第23話 リリム

 魔王様がいなくなり、何日経ったでしょうか――。

 リリムは、とても寂しく思います――。



 魔王様が姿を消してしまい、最初はみんな大慌てでした。

 突如として魔王様の姿が見えなくなり、最初は魔王城内や領内をくまなく探し回っても見つからず。


 もしやこれは人間達の仕業かと疑いましたが、国王は断じてそれはないと言います。

 よく考えれば、それもそのはず。人間ごときに、あの魔王様を拘束できるような力などあるはずがないのです。

 もしそんなことができるとしたら、わたしかあの勇者ぐらいなもの。


 しかし、当然わたしではないし、勇者ももうこの世界にはいない。

 となれば、魔王様は自らのご意思で、どこか遠くの地へと旅立ってしまったと考えるのが一番自然でした。


 疑問や困惑は残るものの、きっとこれにも何か深い理由があるに違いない。

 みんなそう納得して、まずは魔王様の希望通りこの国の政治に務めることとしました。


 ……しかし、それから待てども待てども、魔王様が帰ってくることはありませんでした。

 中には諦める者まで現れ、わたしを次の魔王に推薦する派閥まで現れる始末です。


 国の政治は軌道に乗り、人間達との交易も進んで暮らしは豊かになりました。

 ですからもう、魔王様のいないこの国のまつりごとに関わる必要もないのです。


 元々わたしは、自由の身。

 吸血鬼の始祖として、自由気ままな生活を送っていたのです。


 しかし、そんなわたしの前に現れたのが魔王様だったのです――。



 ◇



「おいお前、我の仲間になれ」


 突如としてわたしの前に現れた魔王様は、いきなり仲間になれと告げてきました。

 自信に満ち溢れており、このわたしが相手でも決して臆することのないその凛々しいお姿。

 これが噂に聞く魔王かと、当時は思わず感心してしまったことを覚えています。


 ですが、わたしも当時は尖っておりました。

 相手が魔王でも勇者でも、全て自分より弱い存在だと思っていたのです。


 結果、会話など不要。

 わたし達は、互いの力をぶつけ合うことになりました。


 それから戦いは、何時間続いたでしょうか。

 最初は力が拮抗していると思っておりましたが、そんなことはありませんでした。

 わたしの全力を全て受け止め、そのうえで魔王様は徐々にわたしを超えてきたのです。

 初めての敗北。そしてわたしは、分からされたのです。


 ああ、この方はわたしよりも遥かに強き存在なのだと――。


 だからわたしは、言われた通り魔王様の配下となることを決心しました。

 これからは魔王様の右腕として、ずっと傍でお力になりたいと思ったのです。


 それからは、本当に幸せな日々が続きました。

 ずっと一人がいいと思っていたわたしですが、魔王様と送る日々は全てが楽しかったのです。

 こんな生活が、これからもずっと続いたらいいなと思っておりました。



 ……しかし、幸せはいつまでも続きませんでした。

 圧倒的な力を持った勇者が、魔王城へ攻め入ってきたからです。


 わたしは魔王様へ近付けないため、玉座の間の前までやってきた勇者と対峙しました。


「ここから先へは、行かせません」

「それでは俺も困るのでな。通させてもらう」


 勇者と交わした会話は、互いにこの一言だけでした。

 でもわたしは、それだけで分かってしまったのです。


 魔王様ですら感じられなかったほどの圧が、この勇者からはひしひしと感じられるということに――。


 しかし、だからといってここで引くわけにはいきません。

 わたしは最初から全力で、勇者へと襲い掛かりました。


 ……ですが、結果はあっけないものでした。

 全力で振り下ろしたわたしの腕を、勇者は簡単に片手で掴んでみせると、そのままわたしの腹を力任せに蹴ってきたのです。


 その威力はすさまじく、わたしはそのまま玉座の間の扉を突き破り魔王様の傍まで弾き飛ばされてしまいました――。


 本来ならすぐに蘇生する身体も、何故か回復が追い付きません。

 つまりそれは、それだけ先程の一撃でダメージを受けているということ。


 そこでわたしは、初めての感情を覚えました。


 それは、恐怖です――。


 このままでは不味い。

 わたしも魔王様も、ここで勇者に殺されてしまう――。


 そんな恐怖から、わたしは必死に声を発しました。


「ぐぅ! ……ま、魔王様……お逃げ、ください……」

「リリム!? 貴様、リリムに何をした!?」


 しかし魔王様は、逃げたりはしませんでした。

 わたしの姿を見て顔色を変えた魔王様は、勇敢にもあの勇者に立ち向かっていかれたのです。


 初めて見る魔王様の全力は、凄まじいものでした。

 わたしと戦った時とはまるで異なる、凄まじい黒き炎が勇者を目がけて放たれます。


 ……しかし、そこで信じられないことが起きました。

 魔王様の全力の一撃ですら、あの勇者にはかすり傷一つ付けられなかったのです。


 そして勇者は、魔王様をも上回る圧倒的な魔法で、魔王様を取り囲みました。

 その光景は、今でも決して忘れられません。

 あれはまさに、この世の終わりを感じさせるものでした――。


「魔王様ぁ!! 逃げてぇっ!!」


 わたしは咄嗟に叫びました。

 このままでは、魔王様が死んでしまうと思ったからです。


 しかし、それでも魔王様は逃げませんでした。

 死を覚悟されてなお、わたしに優しい笑みを向けてくださったのです……。


 せめて死ぬときは、一緒に――。

 そう思いわたしは、傷ついた身体を起こそうとしたその時でした。


 勇者の魔法は、その全てが魔王様に当たることなく地面へ突き刺さったのです。


 突然のことで、理解が追い付きませんでした……。

 ですが勇者は、こう言ったのです。


「分かったか? お前じゃ俺には敵わない。――だからもう、やめにしないか?」


 と――。


 それからは勇者と魔王様の対話が行われ、平和の約束を取り付けると勇者はそのまま去っていきました。


「……我々は助かった、のですか?」

「ああ……奴の機嫌一つで、魔族は全滅させられたかもしれぬ。我らは奴に救われたのだ……」


 そう言葉を交わすも、魔王様もわたしもそのまま暫く呆然とするしかありませんでした――。



 ◇



 ……と、当時のことは今でも鮮明に覚えております。

 わたしを見つけてくださった魔王様。そして、その圧倒的な力で人間との平和を生み出した勇者。


 そんなわたしを超える強者である二人のことは、これからも絶対に忘れられるはずもありません。

 それはきっと、魔王様だって同じ……。


 ――そうか、そういうことですか。


 そこでわたしは、一つの可能性に気付きました。

 気付いてしまえば、それはとても簡単なお話だったのです。


 きっと魔王様は、あの勇者に会いに行かれてしまったのだと――。


 根拠はなくとも、わたしの中でその可能性は確信へと変わっていく。

 であれば、これからわたしのすべきことはただ一つ。


 わたしも、勇者のいる世界へ行こう――。


 --------------------------

 <あとがき>

 リリムさん、気付いちゃいました。

 入学前に、金髪色白赤目美少女がやってくる!?

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