第30話 二人きり

「おいシンヤ、いつまで自室におるのだー?」


 階段を上り、やってきたのはシンヤの部屋。

 そっと声をかけながら、部屋の扉を開けてみる。

 どうやら部屋の明かりは付けていないようで、外の夕日の明かりだけが差し込んでいた。


 思えば、初めて入るシンヤの部屋。

 これまでも配下の男の部屋を訪ねたことは何度かあったのだが、どこかそれとは違く感じられるのは何故だろう。

 今更になって、部屋へ入ることを少し意識してしまう自分がいた……。


「お、おいシンヤ、入るぞぉ~?」


 ベッドの上で横になっているシンヤへ、そぉっと声をかけてみる。

 しかし、シンヤからの返答はなかった。


 ――なんだ? 寝ておるのか?


 そっと近づいて顔を覗き込んでみると、やっぱり眠っているようだ。

 スヤスヤと寝息を立てており、こうして眠っていると本当にただの人間にしか見えないな……。


 窓から差し込む夕日の明かりだけが頼りな、薄暗いこの部屋。

 今ここには、我とシンヤの二人しかいない――。


「寝て、おるのだよ、な……?」


 何故か意識してしまっている我は、周囲を見回しながらそっと声をかけてみる。

 当然シンヤからの返事はなく、確実に眠っていることを改めて確認する。


 かつて、命を賭して戦った異世界の勇者。

 その圧倒的な力をもってして、敵などいないと思っていた我のことを容易くねじ伏せた男――。


 そんなシンヤが今、無防備にスヤスヤと眠っているのだ。

 それを思うと、我の中で謎の感情がどんどん込み上げてくる――。


 ――す、少しぐらいなら、いいよな……?


 我は感情の赴くまま、そっと眠っているシンヤの頬に触れてみる。

 すべすべしており、軽く頬をつねってみるとぷにっとしていて柔らかい。


 ぷにぷに、ぷにぷに。


「……ふふ、これが我の全力の一撃を凌いだ者の肌か」


 この肌に、傷一つ付けられなかったのだよな……。

 ドラゴンの鱗のように固いわけでもないのに、全く何がどうなっているのやら。

 この世界には驚かされっぱなしだが、やっぱりシンヤが一番ミステリアスだな。


 ――もうちょっと、触ってみてもいい、よな……。


 向こうの世界では見ることのない黒い髪。

 背は割と高くて、身体は細身ながらもしっかり引き締まっており、何より我よりも圧倒的に強いその力……。

 そんなシンヤに対して、我は初めての異性を感じてしまう自分がいた。


 このまま、もう少しだけ……。

 最早止まることはできず、そっとシンヤの唇へと触れてみる……。



「――ん? イビア?」



 しかし、唇へ触れたその時だった。

 眠っていたシンヤが、パチリと目を覚ます――。


「シ、シシシシ、シンヤぁ!?」

「どうして、俺の部屋に――」


 上半身を起こすシンヤから、我は慌てて距離を置く。


 ――さ、さっき我は、シンヤに何をしようと思っていたのだ!?


 今何をしようとしていたのか自分でもよく分からなくて、ただただ慌てふためいてしまう。


「よ、呼びに来たのだっ! 外を見ろ! もう日が落ちてきておるっ!」


 慌てて窓の外を指差すと、シンヤは「本当だ、もうこんな時間か」と呟きながら起き上がる。


「すまん、起こしにきてくれたんだな。ありがとう」

「う、うむ! では先に降りておるぞっ!」


 優しく微笑むシンヤに対して、我は誤魔化すように部屋から出ていく。

 何故だか頬が熱くて、恥ずかしい感情が込み上げてくる。


 ――我にこのような感情を抱かせるとは、やはり勇者とは恐ろしい……!


 そうだ、これは我のせいではなく、全部シンヤのせいなのだ。

 相手がシンヤでなければ、我がこんなに取り乱すことなど本来あり得ぬのだからなっ!

 全部シンヤが、シンヤだから悪いんだっ!

 そう自分の中で結論付けつつ、階段を降りる。


「あれ、イビア様。何だかお顔が赤いようですが? どうかされましたか?」

「な、何でもない! 直にシンヤも降りてくるから、大丈夫だ」

「そうですか?」


 たまたま廊下で会ったリリムが、不思議そうに首を傾げる。

 どうやらリリムの目にも、我の顔は真っ赤に映ってしまっているようだ。

 あとでこっそり、洗面所で顔を洗ってくるとしよう……。


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