第36話 やってみたい
リリムが他のお客さんに絡まれてしまった。
そのまさかの出来事の結果、不注意でリリムのヴァンパイアの羽が晒されてしまうことに――。
そして今ここは、ヴァンパイアカフェ。
本物のヴァンパイアを見られてしまったことで何を言われるのかと思いきや、店長さんからここで働かないかという打診をされたのである。
あまりの急展開に思考が追い付かないし、そもそもリリムはこの世界にきてまだ二日目。
まだ右も左も分からなければ、この世界の常識すら分かっていないのだ。
そんな状態で、いきなりここで働くだなんて無理ゲー過ぎるだろう。
理解は追い付かないが、結論は変わらない。
だからここは、一応今は二人の保護者でもある俺からきっぱりお断りをさせていただこう――。
「やりたい!」
しかし、俺がお断りするより先に、リリムは食い気味にやりたいと返事をする。
その更なる急展開に、俺の頭は完全にアップアップだ。
「いや、待て待て。まだお前には早いだろ」
「大丈夫! 頑張るから!」
「いや、しかし……」
「そうだぞリリム。まずはこっちの世界をだな……」
「分かっています! だからこそです!」
困惑する俺とイビアに対して、リリムは固く意志の籠められた眼差しを向けてくる。
その様子から、どうやら本気で覚悟をしていることが伝わってくる。
「でもなぁ、お店側にだって色々と迷惑が……」
しかし、リリムがどれだけやる気になったところで、現実的な障害は沢山あるのだ。
せっかくやる気になってくれているところ悪いが、ここはやっぱりお断りする他ないだろう……。
「い、いえ! その辺は全然大丈夫ですのでっ!」
すると、俺のお断りを先読みするように、店長さんが慌てて引き留めてくる。
しかし、店長さんはまだリリムやイビアがどういった存在なのか分かっていない。
だからここは、どう説明して理解して貰ったらいいだろうかと頭を悩ませる。
素直に『こいつら、魔王とヴァンパイアなんです』なんて説明して、納得する日本人はまずいないのだ。
「例えば、こちらの金髪のメアリーちゃん! この子はですね、去年まで広域暴走族の特攻隊長をしていたんですよっ! だから最初は社会不適合者もいいところだったんです! でもほら、今ではこんなに可愛いうちのナンバーワンヴァンパイアちゃんなんです!」
「店長ぅー? あとで大事なお話がありまぁーす♪」
まさかのカミングアウトをする店長に、メアリーちゃんの浮かべる張り付いた笑みが怖い……。
あれはたしかに、異世界でも中々見ることのなかった本物の殺気の持ち主だ……。
「あと! あっちの黒髪のリリシアちゃん! あの子も数か月前まではずっと引きこもりをしていて、最初は全く人とお喋りすらできなかったんですよ? でも今のリリシアちゃんを見てくださいっ!」
「てーんちょー♪ 山田さんがまたシャンパン空けてくれるってぇー! キャハー☆」
「は、はぁ……」
ずっとサービス旺盛だなと思っていたあの子は、どうやら元引きこもりだったらしい。
なんだこの店、キャストの癖が強すぎないか……?
「だから、どんな子だろうと大丈夫なんです! このわたしに、全てお任せくださいませっ!」
「いや、しかし……どうしてそんなに……?」
「それは、めっちゃくちゃ可愛いからですっ!!」
そのあまりにもシンプルな理由に、俺は言葉を失ってしまう。
たしかにこういうお店は、ルックスというものも大切なのだろう。
そして、元暴走族や引きこもりですら、あんなに立派なキャストに育てているのだ。
それであれば、もしかしてリリムでも上手くやっていけるのだろうか……?
「シンヤ、わたしやりたい。この世界で生きていくには、お金が必要だって分かった。だからこそ、ただシンヤのお世話になっているだけではダメだから」
「リリム……」
そうか、リリムはそんなことを気にしてくれていたのか……。
たしかにリリムの言う通り、この世界ではお金が必要だ。
何をするにもお金はかかるし、今では三人分の食費から何までお金が必要になっている。
だからお金がないわけではないが、それでも金銭的な話は現実問題として確かに存在している。
「お願い、シンヤ……」
「……この世界では、魔法はなしだ。あと、さっきみたいに人へ力を向けるのもダメだ」
「うん、理解した」
「……よし、じゃあやってみるか」
お金の話以前に、こうもリリムがやる気になっているのだ。
こっちの世界で生活していくうえでも、いずれ働くことにはなるだろう。
店長さんもこれだけ親身になってくれているのだから、これはむしろ良いキッカケなのかもしれない。
「いいの……?」
「ああ」
「やったー! ありがとうシンヤ!」
あまり感情を表に出さなかったリリムが、嬉しそうに抱きついてくる。
まぁ、ここは幸いにもヴァンパイアカフェ。
本物のヴァンパイアが働くうえでは、これ以上ない適材適所ってやつなのかもしれない。
こうしてリリムは、このヴァンパイアカフェで働くことが決定したのであった。
「……シンヤ、わ、我もその、何か良い職が見つかればそのうちだな……」
そしてイビアはというと、さきほどのリリムの言葉を受けて、ばつが悪そうにプルプルと挙動不審になってしまっていた。
まぁリリムは今回たまたま良いご縁があっただけで、こういうのは急いで決めるものでもないし、イビアの場合は職より先に明日からの学校だろう。
そう、ついに明日は、イビアの初登校日がやってくるのだ――。
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