第33話 カフェ

 買い物のつもりが、無償で服を譲り受ける形となり店をあとにする。

 また後日、店長さんから新作の撮影で二人にはここへ来て欲しいと言われたため、スマホを持っていない二人に代わり俺が店長さんと連絡先を交換しておいた。


 というわけで、さっそく本日の目的は達成されたわけだが、せっかく街へ出てきたことだしこのまま街を楽しんでいくことにした。


「たしかこの辺にも、カフェがいくつかあったと思うけど……」


 しかし残念ながら、俺はこの街に詳しいわけではない。

 スマホを取り出した俺は、近場のちょうど良さそうなカフェがないか調べてみる。

 このあとどこへ行くかを考える意味でも、とりあえずカフェで休憩しようと思うのだが、表示される選択肢が多すぎてどこへ行けばいいのか逆に分からなくなる。

 まぁこの辺りなら、適当に歩いているだけでお店が見つかるのだろうが、目的もなく無駄に歩き回るというのも気が引ける……。


「我らは歩いて回るだけでも楽しいから、そう気にするでない」

「そうですよ」


 顔に出てしまっていただろうか、イビアとリリムは楽しそうに微笑みながら、頭を悩ませる俺に声をかけてくれる。

 二人にとっては、こうしてこの街を歩いて回っているだけでも興味を引かれるのだろう。


 思えばいつも、俺は目的地を決めてそこを目指すだけだった。

 それは異世界へ行った時ですら同じで、俺は女神に課された役目を遂げるべく魔王のいる場所だけを目指した。

 だからこんな風に、目的もなく何かを楽しもうとはしてこなかったのだ。


「おいリリム! あれを見ろ! あの壁に描かれた生き物、何だか愛らしいぞ!」

「何でしょうね、可愛らしいですね」


 今も二人は、美容室の壁に書かれた猫のイラストを見ながら楽しそうに会話している。

 こうして目的もなく歩き回るからこそ、見つけられる発見。

 そんな決めないことで見つけられるものの存在に気付かされた俺は、手にしていたスマホをポケットへしまう。


「よし、じゃあ適当にぶらぶらするか」

「そうだなっ!」

「はい」


 ここには、なんだって揃ってる。

 だから適当に歩き回ってさえいれば、必ずどこかへ辿り着くだろう。

 だから今日は、二人のフィーリングに任せて自由に街を楽しむこととしよう。


 そうして暫く歩いていると、何かに気付いた様子でピタリと足を止めるリリム。


「ん? どうした?」

「あれ……」


 イビアの呼びかけに対して、リリムはある場所を指差す。

 その指す先にあるのは、何やら黒一色の特色のある看板――。


「……ヴァンパイア、カフェ?」


 あれは所謂、コンカフェというやつだろうか――?

 雑居ビルの三階にあるようで、看板がものすごく目立っている。


 ――というか、ヴァンパイアって何だ?


 ヴァンパイア――つまりは吸血鬼。

 吸血鬼と言えば、もちろんリリムのことである。

 しかも吸血鬼の中でも、始祖であり最強の吸血鬼だ。


「――まさかこの世界にも、同族がいるとは思いませんでした」

「ああ、そうだな。これは行ってみる価値がありそうだ」


 さっきまで楽しんでいた二人の目が、怪しく光る。

 それは決して好意的なものではなく、臨戦態勢そのもの。


 しかし、あそこは恐らくただのコンカフェだ。

 この世界に魔王がいないように、吸血鬼だっていないのだ……多分。

 だから俺は、慌てて暴走しそうな二人を止める。


「待て待て、あそこはヴァンパイアと書いてあるが、ヴァンパイアはいないぞ」

「いないのか? じゃあ、何だと言うのだ?」

「えーっと、ヴァンパイアをモチーフにしたコスチュームをしているだけで、中身は人間の女の子が接客してくれるだけだ……多分」

「何故、そんな必要があるのだ?」


 俺の中途半端な説明に、二人とも首を傾げる。

 二人の疑問はご尤もで、俺だってその理由を上手く言語化ができない。

 というか俺だって、コンカフェには入ったことすらないのだ。


「……分かった。じゃああそこに入ろう。ただし、絶対に暴れたりはするんじゃないぞ」


 というわけで、百聞は一見に如かずだ。

 しっかりと注意をしたうえで、そのお店へ入ってみることにした。

 これは俺も含めた社会経験だ。


 というわけで俺達は、休憩がてらヴァンパイアカフェへ、本物のヴァンパイア同伴で行くことにしたのであった。


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