第9話
「兄さん、何言ってんの?」
あ、失敗した。音暖が俺を見下すような冷徹な瞳を向けてきている。我ながらなんとなく察してたけどされた本人からしたら相当気持ち悪かっただろうな。
「忘れてくれ」
「本当に颯なのか怪しくなってきたんだけど」
「本当だよ」
それだけは嘘をついていない。俺は正真正銘、歌い手颯として数年間活動してきたのだ。
「証拠とかある?」
「まあ、あるにはあるけど…」
「けど…?」
「いや、部屋に来てくれたら見せるよ」
「分かった」
実はちょっと前にグッズを発売したことがある。有名なグッズ製造業者さんにお声をかけてもらって颯というキャラクターのアクキーやアクスタをデザインした。
もちろん限定グッズもあって、そのまたもちろん数量限定であるそのグッズを俺は持っている。
これを見せれば音暖も再び信じてくれるだろう。
「はい、これ」
「え、これって…」
「知ってる?」
「当たり前じゃん!私どうしても欲しくて同じグッズ10個も買ったんだから」
あ、音暖は結構な猛者だった。まさかこのグッズを10個も買っているとは。正直言っていらないだろ。
でもまあ俺も推しの限定グッズを手に入れるためなら簡単にしそうだな。
「これ上げるよ。俺もう一個持ってるし」
「ほんと?!」
「ああ、喜んでくれるなら」
「やった、お兄ちゃん大好きっ!」
俺は今この瞬間、耳を疑った。
なぜかといえばそれは先ほどの音暖のセリフ。
確かお兄ちゃんと言わなかったか?
ずっと昔に呼んでくれなくなった音暖の俺への呼称。兄さんという呼ばれ方に慣れてしまっていた今日、感動だ。まさかまたお兄ちゃん呼びをしてもらえるなんて。
俺は思わず音暖を抱きしめてしまっていた。
「な、なにすんの兄さん!暑いって」
あ、呼び方戻ってる。音暖も気づいていなかったようだ。
「顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃないか?」
「熱なんてないから放して!」
音暖を解放し、彼女を顔をよく見てみるとすごく恥ずかしそうな顔をしていた。案外喜んでくれていたのかもしれない。
「そういえば兄さんって明日誕生日だよね?」
「ああ、そういえばそうだな」
「分かった。じゃあ、これありがと。兄さんが颯だって知ってめっちゃ嬉しいよ」
そういうと音暖は部屋を出て行った。眩しい笑顔だ。
それにしてもなんで誕生日の確認をしてきたのだろうか。音暖からの誕生日プレゼントなんてとっくの昔に終わってるし…また復活するとか?
ピロンッ
なんだ、こんな時間に俺にラインしてくる人なんて親しかいない…親だった。
父さんからだ。
内容はこれだ。
『今夜久しぶりに家族全員揃うからお前と音暖に大事な話をしたいと思ってる。九時くらい父さんと母さんが帰るから音暖と一緒にリビングで待っててくれ』
父さんから大事そうな話があるとは珍しい。一体何の話なんだろう。
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