第4章

第45話 一件落着、かな

「最近王国で起こった悪質な事件のせいで、もうすでに治安対策を強化した。我々王家警備隊の目標は、将来この国を支える学生たちが安心して街に出られるようにすること。危険なんか心配しなくていいように」


 なんか小説とかマンガで、でっかい事件が起きた時にいつも主人公が大活躍するじゃん。で、警備隊とか衛兵とかのヤツらがいつも遅れてくんだよね。


 事件が終わった後になってやっと現場に駆けつけて、後始末とかそういう仕事しかできない。本来事件解決するのが仕事のはずなのに。


 まあでも今回は王子がこんなに大勢の警備隊引き連れてきたおかげで、圧倒的な数の力でカトリーナが暴れるの防げて、何とか危機を乗り越えられたわけだ。


 そんな警備隊の隊長が、王立学園の生徒たちに演説してんだ。


 若く見えるけど目には経験と策略がにじんでる男だ。堂々と語ってやがる。


 そして俺……今そいつの隣に並んで演台に立ってるってわけ。


 は、恥ずかしい!! 下には大勢の視線が注がれてて落ち着かないし緊張すんだよ! ミリーちゃんも王子もきっと見てんだろ! あの謎の転生者も見てんのかな?! こういうの全然慣れてないよ!!


 足ガクガク震えてっけど、完璧な公爵令嬢の体裁は保ってる。イメージ悪くなるようなマネできないからな。我慢我慢。


「ここで、王国の治安維持に多大な貢献をした人物を表彰する。レイナ・ナフィールド公爵令嬢! 彼女の勇気ある行動は誰もが称賛に値する!」


 パチパチパチパチパチパチパチ——


 いやっ、たいしたことしたつもりはないけど、こんな拍手もらえんのは嬉しいもんだな。


 でも、他の人たち、特に王子と謎の転生者の助けがないと、こんな栄誉に浴することなんかできなかっただろう。



 誘拐事件後もう一週間くらい経った。後始末はまだ進行中。


 今回の騒動は第二夫人派の差し金だったってのは、もう全国的に知れ渡ってる。もともとあまりよくなかったイメージは、これでさらに悪くなるだけだろう。


 事件の首謀者たち、特にあのカトリーナは、ふさわしい罰を待ち受けている。


 だがそう言ってもだ、裁きを進めるのを阻む何かが働いているようだ。


 あんな大きな過ちを犯したっていうのに、利害関係が複雑に絡み合ってるし、そもそも第二夫人派は各方面にずっと深く根を張ってきたから、今回の一件だけでその勢力を完全に崩すのは難しいそう。


 結局のところ、第二夫人が実権を握る王妃である限り、第二夫人派の力はそう揺るがない。


 証人喚問の度に、俺とミリーちゃんがあのカトリーナの悪事をいくら訴えても、その見えない力には歯が立たないみたいだ。


 はぁ……これが無力感ってやつなのか。


 今の段階ではできることがないから、学生である俺たちはすぐ日常の学園生活に戻った。


 まぁ、前の日常と何か違うことがあるとすれば、ミリーちゃんがその後俺にもっと積極的になったことだな。


 もっと俺に話しかけてくるし、俺に頼ってくるし、スキンシップも増えた。


 それだけじゃなくて、今二人で話す時、あまりお互いの壁がなくなったみたい。あまり遠慮がなくて、本当に仲良しだと思って話してる感じ。


 もちろん、二人きりの時だけだけどな。


 そう考えると、頬が思わず緩んじゃうよ〜


 ……あっ! ダメダメ! 学園でこんな恥ずかしい顔するなんてだめだろ!


 今の考えを早く忘れたいみたいに頭を振った。


 でもさ、ここ数ヶ月の努力が、ようやく実を結んだんだか。


 まるで一生懸命で可愛い猫の好感度を上げ続けて、人見知りだった猫がようやく甘えてきたみたいな感じ。


 この達成感と満足感、わかる人いるよな! ね! きっといるはずだ——


「おや、楽しそうだな、レイナ」


 自分の心の中の世界に酔いしれてる時、突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「うわっ! お、王子!?」


 思わずビクッとした。なんでコイツはいつもこうヒョコヒョコ出てくるんだよ! いきなりビビらせんなよ!


「ミリーちゃんを虜にするのに成功して、興奮が抑えきれないみたいだな」

「ち、違うよ……変なこと言うじゃない」

「安心して。ミリーちゃんが自分に対しての好感度MAXで、つい今のようなハイテンションな顔をしちゃったのは、私たちだけの秘密にしておくからさ」

「くっ……見られてたのか」


 頬が熱くなって、思わず視線をそらした。コイツはときたら、いつも俺の心が読めちゃうから腹が立つ。まぁ、王子にからかわれるのにも慣れてきたけどな。


「……俺をからかうの、そんなに楽しいか?」

「そうだよ」

「……」


 あっさり認めやがった。もう隠す気ないのか。まぁ、いいや。ちょうど俺もこの喜びを分かち合いたかったしな。俺のことを知ってるのは王子だけだから。


 そう思ってたら、王子が急に真面目な顔をして言った。


「レイナ、実は重要な知らせがあるんだ」

「え、どうしたの?」

「父上が今回の事件でレイナの勇敢な働きを聞いて、見直したらしい。レイナを王宮に呼んで、直接功績をたたえるそうだ」

「……はぁ?」


 聞いたことが信じられなかった。


 王宮に……謁見、だと?


「えええっ!?」

「そんなに驚くことか? もう王宮に入ったことあるだろ? 何がそんなにびっくりすることがある?」

「国王に謁見だなんて、あまりにも現実離れしてるよ!」


 俺にはそんな経験全然ないんだぞ!? 確かに転生してから王宮に入ったことはあるし、レイナちゃんも小さい頃に国王に会ったこともあるけど。


 だけど……だけどよ!


 ただの会社員の俺はお偉いさんなんてテレビでしか見たことなかったんだぞ。


 この中世みたいな世界で一国の王様、いろんなことを決められる人に対して、レイナちゃんの対応力はあるにしても、内心ビビるのは当たり前だろ。


 もしあんな人の前で何か過ちをでもしたら……


「あの威厳のある国王陛下に会うと思うと……下手したら陛下のご機嫌を損ねたらどうしよう?」

「大丈夫だよ。父上は実は気さくな方だからな。レイナだって以前に会ったことあるから知ってるだろ?」

「まぁ、そうだけど……」


 緊張をほぐそうと、王子が優しく俺の肩をポンと叩いた。


「ま、心配しないで。謁見はただの建前で、本当の理由はこれじゃない」

「本当の、理由?」


 不安な言葉が出た。


「それが、母后がレイナに会いたがってるからなんだ」


 そう言ってから、王子は口を俺の耳に近づけてこっそり言った。


「お母さんもな」

「!?」


 ここで言っちゃマズい言葉を平然と口にした王子に、俺は慌てて辺りを見回した。


 おいおい! こんなとこでそんなこと言っていいのかよ! 王子の頭はイカれちまったのか!?


「ふふ、レイナの反応が面白い」

「……お前、度胸あるな」


 まったくコイツは。自分の将来に関わる秘密を、学園で喋っちゃったなんて。いくらどんなに小さい声でも危ないだ。


 でも、王子がほとんど話したことのない、実の母親、つまり王妃様の専属メイドが俺に会いたがってるだって?


「レイナの活躍を聞いて、興味を持ったみたい」


 まさか……俺の異変に気づいたのか? 今の俺が前のレイナちゃんとは違うってことに? もしそうだとしたら、俺はどう扱われるんだ?


 さすが女性の勘は鋭いな……思わずゴクリと喉を鳴らした。


「もしかして……あの二人はもう……」

「そこまでは知られてない。詳しいことは聞かされてないから」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」

「そこは頑張ってもらうしかないな。私はレイナの心の準備をさせるために来たんだ」


 このクソ王子め……! 相変わらず腹が立つやつだ!


「一応聞くけど、お前は謁見の時俺に付き添ってくれるんだろうな?」

「ああ。でも、あの二人に会う時は私は同席できない。女子会とかいうのを開くらしいからな」

「……」


 女子会だと。これじゃ単独行動じゃないか。


 はぁ……今から対策を考えても仕方ない。だって向こうが何を話すつもりなのか、さっぱりわからないんだから。


 特に王子の実母は……


 一つ危機が去ったと思ったら、新しい危機がやってきたか。ほんと災難だ。

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