第32話 ファッション

「いらっしゃいま――まぁまぁまぁ!」


 入店するや否や、店員さんが慌てて駆け寄ってくる。

 店内はゴシックファッション一色で、店員さんも居合わせたお客さんもみんなゴリゴリのゴシックファッション。

 駆け寄ってきた店員さんは、リリムを一目見るなりその手を取る。


「なんということでしょう! ここまで完璧に着こなしておられる方は、生まれて初めて見ましたわ!」

「か、完璧……?」


 店員さんの勢いに、少したじろぐリリムは、俺に助けを求めるような視線を送ってくる。


「待て待て、リリムが困っておるだろ。少しは落ち着き――」

「まぁまぁ! こちらのお方もお人形のように整ったお顔を! 貴女様も絶対に似合いますわ!」

「わ、我も!?」

「ええ! さぁどうぞどうぞ、ご試着は自由ですので!」

「て、店長! 少し落ち着いてください!」


 グイグイとくる店員さんは、どうやらここの店長さんだったらしい。

 別の店員さんが駆け寄ってきて、暴走気味の店長を止めようと慌てている。


「えっと……まぁ服を買いにきたのは間違っていないので、このまま二人に似合うものを選んでいただけると」

「す、すみません! 店長、いつもは一切自分から接客しようとなんてしない人なんですけど……」


 俺がフォローすると、申し訳なさそうに頭を下げる店員さん。


 しかしなるほど、店長さん普段はこんなじゃないのか……。

 接客しようとしないのはどうかと思うけれど……。

 どうやら店長さんは、リリムとイビアを見て内なるゴシック魂に火が付いてしまったようだ。


「さぁ! まずはこれに着替えましょう! さぁさぁ!」

「え、ちょ!」

「イ、イビア様!」


 店長さんに促されるまま、更衣室へと連行される二人。

 完全に困惑している様子だったが、まぁ冷静に考えれば何も害はないし、右も左も分からないジャンルのファッションだ。

 むしろこっちの方が話が早いと、俺は見守ることにした。


 それから数分後――。

 更衣室のカーテンが開けられると、中から二人が出てくる。


 二人とも店長さんのオススメする服に着替えており、イビアが青ベース、リリムが濃い目の紫ベースのゴシックドレス姿となって目の前に現れる――。


「二人とも、大変よくお似合いですわっ!」

「そ、そうなのか?」

「見た目に反して、着心地が良いです」


 困惑している様子のイビアに対して、服の完成度に感心している様子のリリム。

 そんな反応こそ違うが、二人とも完璧に着こなしている。


「二人とも、よく似合ってるぞ」


 俺の言葉に、二人は恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 店長さんだけでなく、店員さんや居合わせたお客さんまでもが、二人の姿に驚いているほどだ。


「あ、あの……これは提案なのですけれど……」


 すると店長さんが、さっきまでの勢いはどこへやらそっと探るように俺へ声をかけてくる。


「今回、衣装代は結構ですので、代わりにお写真を何枚か撮らせていただくことは可能でしょうか……?」

「写真?」

「ええ、是非お二人には、当店のHPでファッションモデルをしていただきたいのです」

「モ、モデル!?」


 そのあまりの急な話に、俺はつい驚きの声を上げてしまう。


「シンヤが驚いている!?」

「は、初めて見ました……」


 驚く俺の姿に、更に驚くイビアとリリムは一旦置いておくとして、モデルだなんてあまりにも急すぎる話にどう答えるべきか分からない。


 しかし、そこで俺は気付いてしまった。

 今二人が着ている、服のお値段に……。


 ぶら下がる値札には、数万円の文字……。

 たしかに作りは細部まで凝っており、随分仕立てのいい服だとは思ったが、どうやらここは高校生が買いにくるにはちょっと、いやかなりハードルの高いお店だったようだ。


 そのうえで、代金は無料という交換条件。

 今日はリリムの服を用意するという目的に対しても、決して悪い話ではない。

 ここを逃せば、そもそも同じ系統の服を探すことですら簡単ではないのだ。


 ――しかし、二人とも異世界の住民だ。そんな二人をHPで公開なんて……。


 そこにリスクがあるのかどうかすら、正直判断不能。

 であれば、まずは二人に状況を伝えてみることにした。


「二人とも、今から俺の言うことに対して、嫌なら嫌と言ってくれて構わないから聞いてくれ」

「あ、ああ」

「分かりました」

「こちらの店長さんが、このお店の服を無料で譲ってくれると言ってくれている。その代わり二人には、このお店の洋服を着て写真……あーっと、写真が分からんよな」


 言葉では説明が難しいため、俺は自分のスマホで二人の写真を撮って見せる。


「写真っていうのは、こうして二人の姿を映し出して保存することのできるものだ」

「おお、これは凄いな!」

「ええ、どんな魔法でしょうか……」


 興味深そうにスマホの画面を覗き込む二人に、話の続きを伝える。


「この写真を、店長さんが撮らせて欲しいと言っている。そして撮った写真を、このお店の宣伝に使いたいのだそうだ」

「そうか、ならば我は構わぬぞ」

「ええ、わたしも」


 俺の説明に対して、二つ返事で許諾する二人。

 少しは悩むものだとばかり思っていたため、そんな二人の反応は意外だった。


「いいのか?」

「ああ、どうやらここの服はどれも、この世界では高価なものばかりのようだからな。そんな高価なものまで、シンヤに買って貰おうとは最初から思っていなかったのだ。だから我らの写真? 一つで貰えるのならば、喜んで協力しよう」

「ええ、イビア様に同じくです」


 どうやら二人も、ここの洋服の値段には気付いていたようだ。

 二人が気にしないでいいぐらい俺にお金があれば良かったのだが、生憎学生の身の上ではどうしようもない。

 だから、二人がそう言ってくれるのならと俺も腹を決める。


「えっと、店長さん。二人がこう言っているので、お願いできますでしょうか? ただし、名前や個人に関わる情報は非公開とさせていただきたいのですが」

「ええ、ええ! もちろんですわ! お写真だけで構いませんともっ!」


 こうして服をいただける代わりに、二人は晴れてこのお店のファッションモデルになることが決定したのであった。


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