第9話ベーラヤ・ノーチ
時刻は17時20分。
そのまま事務所に直帰でも良かったかが、晩飯がてら昼前に来た馴染みの喫茶店にまた出戻りしてきた。
カウンター席で早速メモを読みながら、イヤホンをボイスレコーダーに刺して再生する。
「マスター、小倉トーストDXと杏仁豆腐とあんころ餅のコラボ、ココア一つ!」
「承った!」
濃いアゴヒゲと白髪の初老の男性が大声で親指を立てて答えると厨房に消えていく。
新宿の路地裏にある喫茶店。ベーラヤ・ノーチ。日本語で白夜と言うらしい。それがここのお店を経営している在日ロシア人の喫茶店だ。
「セルゲイ・ショリアンがまごころを込めてお届け申す!」
そして時代劇に感化されたロシアのサムライである。
出された料理を見て、胃もたれを起こしそうな錯覚をしてしまう。
小倉トーストDXは中にもあんこ、外もパンを覆い尽くすあんこの山。
杏仁豆腐とあんころ餅のコラボは平皿の真ん中に杏仁さんが鎮座し、周りをあんころ餅が占領する光景が広がる。
そして最後にココアの甘い、甘過ぎる光景を前にして、メモを見るのを止めてしまった。
どう考えても夕飯のメニューじゃねぇ。
僕の本気か?って目線に灯自身は?マークが出てくる素振りで首を傾げる。
いやいや、確かに僕も若者としてはギリギリカウントしていいかもしれないが、流石に今回の料理には恐れしかない。
なんだよ、あんこ尽くしのこのテーブル。
「……マスター、珈琲とお化けナポリタン一つ」
「ツバキのオーダー入り申した!!かしこまりっ!!」
「承ったじゃないのかよ!?」
「頂きますー」
僕が突っ込んでいるなか、灯は美味そうに食べ始めた。
偏食癖があるからって流石に身体に悪い気がする。
「んー……頭脳労働に甘みが染み込むっす」
「……」
話を聞く限りじゃ、脅して聞いたのを頭脳労働に置き換えた感じがする。
珈琲を待ってる間にボイスレコーダーを聞いてると、ツバキが驚いた表情でメモを見る。
これが本当なら胸糞悪い方向になる、しかも警察沙汰にしたくなかったのも頷ける。
「親しみと妬みを込めて、コーヒーとお化けナポリタンでお届け申す」
「はやっ! てか妬みってなんだよ!」
某牛丼屋チェーン店並に早い提供に舌を巻くが、妬みって単語に我関さず突っ込みを入れてしまう。
「こんなプリティーガールを連れて、デートとは、けしからん!!」
「プリティーガールって久々に聞いた!しかもデートじゃない、こっちは仕事だ」
「うむ、デートじゃないとは解せんな!」
「マスター、いくらボクでも相手は選ぶっすよ」
わはは、にしゃしゃと笑いやがるこの二人を無視してメモを見下ろす。
別に少し傷付いたから、現実逃避しようとしたんじゃないからな!
「ツバキさんで遊ぶなよ、親父」
「分かったよぉ……」
まぁ、今時間帯は客が僕達だけだからマスターもこうやってきたのだが、遊んでやがったのか。
「ありがとう、ナージャさん」
マスターと同じく紺色のエプロンに頭にベージュの三角巾をしていたナージャ・ショリアンは、手に持った黒いお盆を抱き締めるように持ちながら「別に」と明後日を向かれて、そのまま厨房へと消える。
マスターもしょげた感じでごゆっくりとだけ言い、そのままナージャの後を追う。
「相変わらず嫌われてるのかね」
珈琲を1口飲み、心身が落ち着くと、真顔で見ていた灯が呆れた様子でこっちを見てくる。
「洞察力高い癖に、その部分は鈍感とかないっすね……」
「悪口言ってるのか、褒めるのか……?」
「両方」
ナイフとフォークを器用に使って串カツみたいにあんころ餅をぶっ刺して食べる灯。
行儀が悪いんだが。
「それで、どうするか決めました?」
話を振られ、例の情報に渋面を隠せない。
「……犯人が分かった以上、住所の特定は簡単だ。だが、下手にやれば被害者が増える」
「強姦と殺人未遂っすね」
「そこは性的暴行に言い換えよう、ストレート過ぎる。スマホで過去の事件もさらったがあまり詳しくは乗っていなくてな。赤沢邸を出る時に蜘蛛に仕事を振ったから、そろそろ来る頃合いだと思う。話はそれからだ」
「了解っす。あ、マスター追加でガパオライスの宴、一つ!」
「承った!」
え、まだ食うの!? てか、仲良いなお前達。
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