第51話 白薔薇
「俺が……死ぬだって?」
一瞬、頭の中が真っ白になって、うまく考えられない。俺はその場で固まってしまい、しばらくその衝撃的な情報を消化できなかった。
俺が死ぬ……俺が死ぬだって?
冗談じゃない。
やっと異世界に転生できたのに、こんなに早く死に直面するなんて。
心の中で今度こそ後悔のない人生を送ろうって決めたばかりなのに……なんでだよ……。
「ちょ、ちょっと待って……俺、このゲームの中じゃ、死ぬ運命のキャラってこと?」
ようやく自分の声を取り戻したが、それはひどく震えていた。
「うん、そうだ」
ジュディさんは真剣な表情のままうなずいてだ。
頭がくらくらして、信じられない気持ちでいっぱいだった。
せっかくミリーちゃんと仲良くなれたのに……結局、死んじゃうの?
「そ……そんなばかな!」
立ち上がりながらそう叫んだ。そしてジュディさんの肩を必死に揺さぶった。
「おい! 佐藤さん! なんでだよ!? 俺の運命がこんなに悲惨なわけ!? 早く説明してくれ! 死ぬってどういうことだ!」
「あうあうあうっ、そ、それは起こりうるイベントの一つで——」
「起こりうるってなんだよ! 結局、俺は死ぬのかどうかなんだ!」
「あわあわっ、お、落ち着いて、おにーちゃん! ちゃんと説明するから!」
ジュディさんは俺の手を握って、落ち着かせようとした。
「……ごめん。ちょっと焦るしすぎた」
「だ、大丈夫だ。わかるよ」
揺さぶられてフラフラのジュディさんは、亜麻色の髪と服装を整えながら少し唇を尖らせた。
「もう、おにーちゃん。あたしをめちゃくちゃにするなんて。エッチだね」
冗談を言い合う気分じゃない。深く息を吸って、まだ荒い呼吸を落ち着かせようと努めた。
俺は椅子に座り直し、ジュディさんを見つめた。合理的な説明が聞きたい。
「ゆっくり話してくれ。一体どういうことなのか、それにその乙女ゲームってのは何なんだ?」
ジュディさんは軽く咳払いをして、説明を始めた。
「まず基本的なところから話すね。このゲームの略称は『白薔薇』っていって、人気の乙女ゲームなの。つまり、プレイヤーはヒロインとなって、いろんなイケメンを攻略して、色々なエンディングを迎えるんだ」
「じゃあ……俺はこのゲームの中でどんなキャラなんだ? 先ほど悪役令嬢レイナって言ってたけど……どんなやつなんだ?」
「おにーちゃんはゲーム内の悪役令嬢レイナで、ことばとおりエドウィン王子ルートではヒロインの悪役なの。具体的なキャラ設定は、ヒロインのミリーを妬んで、あちこちで対立するってことなんだ」
ジュディさんがそこまで話した時、俺は思わず身震いした。
「つまり……ゲームの中で、もし王子がミリーちゃんと一緒になったら、俺の結末は……」
「そう、悪役令嬢レイナはいろんな理由で死んじゃうの」
もう一度聞いても、やっぱり思わず唾を飲み込んでしまう。
これが……レイナちゃんの結末、なのか。そしてレイナちゃんに転生した俺は、彼女の運命を引き継いでしまったってわけか。
「でもおにーちゃん。あたしが「起こりうる」って言ったのは、これはあくまでゲーム内のレイナの結末だからなの。でもここは現実。間違いなく現実なんだよ」
「今いるこの異世界が現実だってのはわかる……でもゲームの世界なんだろ? 強制力とか、シナリオ通りに進むとか、よくあることじゃん。だったら俺は……」
俺の心配に対して、ジュディさんは首を横に振るだけだった。
「まずはゲームのストーリー展開を理解しましょう。そうすれば話を進められるから」
まぁ、そうだな。ここで取り越し苦労しても仕方ない。とりあえずストーリーの流れを把握するのが先決だ。
ジュディさんは緑茶を一口飲んでから、ゆっくりとストーリーを語り始めた。
『白薔薇』の物語の舞台は、中世ヨーロッパの宮廷風の王国。主人公のミリーは、もともと普通の平民の少女だったが、稀少な光属性魔法を発見したことで子爵に養女として迎えられ、王立学園で学ぶチャンスを得る。
そして学園では、ミリーはさまざまなイケメンに出会い、攻略対象を選ぶことができる。
主要な攻略対象には、エドウィン王子、騎士団長のアーサー、学園の天才魔法使いレオ、次期公爵のウィル様などがいる。もちろん他のキャラクターもいるけど、人気はそれほど高くない。
そして、レイナ。俺に乗っ取られた少女は、高飛車な貴族令嬢として、最初から主人公のミリーを快く思っていない。エドウィンルートでは、レイナはいつもミリーを陥れて、大好きな王子様から遠ざけようとする。
時間が経つにつれ、ミリーはエドウィンから好意を得ていく。一方、レイナの陰謀はエスカレートし、他の生徒にも影響を及ぼし始める。
この段階で、プレイヤーはレイナの挑戦にどう立ち向かうかを選択する必要があり、その選択が後のストーリー展開に直接影響する。もしミリーがレイナを許し、助けることを選択すれば、レイナは自分の行動を改める機会を得て、レイナのバッドエンドを避けられる可能性がある。
「それで、あの腹黒王子がレイナちゃんをどう扱うのかある程度は予想できたけど、そのバッドエンドってのはどんな風に起こるんだ?」
「正確に言うと、それはハッピーエンドなんですよ、おにーちゃん。でも悪役令嬢レイナにとってはバッドエンドだけど。例えば、もし陰謀がバレたら、エドウィン王子は嫌悪感からレイナを辺境に追放するかもしれない。レイナがある事件で過激になりすぎたら、エドウィン王子にその場で殺されるかもしれない。中にも、レイナが嫉妬心が強すぎてエドウィン王子の魔法の反動を食らうこともあるよ」
王子に嫌われた末路がなんでそんなに惨めなんだよ……そう突っ込みたくなったが、俺は思わず身震いした。どのエンディングも恐ろしく聞こえる。
ふと、レイナちゃんの記憶を思い出した。王子のあの虚ろな目つき、裏に潜む思惑。
つまり、もし俺がレイナちゃんの身体に転生してなかったら、彼女は……
「でも、ゲームには悪役令嬢レイナにとってのハッピーエンドもあるんだよ。プレイヤーが正しい選択肢を選べば、レイナは自分の行動を改め、ミリー主人公と敵対するのをやめ、むしろ彼女を助けることもできるよ。そうすればレイナも救済され、幸せを掴むチャンスもある。だから、理論上はバッドエンドに繋がる選択を避ければ、悪役令嬢レイナの運命を変えられるはず」
ゲームの中のレイナちゃんはNPCだから、その行動はイケメン攻略時にプレイヤーが選ぶ選択肢次第なんだ。
でも、今は違う。
俺はもう悪役令嬢レイナじゃない。もっと重要なのは、今は自由に動くができるってことだ。すべての行動、すべての発言を自分でコントロールできる。さらに重要なのは、今は原作のストーリーを知る別の転生者がいるってことだ。でも……
「じゃあ……具体的に俺はどうすればいいんだ? 王子とミリーちゃんが一緒になるのを阻止すればいいのか?」
焦りながら尋ねた俺に対して、ジュディさんは慌てることなく、余裕のある表情を見せた。
「実はね、おにーちゃん。もう気づいたでしょう。おにーちゃんがこの世界に転生した瞬間から、ストーリーはすでに変わり始めているの」
「でもストーリーが変わったからって、俺がこれから死なないとは限らないだろ?」
「違うわよ。あたしたちの心配は杞憂だと思う。だって現状では、もうおにーちゃんが死なずに済む可能性がかなり高いんだから」
いや、はぁ? さっきは死ぬって言ってたのに今度は死なないって、一体どっちが本当なんだよ?
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