第38話 初の授業

(おい! シンヤ!)


 一限目は国語。

 授業が始まるや否や、隣の席のイビアが声をかけてくる。


 その前に、実は俺達の間で一つ事前に交わした約束事があったりする。

 それは、とりあえず俺達が一緒に住んでいることは秘密にしておくということだ。

 これは別に、何か深い事情があるとかそんな大それた話ではない。

 ただまぁ、一応同級生が一つ屋根の下一緒に暮らしていることが周囲に知られてしまうと、色々と面倒ごとが起きるに決まっているからだ。


 でもそれは、俺がイビアと距離を置くという意味でもなければ、フォローしてやらない意味でもない。

 純粋に俺はクラスメイトとして、イビアのことを色々サポートしてやれたらと思う。


(どうした?)

(どうしたもこうしたもあるか! 何ださっきのは?)

(さっきの? ああ、みんな転校生が珍しいんだよ)

(珍しいからと、ああも質問攻めされるものか!?)

(まぁ最初だけだと思うから、クラスのみんなと仲良くなれるよう頑張れ)


 いくらイビアと言えど、すぐにほとぼりも覚めるだろう……多分。

 まぁイビアは日本人でもなければ、この世界の住民でもないからな。

 普通より、ちょっと注目をされてしまうかもしれないな。


 不満そうなイビアだが、こればっかりは仕方がない。

 イビアならきっと上手くやってくれるだろうと期待をしつつ、授業に集中するとしよう。


(……おい、シンヤ)


 しかし、まだ不満があるのか隣のイビアさんから声をかけられる。

 今度は何だと振り向くと、イビアは教科書を手にしながら固まっていた。


(すまんが、今は一体何をやっているんだ……?)


 ……そうだった。

 気にするべき問題は、むしろこっちの方だった。

 イビアは学業どころか、まだこちらの文化すらよく分かっていないのだ。


 しかし、説明しようにもどうしたものか……。

 今は完全に前回の授業の続きだし、今先生に読み上げられている作品の作者すら分からないだろう。


 ……どうやらこれは、しばらくイビアの勉強を見てやる必要がありそうだな。

 今日のところは、とりあえず最低限の説明をしつつ乗り切って貰うとしよう。


 一人固まっているイビアさんに、俺は授業の内容を説明してやるのであった。


 ◇


 一限の国語の授業が終わると、また当然のようにイビアの元へと集まってくるクラスメイト達。

 しかし、ここで一つの変化が現れる。


 それは――、


「ごめんなさい。わたし、こうやって囲まれるのは苦手なの。一人にさせて」


 集まってきたクラスメイト達へ向かって、イビアはキッパリと苦手だと告げるのであった。

 その悠々とした様は、魔王そのもの。

 どこか気品すら感じられる、普段のイビアとは別人のような雰囲気に俺まで少し驚いてしまう。


 でもよく考えれば、イビアは正真正銘の魔王なのだ。

 むしろ今のイビアの方が、本来のイビアの姿と言えるのかもしれない……。


 結果、イビアの態度の変化により、集まっていた人達は気まずそうに立ち去っていく。


(……おい、それでいいのか?)

(ええ、面倒がないしこれでいいわ。それに我は、我に勝ったシンヤにしか心を許したつもりはない)


 どうやらイビアの中で、この環境で過ごしていくうえでのスタンスが定まったようだ。

 勝ったからという判断基準はどうかと思うし、それが正解かどうかなんてことは俺には分からない。

 それでも、清々したような表情を浮かべているイビア的にはこれで良かったのだろう。


 ズズズ――。


 意外とキッパリしているところに感心していると、急に自分の机を俺の机へ近付けてくるイビア。


「ねぇ、大滝くん? 次の授業の数学について、まだよく分からないから教えて貰えない?」


 そしてイビアは、俺に教えてくれとお願いしてくるのであった。

 あくまでクラスメイトとして。


 ――大滝くん?


 これまでの名前呼びから、急に苗字呼びされたことに少しドキッとする。

 人にお願いしてきているのに、イビアは頬杖をつきながらニヤリと笑みを浮かべる。


 まぁ、この場でイビアが頼れるのは俺だけ。

 そして、一緒に住んでいるのは伏せることにしているのだから苗字呼びがむしろ自然。

 何も間違ってはいないな。


「あいよ、今日は俺が全部サポートしてやるからな」

「ふふ、ありがとっ」


 さっきまでの表情とは異なり、自然に微笑むイビア。

 そんな変化もまた、クラスのみんなからの注目を浴びてしまっているのだが、これもまた仕方のないことなのだろう――。

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