で考えたって言ってたけど恐らくは催眠用法で記憶を改竄されてるのね……。心理学者? ──怪盗二十面相とか、その手の人なら良かったのに」
「二十面相はそんなことしないですよ。着きました社長」
考え過ぎて話が脱線仕掛けてるのを見計らいそう火口鏃が言うと、月花は現状を確認して頷く。
着いた場所、それは赤沢宅ではなく、舵月花の事務所がある世田谷区の地下ガレージ内だった。
「運転お疲れ様、グッチー。今日はもう上がっていいわ。残業代割増で今月付けるわね」
「い、いえ、元々は自分の失態。サービス残──」
「馬鹿ね。自分の部下の尻拭いすらしない無能にしたいの私を? 万事全て良ければよ。さっさと帰りなさいな、しっし」
私が手で払い除けるジェスチャーをする。
火口は戸惑う素振りで、申し訳なさそうに不承不承と言った気持ちだろうか。
立ち去る際には頭を深々と下げてガレージから出た。
私は手を上げて応対すると車の後ろに座った少女を外に出して、手の手錠を外して、新しい衣服と下着を渡すと付いてこいとだけ伝える。
慌てて付いてきた少女を風呂に押し込み、私は冷凍食品を温めて木製の縦長のテーブルに並べる。
学生時代に作った縦枠に、木工場から格安で買った木の断面をレジンで固めたオシャレなやつだが、今見ても綺麗だと思う。
恐る恐る風呂から上がった少女を手招きして、飯を食えとだけ言い、私は1階のベランダに出ると嫌いな煙草を吸うことにした。
仕事終わりだから服が煙草臭くなっても問題ないが、やはり不味い。
こうして身体を痛め付けることを代償に生きていかなきゃ、私は生きていけない人間だ。
自分自身を客観的に見る。
弱い人間、悪を憎み。自分自身を憎む。
煙を吸い込み過ぎて噎せた。
喉がイガイガして、気持ち悪い。これなら酒を飲んだ方がいいくらいなほど不味い。
吐き気を抑えて、短くなった煙草を灰皿に押しつぶす。
最悪の気分で同時に自己満足感に浸ることが出来る。
寿ツバキの贖罪ではない、これは自分自身への軽い罰だ。
「食べ終わったら、もう寝たらいいわ。明日には送り届けてあげる。そこのソファーで今日は寝なさい」
客人用の布団と枕を出してから遅めの晩御飯を食べ。ペットボトルの水がある場所と洗面所とトイレを教えてから、風呂に入り、歯を磨いたダボダボのTシャツ一枚で寝室へ。
ダブルサイズのベットに大の字で横になりながら、イヤホンをすると静かに目を閉じる。
あの部屋には盗聴器が数機、防犯カメラは360度全てを網羅する位置に数機設置してある。
今、私はイヤホンで彼女が不審なことを言わないか探っていた。
最悪、一日の間だけ録音しているから直に聞かなくても問題ないが、油断しない意味も込めて今回はこうした。
が、その日は何もなく終わったことになった。
疲れていたのだろう、泥のように寝てしまった彼女の寝息が聞こえる。
明日になれば彼女の告白に周囲は変わる。
それが悪い意味でも変化は変化だ。
その過去は清算出来ず、一生の重荷となり少女を縛るだろう。
女性に、初老、老婆になってもこの事は消えない。
私は悪人が苦しむのを見るのが好きだ。
そして対岸の火事だって思ってる連中が巻き添えを喰らって苦しむ姿を見るのはもっと好きだ。
だからこそ、この少女が加害者であるならばその苦悩は私にとっては甘露に等しい。
性格がネジ曲がったのか、それとも本質が元々これだったのかは分からないけど、この先も同じようなことをして、愉悦に浸っているだろうとは容易に想像できた。
「つまらないわね」
誰に言うまでもなく、誰かに聞かせたいわけでもなく、照明を消した室内の天井を見ながら呟いた月花は目を閉じた。
また来るであろうあの時の夢を恐れながら。
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