第11話 強面、火口君あらわる

新宿駅から西日暮里駅の間、無言で電車に乗っていた。

帰宅ラッシュよりも少し早い為、ギュウギュウ詰めにはなっていないが席がないので、吊り革にぶら下がる。

灯は眼鏡を掛けたままスマホを眺めてずっと黙ったままだ。

微振動する電車の音と二人並んでいるのもあり、何か視線を感じるが気の所為だろう。

灯は制服を着ていないので、若い少女と黒いスーツを着ている20歳後半の男構図は傍から見れば謎だろうな。

「無視しないでください。全部読みました」

どうやら視線の正体は灯だったようだ。

くわばらくわばら。危ない奴だと思われてるのかと思ったよ。

まぁ、事情を知らない人からしてみれば危ない奴だけど。

「それでどう思った?」

アバンギャルド過ぎるゼブラ柄の手帳型のスマホケース。そこに細く小さな木の札?のような物が3種類ほど吊るされてる。

スマホを僕の方に見せた。


単独なんでしょうか?とスマホには書いてある。


確かにそれは思った。

愉快犯だった犯人の行動にしては計画性がある。

前回の事件よりも念入り、それでいて分かりずらい。第三者の可能性は十分あった。

「断定出来ない」


スワイプを高速で動かして困りましたねと文書を打つ灯。


会話を漏らさないよう配慮しているが、これじゃ僕が独り言を言ってる童貞独身拗らせ痛い人みたいじゃないか。

「その手の会話は止めよう。いや、いいです」


何故?敬語?

シュシュっとメモ帳アプリに書いてある文書に、居た堪れない気持ちになった。

だって普通に灯と喋ると、これから如何わしいことやる怪しい感じになるし。

次は西日暮里、西日暮里のアナウンスが入るなり安堵したのと同時に舵が手配した工作員との顔合わせがあることが憂鬱だ。

扉が開き、ツバキが前で灯が後ろを着いていく。

次の電車まで4分弱。少し走れば間に合う時間だ。

「少し走るぞ? 電子マネーの残高あるか?」

「大丈夫です。急ぎましょ!」

駅から出ると小走り気味に走り、改札を抜けるとホームの柱に無言で寄り掛かる200センチあろう巨体の男が居た。

何処のバーテンダー、あるいは客呼びか。

黒いベストに白いワイシャツ。黒いズボン。右耳には小さいピアスが4つくらい着いていた。

スキンヘッドのサングラスを掛けたアゴヒゲな強面の人物に、灯はひゃーとかうわーとか後ろで騒いでいる。

明らかにカタギの人間じゃないよねって感じの人物が僕と合流する協力者だ。

「火口君、久しぶり」

「お久しぶりです、ツバキさん!」

この見た目に反して本人は普通の人で、腰が低過ぎる。

良い人なのだ。

正直、舵月花に雇われてなければ僕が雇用したいくらい、火口鏃は対人戦において強力だ。

並の不良が束になっても勝てないほど、拳一つで相手を沈黙させる。本人はこんな仕事をしたくないと言っていたが、あの獰猛さは天職に近いと思う

後、本人の強い希望で名前の「やじり」呼びはやめて欲しいと言われた。

「今日は一応、荒事になるかもしれないので、そのつもりでお願いします」

「分かりました! 後、そこのお嬢さん、ツバキさんのお知り合いです?」

「僕の助手をしてる蛇嶺灯だ。会うのは初めてだったな。灯」

「火口さん、本日はよろしくお願いします。蛇嶺灯です」

さっきまで騒いでいたのが嘘のように社交辞令的に返した灯に、火口はサングラスを外して目を点にさせている。

「自分と会う人は半数以上が嫌そうな顔をするのに、灯さんは良い人ですね!」

大きく、つぶらな瞳がキラキラ輝きながら灯を見ている。

純粋そうな目をしてるから同業者に舐められないようにサングラスの着用を義務付けされていると聞く。

後、付け髭のアゴヒゲと右耳ピアスも舵の社長命令でさせられてるらしい。

今どき、パワハラだぞと火口君には言ったが尊敬する社長に言われたんでと真面目な回答をされた。

「いや、正直に言いますと最初は怖い人とだと思いました」

灯が眼鏡モードのままそう言い、火口鏃は目に見えて落ち込んでいた。

そりゃ可愛い少女からそう言われれば落ち込む気持ちも分かる。

「で、でも、火口さんのギャップ萌え? ですか! ライオンからパンダに印象が変わったと言いますか!」

その姿に慌ててフォローする灯が可笑しくて、後ろを向きながら笑っていると峰打ちをされた。

どうやらフォローに参加しろって圧を感じるので、痛いのを我慢して渋々助けることに。

「なんだ、火口君。つまりはギャップがあって良いですね!って伝えたいらしい」

「そ、そうなんですか……?良かったー!」

ここだけの話、火口君はチョロいな。

「……ぁ、電車」

灯が思い出したように零した言葉に、僕も改札近くで話し込んでいて気が付いたら5分過ぎていたことに気がつく。

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