第29話 帰宅とルール

「本当に、二人とも同じ部屋でいいんだな?」


 スーパーからの帰り道、三人で買い物袋を手にしながらこれからのことを話し合う。

 まずは何より、リリムの部屋割りだ。

 別に空き部屋はまだあるのだが、イビアは同室で良いというのだ。


「ああ、居候になっている身の上で、別々の部屋がいいなど言えるわけがなかろう。それにリリムと一緒なら、我も安心だ」

「わたしも! わたしも魔王様と一緒がいいです!」

「――そうか、分かった。じゃあもう一つ布団を出すから、何かあれば気軽に声をかけてくれよな」


 嬉しそうに、顔を見合わせて微笑み合うイビアとリリム。

 何だかもう、こうして見ていると二人は姉妹のようにすら見えてくる。


 そんな会話をしながら歩いていると、あっという間に家に到着する。


「こ、ここですか……」


 魔王城に比べれば、何分……いや、何十分の一程度の大きさしかない我が家。

 しかしイビア同様、リリムも我が家を前に驚いているご様子だ。


「どうだ、中々すごいだろ?」


 そんなリリムに対して、何故かイビアが鼻高らかに自慢をする。

 お前だってまだ日本へきて二日目だろうとツッコミを入れそうになるが、楽しそうなのでここは黙っておくことにした。


 まぁそんなこんなで、イビアとリリムにはリビングで好きにしてもらいつつ、俺は自室で少し休むことにした。

 リリムも着の身着のままこちらの世界へ来てしまったから、洋服とか買わないといけないだろう。

 幸いうちは、両親のおかげで金銭的余裕はある。

 しかし、これからはもっと計画的にやり繰りしないとだよな……。

 それに親にだって、二人のことをいずれ説明しないと……。


 そんなことに頭を悩ませていると、次第に睡魔に襲われていく……。


 ――まぁいいや、一つずつ整理していこう……。


 問題は一旦全て保留。

 今はベッドの上で横になると、そのまま吸い込まれるように眠りにつくのであった――。



 ◇



「いいかリリム、これがテレビだ」

「テレ、ビ?」


 聞きなれない言葉に、首を傾げるリリム。

 その反応は、この世界へ初めてやってきた当時の自分と重なってちょっと面白い。

 まぁ我だって、まだこの世界へきて二日しか経っていないのだが……。


 テレビの電源を入れると、何やら楽しそうなバラエティー番組が放映されていた。

 楽しそうにトークを広げる人間達の姿に、リリムは口をぽっかりと開けながら呆然としている。


「……箱の中に、突然人が」

「最初は驚くよな。これはな、どうやら電波というものを飛ばして、別の時間や場所をこの中に映し出しているものらしい」

「え……何ですかそれ。どんな極大魔法でも、ありえないですよ……」


 元の世界の基準では絶対にありえないことだ。

 しかし、現実に起きているその光景を前に、リリムの表情には驚愕の色が生まれる。

 その気持ちは痛いほどわかるイビアは、リリムへこの世界で過ごすうえでの大切なことを伝える。


「いいかリリム。この世界のマナは薄く、魔法はほとんど使えない。それ故に、この世界ではこのような魔法とは別の発展の仕方をしたのだと我は考えている」

「別の、発展……」

「そうだ。この家の建築レベルの高さ、あらゆる物の精巧さ、そして食事のありえないほどの美味しさと、正直どれをとっても凄まじい。故にこの世界の人々は、こうも平和かつ平等に過ごせているのだろう。文化レベルが高くれば、一人ひとりの幸福が高まり、無益な争いは無くなっていく。それをこの世界は、正しく体現してくれているのだ」


 そう、この世界はやっぱり理想郷に近いのだろう。

 高度な文化があるからこそ、この世界はここまで平和なのだ。

 もちろん、全てがそうだとは言わない。

 しかしそれでも、常に誰かが奪い合い、命を賭した争いが後を絶えない元の世界とでは明らかに異なる。


「だからな、リリム。この世界では、我々の正体は隠さねばならぬ」

「だから魔王様は、ツノを隠して?」

「ああ、そうだ。だから魔王様という呼び方も改めて貰う必要がある。――そうだな、今日から我のことはイビアと呼べ」

「そ、そんな! 魔王様をそんな呼び方!」

「いいから、呼べ」

「……はい。では、その……イビア、様……?」

「様も余分だが、まぁよい。今日からはそれで頼むな」


 我もリリムも、この世界では別種族。

 郷に入っては郷に従えという言葉のとおり、この世界のルールにしっかりと従うことこそがお互いのためなのだ。

 というわけで、リリムには引き続き魔法で羽を消して貰い、お互い見た目だけは普通の人間の姿となる。


 それからしばらくこの世界の説明をしつつ、テレビやジョンとの戯れを楽しんでいると、あっという間に窓の外は夕日色に染まっていく。


「どうやら、結構時が経っていたようだな。そういえば、シンヤは一向に戻ってこないが大丈夫だろうか? ちょっと様子を見てくるとしよう。リリムはここで待っておれ」

「はい、分かりました」


 まったく、我らを放っておいてシンヤは一人で何をしておるのだ?

 気になった我は、楽しそうにジョンと戯れるリリムを置いて、一人シンヤの部屋を訪ねることにした。



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