第40話 桃花
友達の輪を抜けて、俺たちのもとへとやってきた桃花。
そんな桃花といえば、言わずと知れた学年のマドンナ的存在。
その恵まれた容姿と、気さくな性格で誰とでも仲良くできる桃花の人気なんて、もはやこの学校で語る必要もない。
同学年はもちろん、他学年からも一目置かれており、これまでに何人もの告白を受けてきたとかなんとか……。
しかし桃花はというと、どうやら恋愛にそこまで興味がないらしく、すべての告白を断っているらしい。
つまりは、桃花に惚れたが最後。
望み薄だが特定の相手を作らないことで、現在進行形で数多の男を生殺し状態にしており、一部では「底なし沼」と呼ばれていたりするほどだ。
そんな桃花だが、普段から俺たちと仲良くはしているが、それもあくまで男女の友情。
友達として一定の距離が保たれていることから、クラスのみんなも完全にそういう認識でいてくれている。
しかし、そんな適切とも言える丁度いい距離感を打ち破るように、桃花は突然俺達の輪に混ざってきたのである。
その状況に、勇作も少し困惑しているのが分かる。
ある意味勇作は男版桃花みたいなところがあるから、二人は運命共同体なのだ。
そんな二人は、日ごろから妙に話があったり喧嘩したりする程仲がいいと思っていたのだが、桃花のこの行動は勇作的にも予想外だったのだろう。
「急に二人がイビアさんと仲良さそうにしてるんだもん、わたしもイビアさんと仲良くなりたいーって思って!」
そう言って桃花は、いつもの気さくな感じでイビアの前の空いている席へと座る。
その語られた理由に、クラスのみんなからは謎の安堵感が漏れる。
学年のマドンナは、俺達ではなくイビアに興味があっただけ。
その事実が確認できればいいのだろう、こちらへ集まっていた注目は散らばっていく。
「……誰だ?」
しかし声をかけられたイビアはというと、突然やってきた桃花に対して少し警戒を高めているようだ。
疑うような目で一瞥すると、桃花ではなく俺に向かって確認してくる。
「んー? やっぱり、二人って元々知り合いな感じ?」
「え!? な、なんでだよ?」
「いや、だってイビアさん、信也としか話さないじゃん?」
「それはまぁ、隣の席だからだろ?」
「……そうだな、他意はない」
「あははは、二人とも分かりやすすぎだってば!」
俺もイビアも気のせいだと主張するも、桃花はそんな俺達を見て笑い出す。
「なんでそうなる!?」
「本当に他人なら、そこまで否定しないでしょ。逆に不自然! それに、二人とも顔に描いてあるから」
そう言って桃花は、俺の顔を指差しながらグルグルと回す。
全くもってそんなつもりはなかったのだが、顔に出てしまっていたということか……。
しかしそれでも、この学校で平穏に過ごすため俺達の関係は表に出すべきではないのだ。
ここで「実はそうなんです」なんて言ってたまるか!
「いや、マジでそれはないから」
「ああ、そうだな。それはない」
「ふーん、まぁ二人がそこまで否定し続けるなら仕方ないか」
そう口では折れるも、全然本心では納得していないご様子。
勇作と違って、桃花は妙に鋭いところがあるから油断ならないんだよなぁ……。
「ま、とりあえずわたしも混ぜてよねー!」
自分から話を振っておいて、スパッと話を切り替える桃花。
こうして桃花も、俺たちの輪へと加わることになった。
学年一の美男美女に、謎の美少女転校生。
そう考えると、この場で俺だけ浮いているような気もしないでもない。
俺は三人と違って、美男美女でもなければ魔王でもないのだ。
……まぁ、元勇者ではあるのだれど。
「イビアさんって、どこから来たのー?」
「……遠いところだ」
「えー、なにそれ秘密な感じ?」
「そうだ」
「ふーん、でも日本じゃないよね?」
露骨な塩対応をするイビアだが、まったく引かない桃花。
ここにきてグイグイと迫ってくる存在に、イビアの方が若干押され気味だ。
「どこでもいいだろ」
「えー気になるよー? あ、でもプライバシーに踏み込み過ぎるのは良くないか」
「そういうことだ」
「え、でも日本語は話せてるよね? 母国語とかもあったりするの?」
「……知らん」
うんざりした様子で、横目で俺に助けを求めてくるイビア。
魔王にも引かれる女子高生、恐るべし……。
ある意味こんなグイグイくる存在、あっちの世界には一人もいなかったことだろう……。
しかし当然、「異世界から来ました。前職は魔王です」なんて言えるはずもないから、やっぱりここは俺の出番なのだろう。
「まぁまぁ、桃花。イビア――さんもいきなりの質問攻めに困ってるから、まずは飯を食おうぜ」
「まぁ、それもそうだね! ごめんねイビアさん!」
「以後控えてくれればそれでいい」
「うんうん! じゃあ、みんな仲良く飯食おうぜ!」
勇作も俺たち側に乗っかってくれたことで、ひとまずは事なきを得た。
仮にもし、キレたイビアがこっちの世界で力を発揮するようなことがあれば、それは本当に一大事になってしまう。
ないとは信じているが、誰かがイビアの逆鱗に触れてしまえばその保証もなくなる。
イビアとこの世界の人間とでは、単純な身体能力が違い過ぎるのだ。
仮に世界中から有名な格闘家やスポーツ選手を百人並べても、恐らく戦いにすらならないだろう。
まぁその辺は、一応あの女神も見張ってくれていると信じてはいるが……信じていいのだろうか……。
――頼むから、平和な日常を送らせてくれよ。
そんなこんなで、いつものメンツにイビアが加わっただけなのに、楽しいお昼時が何とも言えない空気感に包まれてしまうのであった……。
異世界で魔王に勝ってみた。そしたら今度は、魔王が日本へきちゃった件 こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売 @korinsan
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