第34話 ヴァンパイア

 イビア様を追って、やってきた異世界。

 この世界は、本当に驚きに溢れている――。


 まず、この世界には魔法がない。

 だからこそ、これだけ文明が発達したのだろう。

 その結果、最早魔法では決して成し得ない程の文明レベルにまで発展している。


 隣の勇者は、わたしもイビア様も全く相手にならなかった強者の中の強者。

 その力に驚きはしたが、今では納得してしまっている自分もいる。

 だって、こんな世界で生活してきたのだから――。


 そんな異世界で、今わたしは謎のお店の前に立っている。


 ヴァンパイアカフェ――。


 我らヴァンパイアは、最強の種族。

 そんな最強の存在が、この世界でカフェをやっているというの……?


 驚きとともに、わたしは警戒を高める。

 最強の存在が、この世界ではカフェでの労働を強いられているのか、はたまた何か別の目的があって行われているのか。

 少なくとも、自分達に対して友好的だとも限らないため、有事の際はヴァンパイアの始祖であるわたしが対処すべきでしょう。


 ……そう思っていたのですが、どうやらここには本物のヴァンパイアはいないそうです。

 じゃあ何でヴァンパイアを名乗っているのか、わたしには全く意味が分かりませんでした。


「じゃあ、入るぞ」


 シンヤはわたし達に確認を取ると、ゆっくりと黒塗りで重厚な鉄の扉を開ける――。



「「眷属さん達、いらっしゃーい♪」」



 扉を開けると、若い元気な女性達から迎え入れられる。

 黒ベースのドレスのような衣類に、作りものの羽。

 顔立ちはたしかにヴァンパイアに見えなくもないが、それは化粧によるものだとすぐに分かる。


 シンヤの言う通り、ここにはヴァンパイアのフリをした人間の女性達が、わたし達のようなお客を接客している場所なのであった。



 ◇



「眷属ぅ? どれにするー?」


 小柄の女性が、メニュー表片手に注文を取りにきた。

 しかし、同じヴァンパイアに扮した人間ごときから、眷属呼ばわりされるというのはかなり癪なものがある……。


「……眷属?」

「え、てか眷属さん達めっちゃ可愛いですねっ! 本物のヴァンパイアみたい!」

「……舐めてるの?」

「あーっと! 注文だ注文! イビアはどれにする!?」


 思わず感情が表に漏れてしまったわたしを止めるように、シンヤが慌てて話題を変える。

 たしかに、今のはわたしも短気が過ぎました。

 郷に入れば郷に従え、こちらの世界にはこちらのルールがあるのです。

 一旦落ち着きましょう……。


「……ブラッディージュース? 血が飲めるの?」

「いや、血の色をしたドリンクみたいだぞ。イチゴとラズベリーのミックスドリンクみたいだな」

「イチゴ?」

「あー、こっちの世界の果実だ。甘くておいしいぞ」

「そう……じゃあ、これで」


 正直何が何だか分からないので、せっかくシンヤが説明してくれたそれを注文することにした。

 わたし達がメニューを選んでいる際も、店のヴァンパイアモドキは興味深そうにわたしのことをジロジロと見てきている。


 ――ダメよ、平常心平常心。


 わたし達は、シンヤがいなければ確実にこの世界で路頭に迷っていたのです。

 だからこの場で問題を起こすことだけは、絶対に避けなければなりません。


 ――あとで、顔を洗ってきましょう。


 みんなの注文が済んだところで、わたしはお手洗いへ行くため席を立つ。

 こちらの世界のトイレは、本当に清潔です。

 向こうの世界が不潔だったわけではないけれど、何というか空間そのものが綺麗なのです。


「……よし、大丈夫」


 トイレで顔を洗い、気持ちを引き締め直す。

 些細なことでイライラするのではなく、もっとこのカフェを楽しみましょう。

 そう気持ちを切り替えて、トイレを出るその時でした――。



「あっれー? 君、新しいキャストの子? うわぁ、めっちゃ可愛いじゃん! 名前は何て言うの?」



 気持ちを切り替えたのも束の間、廊下で全く見ず知らずの巨漢の男に話しかけられる。

 どうやらここのお店の従業員だと勘違いしているようで、妙に馴れ馴れしい態度が腹立たしい。


「……勘違いです。退いてください」


 ……ダメよわたし、平常心です。

 わたしは感情を殺しながら、男を無視してイビア様達の元へ戻る。


「いや、ちょっと待ってよ」


 しかし、男はそんなわたしの腕を掴んで引き留めてくる。


「あのさぁ、俺はここの超常連なんだよ? そんな格好の眷属がいるわけないし、太客にはもう少し愛想よくした方がいいよ! 俺じゃなきゃ、みんなもっと怒っちゃうから気を付けてね!」


 たしかに、わたしが眷属なはずがないからその通り。

 しかし、男が言っているのはそういう意味ではないということはわたしにも分かります。

 このお店の常連に対して、店員としての態度を説いているのでしょう。

 しかし、わたしはここのお店とは無関係ですし、このわたしの肌に無断で触れるなど万死に値する――。


「あ、ふとしさぁーん! ダメですぅ! その人はキャストじゃないですぅー!」


 事態に気付いた店員のヴァンパイアモドキ達が、勘違いする男に気付いて止めに集まってくる。

 しかし、もうわたしの肌に触れてしまったこいつのことを、このままお咎めなしというわけにもいきません――。


「……触るな、肉団子」


 その言葉とともに、わたしは掴まれている方と逆の手で男の胸倉を掴んで持ち上げる。


「う、うわぁあああ!?」


 持ち上げられた男は、事態が呑み込めず苦しそうにジタバタと暴れる。

 大丈夫、ここで命を取ったりはしません。

 ただしっかりと、やって良いことと悪いことを分からせるだけに留めておきましょう――。


「……わたしに、二度と触れるな」

「は、はは、はひぃ!!」


 一生懸命謝罪する男を、仕方なく許してやる。

 手を離すと、わたしは元いた席へと戻ることにしました。


「……おい、リリム」


 しかし、席へ戻るや否やシンヤが頭を抱えてしまう。


「……はぁ」


 それはイビア様も同じで、深い溜め息とともにわたしに対して非難の眼差しを向けてくる。


「あの、わたしは今絡まれただけでして……」


 慌てて言い訳をしようとすると、イビア様はわたしに背後を見ろと指差してくる。

 何のことかと後ろに気を回したところで、二人が何に呆れているのかわたしも気が付いてしまう……。


「あ……羽が」


 そう、わたしは感情の高ぶるまま、背中から本物の羽を出現させてしまっていたのでした……。

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