第49話 現れ
あの肝を冷やすようなお茶会の後、表向きには平静を取り戻したように見えたが、心の中ではあの時の緊張と不安を忘れられない。
まあ……あの二人は本質的には良い人だけど、貴族の世界に長くいると多少は貴族の悪い癖が染みついちゃうよな。
学園生活に戻ると、これこそが平和だと実感する。でもまあ、オフェリア様とエイミーさんから聞いた王子の恥ずかしい話は無視できない。
俺がいつもあいつと一緒にいる時には見たことのない、ドジな一面ってやつだ。
あのニヤニヤ顔の完璧王子にも裏では笑えるようなことがあるなんて、全然そう見えないよな。
一度でもいいから、見てみたいもんだな。思わず心の中でつぶやく。
学園生活は相変わらず忙しくて充実している。学園で再び王子に会った時、迷子になって困った顔を想像してしまい、思わず笑いそうになる。
「どうしたのレイナ? なんでそんな変な顔をしているの?」
「え、あ、いや、何でもないよ」
「ふむ、どうやらまだお茶会から立ち直れていないようだね」
「そりゃそうだよ! なんだよあれは! 最初の雰囲気が最悪だったじゃないか。茶会なのにヒヤヒヤものだったよ。マジで疲れ果てた」
「ふふ。ずいぶん大変みたいたね。行かなければよかったんじゃない?」
「誰のせいで仕方なく行ったと思ってんだよ!?」
「さあ。一体誰のことでしょうね」
もう……俺は何を考えてるんだ、これこそがニヤニヤ王子の本性なんだよな。てか俺はいつの間にこいつのツッコミ役になりそうみたいだのか。
時間はもう放課後。こうしてようやく平穏な日常に戻れたという解放感が心地良い。
まずはいじめからミリーちゃんを救い出し、次に誘拐から彼女を助け出し、そして謁見とお茶会。
はぁ……俺だって田舎に転生してスローライフでハーレムを築きたいよ。
「一緒に帰らない?」
「中庭で少し散歩しようと思ってる」
「また自分の時間を楽しんでとかそういうの? 私はレイナと二人きりになりたいのに」
「お前がそばにいたら気が休まらないだろ」
「そんなことないよ。レイナをからかうのは周りに誰もいない時だけだね」
「それこそ一番不安なんだよ!」
いつか必ず仕返ししてやる。この腹黒王子め。
……あ。そうだ。ここに役に立つかも。
「そういうことだ。俺は気分転換するんだ。中庭の庭園でな」
「そうなの」
「ふっふっふ、もちろんお前を連れて行くわけにはいかないな」
俺は上体を前に傾けて、手のひらを斜めに口元に当てて、いたずらっぽい表情を浮かべる。
「だってお前が迷子になっちゃうかもしれないからな。あははははは!」
「……!」
そう言い残すと、俺は王子から一目散に走り去った。振り返らずにまっすぐ前を向いて走る。王子がその場に呆然と立ち尽くしているのが、かすかに見えた気がする。
やったぜ!! さい~こうだ!!
こいつにようやく勝った気分はまじで最高!!! こんなに嬉しかったことは今までにない!
◇
「はぁ……はぁ……」
もうだいぶ離れた。さて、一人の時間を楽しむとするか。
「やっとゆっくりできる……」
小さな声で独り言をつぶやく。ここ最近の出来事の数々で心身ともに疲れ果てていて、こんな風に一時の静けさを味わえるのは本当に贅沢なことだ。正直、今日ほど気分を晴らしたい日はない。
放課後の学園の廊下を歩きながらそんなことを考えていると——
「あ! やっと見つけた、おねーちゃん〜」
——ふと、長いこと聞いたことのない日本語が耳に飛び込んできた。
そう、日本語だ。本物の日本語。
普段、王子やミリーちゃんが俺に話しかけるときは脳内翻訳があるみたいだから、さっきのは紛れもない日本語だってことがよくわかる。
そしてこの高く親しみやすい声の主は……兄のウィルさんを狙っているのジュディさんだ。
一瞬呆気にとられ、振り返った時には、見覚えのある姿が俺に向かって走ってくるのが見えた。
亜麻色の髪、茶色の瞳。相変わらず元気いっぱいの笑顔だ。まるで全身が光に包まれているかのようだ。
でも……は? おねーちゃん?
「前から聞きたかったんだけど、おねーちゃんも転生者だよね?」
待て待て、お姉ちゃん「も」……?
……これはある意味すごいだな。自爆もあっさりしすぎだろ。どうしてそんな自然でさわやかな声で言えるんだ。って! つまり……!
まさか、あの手紙を書いた正体不明の転生者って……!?
「あ~動揺してる! やっぱりそうなんだよな?!わーい〜よかった〜あたしの情報のおかげで、おねーちゃんが大活躍できたんだね! 本当にすごがったよ!」
前からこの少女の正体を少し疑っていたんだ。だって入学してすぐに告白するなんて、どう考えてもおかしいだろ。
ウィルさんの話では、この子はウィルさんの好みや癖など、かなり個人的なことをとっくに知っていたらしい。
それに、この世界の常識を覆すような魔法……やっぱり俺の予想は当たっていたんだな。
今、本人からすでに正体を明かしてくれたことだし、あの手紙に書いてあったように、この子は絶対何か知ってるはずだ。
特にこの世界についての詳しい情報をな。
「ここはこういう話をするのはいけない。場所を変えよう」
俺は声を低くして、できるだけ冷静を装う。
「いいよいいよ! あたし、美味しいお茶も持ってきたんだ! 飲みながら話そうよ、おねーちゃん〜」
ジュディさんは相変わらず明るく笑っている。まるで世界中の秘密なんて何の重荷にもならないかのように。
「とにかくここにいるのはまずいだろ、目立ちすぎる」
俺は無理やり笑みを浮かべるが、心の中では激しい波が荒れ狂っている。これはとんでもない発見になった。
それに、貴重な休憩時間が、なくなっちまった。
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