第50話 おとめ……げーむ?

 そして二人は中庭のあるガゼボに移動した。


 ジュディさんはどこからともなく茶器を取り出し、慣れた手つきで俺のために茶を入れてくれた。


「はい、おねーちゃん。日本の緑茶、懐かしい?」

「え、あ、ちょっとはね」

「そうそう〜 思い出しすぎて泣いちゃダメだよ〜」

「そんなわけないだろ」


 そういえば、ずいぶん前にこの子に会ったことはあるけど、こうしてゆっくり話すのは初めてだな。


 情熱的な性格、活発な口調、元気いっぱいの動き、初対面でもこういった強烈な個性を容赦なく相手にぶつける。ウィルさんの気持ちが少しわかった気がする。


 こんな小悪魔な後輩に絡まれたら、嫌いな人はうんざりするだろうし、好きな人は感動して「ごちそうさまでした」って泣くんだろうな。


 ごくごく……はぁ——。結構美味いな。うん、それにどこかで見るボトル入り緑茶の味に似てる。


 彼女についてはツッコミどころ満載だけど、まず聞きたいのはやっぱりこれだ。


「あの、ジュディさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどーー」

「あっ、ダメダメ! ここではその名前で呼ばないで」

「えっ?」

「おねーちゃんがあたしに聞きたいことがいっぱいあるのはわかるけど、その前に、ちゃんと自己紹介からしようよ!」


 何なんだこいつ。なんか勝手に相手のペースに巻き込まれた気分……?


「はいはい! あたし、佐藤美希! 美希って呼んでね〜これからよろしくお願いします、おねーちゃん!」

「うん。よろしく」


 なんていうか、異世界の姿の人間が自己紹介で日本の名前を言うのを聞くと、妙な感じがするな。


「いやぁ〜やっぱり日本語の名前は落ち着くわ〜こっちの名前ってカタカナばっかりで、聞いてるとクラクラしちゃうんだもん!」

「まぁ、確かにそうだな」

「ほらほら〜じゃあ、おねーちゃんの番だよ」

「……わかった」


 なんでこのタイミングで今は使ってない本名を言うのが少し恥ずかしいを感じるだろう。


「俺は……小林零だ。よろしくお願いします。佐藤さん」

「えっ」


 そういえば、まだ俺が男だって知らないみたいだな。


「まさか、おねーちゃんは……」

「ああ、そうだよ。君が思ってるとおり。だから座ってすぐに聞きたかったんだ。なんで男の俺のことをお姉ちゃんって呼ぶんだって」

「……おお、おおおおおっ!!」

「えっ、あの、佐藤さん……?」


 なんで急に興奮してるんだ?


「うおおおお! まさか! 悪役令嬢レイナがTSなんて!! 男の子っぽい公爵令嬢!! うわああ! アリだわ!!」

「……」


 ああ。もうダメだ。こいつ、壊れた。ジュディさんは完全に自分の世界に入り込んでしまった。体をくねらせながら「尊いわ!」「TS転生!」とか言ってる。


 はぁ……。やっぱりこういうタイプとは話が合わないな。


 少し落ち着いたところでようやく聞けた。


「で、佐藤さん。なんで初対面からお姉ちゃんって呼ぶわけ? 血のつながりもないし、性別も合ってないのに」

「それは決まってるじゃん! あたし、将来ウィル先輩と結婚するんだから〜その妹の呼び方に早めに慣れておかないとね!」


 ……はっ? いや、ちょっと待て。


 俺、彼女の思考についていけない。しかもこの一言でけがツッコミどころ満載すぎて手が付けられない。


「でもさ、俺は男なんだから、お姉ちゃんはちょっと違うんじゃない?」

「うーん……あっ! じゃあ、おにーちゃん! これならどう?」

「……」


 はい、降参です。この子には負けました。参りました。


 年下の後輩にお兄ちゃんって呼ばれるのって、結構ダメージがあるんなんだな。まあ俺の外見は同学年の女の子同士なんだけど。


「はいはい! あたしも聞きたいことあるよ!  TSおにーちゃんは雌堕ちしてるの?  どこまで行ってるの?」

「なっ……!  ぜ、全然だよ!!  俺は男だぞ!」

「ほんと〜?」

「一ミリもない。諦めろ」

「そうなんだ……はぁ〜あ、残念。じゃあ、男の嫁になるんじゃなくて、TS百合ってこと?」

「何言ってるのかさっぱりわかんないけど!?」


 もう無理だ。太刀打ちできない。こんな常識外れなことを平気で口にできるなんて。


「あはは。おにーちゃんの反応、面白いなぁ」

「面白いって……なんか王子からもよく聞く気がするな」

「まぁまぁ。からかうのはこれくらいにしておくよ。実はおにーちゃんが一番知りたいのは、この世界の真相なんでしょ?」


 ジュディさんがそう言った時、俺は思わず唾を飲み込んだ。


 でもその前に、もう一つ気になることを聞きたい。


「そもそも、佐藤さんは俺が転生者だってどうやって知ったんだ?」

「ふっふん。あたし、すごいでしょ〜もっと褒めてもいいよ〜」

「はいはい。すごいな佐藤さんが教えてくれるかな?」

「簡単だよ。キャラの言動や性格、行動とかがゲーム内のイメージと大幅に違ってたら、だいたい転生者なんだよね。いろんな作品で学んだんだ」

「ゲーム内のキャラ……?」


 実は俺もこの世界がゲームなのかなって予想してた。あの不思議な手紙を受け取った時にちょっと確信に近づいたんだ。この子がここまで詳しく先の展開を知ってるってことは、間違いなくゲームや物語の世界なんだろう。


 この中世ヨーロッパ風の世界って、RPGゲームの世界なのかな?


「おにーちゃん、乙女ゲームって知ってる?」

「聞いたことはあるがよくわからない」

「そっか。乙女ゲームっていうのは、いろんなイケメンを攻略できるゲームなんだよ!」

「はぁ」


 そういうの遊んだことないな。俺がよくやるゲームって、FPSとかMMORPGが中心で、転生する前は都市開発系のゲームをやってた。


「この世界は、あたしが大好きな乙女ゲーム『白薔薇』の世界なの! はぁ〜ウィル先輩と同じ世界にいられるなんて天国だわ!」


 いや、乙女ゲームについてもうちょっと説明してほしいんだけど。まだよくわからないんだよ。美少女ゲームの逆バージョンみたいなもんなのか?


「でも、ここでおにーちゃんに残酷な現実を教えなきゃいけない」

「……?」


 さっきまで興奮気味に話してたジュディさんは、急に真面目な顔になった。


「悪役令嬢レイナは、もし運がついていないなら……死んじゃうんだよ」

「…………はっ?」


 これまでで一番衝撃的な情報を聞かされて、俺はしばらく反応できなかった。

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