第47話 離宮のお茶会

 離宮の庭は静かだった。周りに咲く花々から漂う淡い香りと、午後の優しい日差しが木の葉を通して斑に差し込んでいる。そよ風が吹き、時折花びらが舞い落ちる。


 庭の奥には精巧な小さなテーブルが置かれていた。テーブルの上には花瓶とティーセット、そして様々な上品なお菓子が並んでいる。


 俺をここに連れてきたメイドが、優雅で慣れた動作で手際よく3人分の紅茶を淹れた。


「あら。お久しぶりですわね、レイナ」


 テーブルに座る美しい女性が言った。


 それが第一夫人の王妃様だ。艶やかな金髪に、慈愛に満ちた笑顔。歳月を重ねても、その気品あふれる優雅な佇まいは人の目を惹きつける。


 レイナちゃんの記憶の中で見たことはあったけど、今こうして目の前にすると改めて王妃の美しさと風格に感嘆せずにはいられない。普通の人じゃ到底及ばないレベルだ。


「ご無沙汰しております。王妃様——」

「ねえちょっと。その呼び方、ちょっと違うじゃないかしら?」

「……えっ?」

「ここには私たち三人しかいないのに、その呼び方は堅苦しすぎるわ」


 丁重に挨拶しようとすると、王妃様が微笑みながらそう言った。


 気を遣わせないようにってことなのかな。でもこの雰囲気、リラックスできる感じじゃないんだけど。


「……王妃様、お名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「まったく。レイナは昔から真面目な子だったわね。相変わらずのね。いいわよ。オフェリアって呼んで」

「では、オフェリア様」

「そうそう。礼儀を重んじるのはいいことだけど、疲れるでしょう?  久しぶりだし、私たちは親友同士のおしゃべりだと思って気軽にしてちょうだい」

「……はい」


 今は優しく微笑んでいるけど、何だか裏があるような気がするんだよな。王妃様は毎日忙しいはずだから、単に俺に会いたいからって理由だけでこの面会を設定するとは思えない。きっと何か理由があるはずだ。


 この時、心は疑問と不安でいっぱいだった。俺の胸の内に隠された秘密を知ってるのかな? それとも別の意図があるのか? そんな問いが頭の中でぐるぐる回って、完全にリラックスできない。


 俺が席に着くと、メイドさんが手慣れた様子で紅茶を淹れていく。そして3つのカップが並んでいた。


 やっぱり予想は当たってたみたいだ。


「ご苦労さま。エイミーも座っていいわよ」

「かしこまりました」


 今ようやく判明した。このメイドは王子の実の母親なんだ。この三人お茶会の裏に深い意味があることを強く感じた。そう思うと、思わず身震いする。


「レイナはもうエドウィンから聞いたでしょう。このメイドの本当の身分を」

「はい」


 この二対一の状況、うまくやり過ごせるかな。目の前のアップルパイと他のお菓子はとても魅力的だけど、今はその気分じゃない。これからの対応を考えないと。


「レイナ、最近エドウィンとの仲がとてもいいみたいね」

「え、えぇ、そうでしょうか」


 やっぱり最初は王子の話から入るのか。これから何を言われるか大体予想つくけど、まずは一口お茶を飲んでリラックスしよう——


「そうよ。ずっと前からそんなことなかったのに。私から見ると、レイナ、あなたはまるで別人みたいに変わったわ」

「ぶっ——ゴホゴホ!」


思わず口の中の茶を吹き出して、むせてしまった。


 どうして、そんなに鋭く気づいたんだ。外ではいつでもどこでも完璧に公爵令嬢レイナを演じてて、ほとんど破綻なんてないはずだ。まさか王子のやつ、俺のことをこの二人に話したのか。


 二人だけの秘密って約束したのに……。


 いや、まだ断言できない。とりあえず王妃様の言動を観察しよう。


「レイナ様!」


 横にいたエイミーさんがすぐに俺の側に来て、優しく背中をさすってくれた。その手つきは穏やかで力強く、少し取り乱した俺を和らげてくれた。それに口元も拭いてくれた。優しすぎる。


 こんな大げさな反応に対しても、王妃様は相変わらず淑女のような微笑みを保っている。


「あらあら、当たったのかしら」


 くっ、また思うがままにされるのか。まずはこの腹黒王子、次はこの腹黒王妃。俺は罠にかかった子鹿みたいに、いつでもこの貴族たちの遊びに翻弄されそうだ。


「もちろん、レイナだけでなく、エドウィンも最近なんだか違った感じがするの。毎日レイナの話をする時、目つきも口ぶりも愛おしさに満ちているわ。そうでしょう?  エイミー」

「おっしゃる通りです、オフェリア様。エドウィンが女の子にこれほど夢中になったのを見たことがありません。普段自分の感情を表に出すのが苦手ですが、私にははっきりとわかるのです」


 まさか……あいつが、俺に? ありえないだろ。俺のことを面白いオモチャくらいにしか思ってないんじゃないのか。


 しかもそんな話をあいつの母親と生母から聞くなんて、俺はますます困惑してしまう。俺が王子を見誤ったのか? それとも彼女たちが王子の本当の一面をわかってないのか?


「レイナ様、少しエドウィンの昔の話をしましょう」


 席に戻ったエイミーさんは、目の前の紅茶をじっと見つめていた。まるでその水面に過去の出来事が映っているかのように。


「あの子は小さい頃から自分の感情を表に出すのが苦手で、すべてを理性的に分析していました」


 まあ、今でもそうなんだけどな。


「幼い頃から頭が良すぎて、大人たちを驚かせていました。でもそのせいで高慢になって、他の子どもたち、いいえ、大人よりも自分の方がずっと賢いと思うようになったんです。他の人たちは自分の考えを理解できない馬鹿ばかりだと。そして、あの子は本当に自分の策略で多くの人を打ち負かしていったんです」


 想像に難くない。だって俺も実際に王子の頭脳を目の当たりにしたからな。


「理性ですべてを分析し、他人の感情、そして自分の感情さえも理解できなくなっていった。そんな姿は大人びて見えたけど、あの子は徐々に他人を見下し、軽蔑するようになった。特に自分を慕う若い女の子たちを、高みから憐れみと侮蔑の目で見下すようになったんです」


 そこでエイミーさんはゆっくりと顔を上げ、俺と目を合わせた。


「レイナ様の高熱が治ってから数ヶ月前までは」

「……!」


 やっぱり気づかれてたのか。あの時自爆しなければ、最初からずっと完璧に演じていれば、王子のやつはそのままで、目の前のこの二人も俺の変化に気づかなかったはずだ。


 これが全部見抜かれていたなんて思わなかった。俺はうまく隠せてると思ってたのに、王子のことを本当に心配しているこの人たちには、違和感がとっくにバレていたみたいだ。


 でも、なんで王子が?


「エドウィンは、すぐにレイナ様の変化に気づいたんです。最初は高熱の後の一時的な反応だと思っていましたが、時間が経つにつれ、レイナ様はまるで……別人になったようだと気づいたのです」


 ドキッ!


 思わず心臓が跳ねた。


 必死にあの頃の一つ一つの出来事を思い出す。確かに俺が自爆した後、王子が俺を見る目はレイナちゃんを見ていた時とは違っていたような気がする。もう上から見下す冷たさはなくて、探るような好奇心が加わっていた。


「あの子はレイナ様に興味を持ち始めたんです。エドウィンにとってこれは稀なことでした。公爵邸を訪れる回数も増やし、レイナ様との時間を多く過ごそうとしたほどです」


 エイミーさんの言葉には微笑みが滲み、声もだんだん優しくなっていった。


「それに、あの子は少しつつ感情的になったんです。私やオフェリア様の前で、いつも隠していた感情を少し見せるようになり、話し方も少しだけ優しくなりました。でも本人はそれに気づいていないみたいですけどね」


 そうなんだ。マジで思わなかった。あいつが俺の影響で。


「レイナ様、本当にありがとうございます。おかげさまで、エドウィンは変わり始め、心を開き始めたんです。母としてとても嬉しいわ」


 エイミーさんは微笑みながら俺を見てそう言った。胸の中に暖かさが広がる一方で、少しの不安も感じた。俺みたいな人がこんなにも深く王子に影響を与えられるのか? ただの普通の人間なのに、そんな力があるはずがないと思う。


 そんな時、王妃が唐突に口を開いた。その声には探るような色が滲んでいた。


「うんうん。エドウィンがこの風になったのは、私とエイミーにとって本当に嬉しいことだわ。それでレイナ、高熱の後でなぜこんなに大きく変わったのか教えてくれる?」


 いきなりすぎでまだオフェリア様の言葉に反応していないうちに、心臓がぎゅっと縮み上がった。やっぱりこの話題が来たか。


 視線は剣のように鋭く、まるで俺の魂を見透かそうとしているようだ。緊張で手のひらに汗がにじむ。この質問にどう答えればいいのか、まだ全然考えがまとまっていない。


「それは……」


 必死に落ち着こうとしながら、合理的な答えを探す。でも言葉は口まで出かかっているのに、声が少し震えているのがわかる。


「レイナ? 一体どういうことなの、説明してくれるかしら?」


 オフェリア様は微笑んだが、その表情は柔らかいのに、目つきは鷹のように鋭かった。


 心臓の鼓動が早くなりすぎて、今にも胸から飛び出しそうだ。どうしよう。

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