第37話 転校生

 キーンコーンカーンコーン。


 何も変わらない日常。

 今日も普段と同じように、聞きなれた鐘の音とともに一日が始まる。


 ただ、そんな変わらない日々の中にも、今日は一つだけ変化が現れる。


 それは、教室の一番後ろの席。

 先週までそこには無かったはずの机が、何の前触れもなく置かれているのだ。


 クラスのみんなも、その机の存在に気付いてざわついている。

 転校生なんじゃないかとか、実は不登校なクラスメイトがいたんじゃないかとか、様々な憶測が飛び交う。


 しかし俺は、その机の理由を知っている。

 しかもその机は、奇しくも俺の隣……。


 理由を知っている俺は、まぁその方が好都合かと一人納得する。

 変わらない日常も今日までかもしれないなと、一人ぼんやり考えながら来たる時を待つ――。


 ガラガラガラ。


 始業の鐘から暫くして、担任の先生が教室へやってくる。

 そしていつも通り教壇に立った先生が、改まった様子でクラスのみんなへ告げる――。


「みんなおはよう。まず初めに、今日はみんなに一つ報告があります。じつは今日から、このクラスに転入生がやってくることになりました」


 先生から告げられたその言葉に、みんなから驚きの声が漏れる。

 それもそうだ、転校生というのはこの学校に在学してから初めての出来事。

 一体どんな人物が現れるのかと、みんなソワソワしている。


「それじゃ、どうぞ」


 そして先生が、教室の扉に向かって声をかける。


 ガラガラガラ――。


 先生の合図を受けて、ゆっくりと開かれる扉。


「うわぁ……!」

「え、ウソ……」


 開かれた扉の向こう。

 転校生の姿に、どこからともなく感嘆の声が上がる……。


 サラサラとした銀髪は光り輝いているようで、スラリと伸びた細い足は理想そのもの。

 一切の穢れを知らない透き通る白い肌は美しく、同じ制服を着ているが故にその特別さが際立って感じられる。


 そして転校生は、教壇の隣に立つとその口を開く。


「――初めまして。今日からここで皆さんと一緒に学ばせていただくことになりました、イビア・グーディメルです。よろしくお願いします」


 そう、転校生とはもちろん、ついこの間まで異世界で魔王をやっていたイビアのことである。

 イビアは簡単な自己紹介とともに、クラスのみんなへペコリと頭を下げると――。


「「うぉおおお!!!!」」


 教室内は、堰を切ったように大騒ぎとなる。


「この前の謎の美少女だ!」

「え? 外国人!?」

「凄い、お人形さんよりキレイかも……」

「芸能人? っていうかもう、お姫様では……?」


 みんな思い思いの感想を口にするが、その全てが驚きの言葉だった。

 そんなクラスのみんなを前にして、イビアは変わらず笑みを張り付けている。


 一見すれば、それは何てことない普通の微笑み。

 しかし俺には、イビアが内心戸惑っているのがよく分かってしまう。

 何故ならイビアは、微笑みながらも視線をずっとこっちへ向けているからだ。


 ――シンヤ、どうしたらいい?


 言葉にせずとも、イビアがそう訴えかけてきているのが分かってしまう。


 きっとみんなの目には、余裕たっぷりの謎の美少女転校生に映っているのだろう。

 そう思うと、何だか面白くて笑えてきてしまう。


 思わずクスクスと笑ってしまう俺に対して、イビアの視線に不満そうな感情が込められている気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。



 ◇



「はい、じゃあイビアさんはあちらの空いている席に座ってね」

「はい」


 先生に言われるまま、イビアは俺の隣の席へと着席する。

 クラスのみんな、そんなイビアのことが気になって仕方ない様子だが、先生の咳払いとともに朝礼が始まる。

 イビア本人はというと、当然こちらの学校のルールなんて知る由もなく、ただ前を向いて緊張しているご様子だ。


 こうしてつつがなく朝礼を終えると、イビアはあっという間にクラスのみんなから囲まれてしまう。

 みんなイビアに興味津々なようで、次々に質問が投げかけられる。


「ねぇイビアさん! どこから来たの?」

「えぇっとぉ、遠いところ?」

「え、外国人だよね! どこの国!?」

「あー、どこでしょうねぇ?」

「ねーねー、普段は何してるのー?」

「普段……テレビ鑑賞とか、ドッグラン?」


 ……がんばれ、イビア。

 こんな注目を浴びるのも、きっと今だけだから。

 投げかけられる質問に、全て疑問形で返事をするイビア。

 俺は隣に座りながら、そんなイビアが対応しきれなそうな事態が起きたら助けてやれるようにスタンバっておく。


「おい、信也」

「ん? どうした勇作」

「どうしたもこうしたも、噂の美少女がまさか転校生だったなんてな」

「……あー、そうだな」

「なんだ? 反応薄いな」

「まぁ、俺だって驚いてはいるさ」

「ちょっとちょっとー、二人で何コソコソ話してるのよ」


 イビアではなく、俺の席へやってきた勇作と桃花。

 今はイビアを見守り中なのに、なぜか俺も二人に囲まれてしまう。


「てか、本当に美人だよねぇー。もう日本どころか海外も飛び越えて、まるで異世界って感じ?」

「あーそれ分かるわ。人類には追い付かない的な?」

「は? わたしも負けないぐらいとんでも美少女なんですけど? ねぇ信也?」

「あー、うん。そうだな」

「反応うっす!」

「わはは、それが信也の本音ってことだろ」

「何? 一回死にたいのかなー?」

「お前ら、喧嘩なら他所でやってくれ」


 俺には今、イビアを見守る役目があるんだ。

 いつもの下らない喧嘩に巻き込まないでくれ。


「ソ、ソウナンダネー」


 隣からは、普通に対応しているようで明らかに困惑が滲み出ているイビアの声……。

 こうして、この世界でのイビアの高校生生活がついにスタートするのであった。

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